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アルカディア学報

No.605

地方私大のグローバル化~留学生受入に頼らない道~

客員研究員 濱名 篤(関西国際大学 理事長・学長)

1.日本の大学のグローバル化対応
 近年、我が国高等教育機関における「グローバル化」「国際化」の重要性が増大していることから、私学高等教育研究所では研究プロジェクトの一つとして大学のグローバル化対応をテーマとし私立大学の特色ある国際交流事業の取組事例とその課題に関する研究を行っている。本稿は、このプロジェクトメンバーが実施した宮崎国際大学への実地調査に基づいてグローバル化にどのように対応するかについての取組例をまとめたものである。
 大学グローバル化への対応として、(1)英語での授業、(2)1年生や低学年からの海外留学、(3)数多くの留学生の受入といった三つが有力な方策と考えられている。とはいえ、多くの大学にとってこれらの特色を効果的に実現することは容易なことでは
 文科省の「平成26年度の大学における教育内容等の改革状況について」の調査結果をみると、国公私立781大学(当時)の中で「英語での授業」を学部段階で(1科目でも)提供している大学は274大学(37%)あるが、英語による授業だけで卒業できる大学はその1割にも満たない24大学48学部である。グローバル化に対応した大学づくりは多数派の大学にとってはハードルが高いと思われている。
 今回紹介する宮崎国際大学(以下では「MIC」と略す)は、早くからグローバル化に対応した教育を先導的に取り入れてきたパイオニア大学として知られている。週刊ダイヤモンドのグローバル教育力のランキングでも全国の大学で2位(2015年11月)という評価であるが、同大学の教育の細部については意外と正確には伝わってこなかった。また個性的すぎて、参考にはできないと思われてきた側面もあったものと思われる。
 筆者は上記プロジェクトの一環として、東京国際大学の高橋 宏学長と共にMICを訪問し、朝九時から15時まで昼食時も含めて永田雅輝学長をはじめとする教員、学生(留学生を含む)へのインタビュー、授業見学を通じて、MICの取り組みが、グローバル化対応を志向する大学のみならず多くの日本の私立大学が直面している課題についての優れた先行事例としての特徴と成果を持っていることを確認できた。

2.MICの教育の特色
 MICの教育の特色を永田学長に伺うと、「リベラルアーツ教育重視」、「英語による授業」「グローバル人材の育成」、の三つのキーワードが返ってきた。
 具体的には、英語によるリベラルアーツ教育とクリティカルシンキングを取り入れた教育方法である。リベラルアーツ教育とクリティカルシンキングは、言うまでもなくアメリカのリベラルアーツ高等教育の特徴であり、筆者自身これまで、この二つの特徴を日本の高等教育に取り入れるのは困難であり、日本では特別な大学でしかできないと思い、そのように発言もしてきた。しかし、その認識は必ずしも正しくないことを実感したのが今回の取材であったといえる(詳しくは後述)。
 MICでまず驚かされるのは、「英語での授業」の充実である。
 第一に、TOEICスコアが4年間で「平均」350点程度から642点に上昇するという結果である。
 第二に、専任教員に占める外国人教員の多さである。国際教養学部(入学定員100人)の場合、30人の専任教員の中で外国人教員は73%に達する(教育学部は入学定員50人で教員14人)。専任教員一人あたりの学生数(S/T比)でみれば学生13人対専任教員1人に相当する。現に、1クラス20人以下での授業が行われ、日本の私立大学でもトップクラスの教育条件である。
 他方、外国人留学生の比率はほんのわずかであり、留学生受入れを通じたグローバル教育の視点からみると、驚くほど少