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アルカディア学報

No.607

【私大ガバナンス・マネジメント改革 PT調査報告⑥ 】
戦略の実質化を図るマネジメント
学長のリーダーシップで“卓越した”教育づくりに挑む
―比治山大学

研究員 増田 貴治(学校法人東邦学園理事・法人事務局長・学長補佐)

 地方大学へ圧し掛かる学生募集の厳しさは一体どれほどか。大学を取り巻く環境が大きく変化するなか、特にスケールメリットのない小規模大学の財政は逼迫している。入学定員の未充足や中途退学者の増加など納付金収入が減少するとともに、他大学との差別化を図るため、またステークホルダーの要求に応えるため、募集経費を含め大学運営に係るコストは膨らむ。
 学校法人存続の危機感や不安感を募らせる教職員に対し、どのようにモチベーションを高め、戦略のもとで進むべき方法へ導くのか。今まさに、組織の連帯と協働を作り上げるリーダーシップとマネジメントのあり方が問われている。
 昨年より、日本私立大学協会付置私学高等教育研究所「私大ガバナンス・マネジメント改革プロジェクト」が実施した、私立大学のガバナンス及びマネジメントに関する訪問調査において、今回は比治山大学についてご報告する。

大学の概況
 学校法人比治山学園の組織体制は、比治山大学、比治山大学短期大学部、短期大学部付属幼稚園、比治山女子高等学校及び比治山女子中学校を設置している。学外研修施設として「からまつ学寮」を有する。比治山大学は、学校法人比治山学園を設立母体とし、平成6年度に開学した。現在は2学部5学科(現代文学部言語文化学科・マスコミュニケーション学科・社会臨床心理学科・子ども発達教育学科、健康栄養学部管理栄養学科)1研究科(現代文化研究科)を設置し、学生数1488名、教員数70名、職員数29名(2016年5月1日現在)を擁する。
 建学の精神・理念である『「悠久不滅の生命の理想に向かって精進する」人間を育成する』は、人間の生命の尊厳性と永遠性を基底として、現在を生きる私たち人間の生命は、久遠の過去から連綿と現在に至っていることに感謝し、これを未来永劫に向上発展させるべく、現在を精一杯生きるように精進する人間を育てたいという願いを表しており、この独自の生命哲学に基づく理念のもとに教育の実践目標として、「正直・勤勉・清潔・和合・感謝」という五訓を掲げ、継承されている。

改正学校教育法への対応
 平成27年度からの学校教育法の一部改正の趣旨に則り、学則改正を行い、副学長の校務の明確化と専決事項の制定、学長が指示する特命事項について調査及び検討などを行う学長補佐の配置、学長裁定事項の明確化、教育研究に関する企画立案を強化するための「運営戦略本部」の改編など学長を支える体制を整備した。
 「全学教授会」は学長がつかさどる全学的な教育研究に関する事項について審議し、学長の求めに応じ意見を述べるものとして位置づけ、組織上の役割を明確にしている。また、学長及びその補佐体制(副学長、図書館長、学長補佐)の主な所掌や関連組織・業務などを明確化し周知することで関連の委員会などとの連携が強化され、業務執行における学長のリーダーシップが適切に発揮されている。「学校法人比治山学園理事長などに対する事務委任規程」では、学長に委任された教育研究に関する事項を規定しており、学長の権限及び責任を明確にしている。
 大学の運営及び改革を推進する「運営戦略本部」は、必要な諸施策を企画立案するため、学長、副学長、学部長、短大部長、学科主任、大学事務局長、学長室長で構成している。学長はこの本部長として、大学の目的や使命にそった中長期計画としての「中期総合プラン」の策定や緊急課題に対する諸施策の企画立案及び調整、大学広報戦略に関する事項などの企画立案機能を果たしている。また、総合プランの実施計画として、各年度の事業計画を策定し、事業報告書で事業計画の点検・評価をまとめている。

ガバナンス改革を促進する組織
 経営と教学との連絡・調整は、理事長、専務理事、理事長の指名する理事などに、学長、副学長、学部長、事務局次長などの大学役職者を加えて構成する「大学改革推進会議」を開催し、理事会での審議が迅速化・深化できる工夫がなされている。更に、専務理事が法人事務局長を、大学事務局長が法人事務局次長を兼務し運営を合理化するとともに、大学の各部門の事務責任者で構成する室長会議に参画するなど、実務レベルでの意思疎通と連携の工夫が図られている。
 法人では、理事長、専務理事、学長、校長、副学長、副校長、各事務局長などで構成する「経営戦略会議」を開き、理事会において学園及び各設置校の重要事項について機動的・戦略的に意思決定ができる体制を構築している。「運営戦略本部」で協議された経営や教学に関する重要事項は、「経営戦略会議」を経て理事会に付議する運営になっている。また、監事二人のうち一人を常務監事として監査室を設置し、監査執行体制を整え、監事機能の強化に取り組むなど、改革を促進する組織が整備されている。

特色ある教育づくり「比治山型アクティブ・ラーニング」
 平成26年度、比治山大学は文部科学省「大学教育再生加速プログラム(AP)」に採択されている。この内容は、「比治山型アクティブ・ラーニング」の構築と実践、評価指標モデルの構築と学修成果の可視化である。具体的には、教授方法の工夫・改善を全学的体制で取組み、「授業改善学生モニター」制度を用いて、学生からの意見・要望を集約の上、学科や関係部署で問題点や対応を検討した結果を学生にフィードバックするなど学生の声を授業改善に反映させるとともに、教員研修会や授業公開制度により授業改善を図っている。学生の主体的学びを推進するための課題研究やPBL(Project Based Learning)、ディスカッション、プレゼンテーション、体験授業などを通して、学修力や人間力を育成する。そして、学修成果を可視化するため、学生自身が学修活動のPDCAサイクルを展開できる学生情報システム「Hi! way」を活用した学修ポートフォリオを整備し、学生一人ひとりの自己成長を促すプログラムとして、学修成果の可視化に向けた工夫が行われている。
 教員の資質・能力向上への取組みは、平成27年度から、「大学教育再生加速プログラム」の一環として、各学科・コースから一人ずつ「ファカルティ・ディベロッパー」を任命し、日常的FD活動を推進し、学科単位のFD活動を通して授業改善を促進している。

マネジメントの取組み ―職員の人材育成強化―
 比治山大学では、事務局の「室長会議」で年度初めに各室・課の目標を設定し、それに基づき実施計画を策定し、各職員は所属部署の目標に沿い、個人別の目標シートを作成し目標面接を行っている。
 職員研修は、大学全体の課題について教員との課題共有を目的に教員研修会と合同開催されており、人材育成事業として研修に参加した職員が研修内容の発表を行い、その後にそのテーマについて少人数のグループでさらに検討し、自分の担当業務以外の課題でも自分事として掘り下げ、多面的かつ主体的に考えられる力量の形成にも資するように取組んでいる。更に、業務改革実施計画を進める上での行動の指針とするために「Staff Handbook」を作成し、職員の共通認識を高めるツールとしている。また、組織のパフォーマンス向上と個々の資質向上に向けて、「比治山大学職員人事考課要項」に基づき人事考課制度を導入しており、考課者と被考課者全員には「人事考課の基本的な考え方」を研修させ、制度の定着と改善、発展に努めている。
 私学の環境が今後さらに厳しくなると予想される現状のなかで、「職員の果たすべき役割」は大学全体の組織、制度の整備のみならず、組織のパフォーマンス向上(活性化)とそのための個人の力量アップに注力している。

考察
 二宮学長(平成29年3月末任期満了により退任)のリーダーシップの下、限られたリソースを最大化する合理的な運用を試み、小規模ならではの特色ある教育プログラムを開発するなど全学あげて教育の質向上に取り組み、他大学との差別化を図っている。
 大学の入学定員を安定的に確保するためには、積極的な学生募集活動と同時に、自大学の強みとしてPRできる広報材料が求められる。すなわち、学修成果を可視化して資格取得や進路実績など具体的な成果へつながる"独自の教育づくり"である。
 比治山大学は、先に述べてきたとおり、卓越した教育システムを実質化するためにガバナンスやマネジメント手法における工夫が随所にみられ、優れた取り組みがなされているといえよう。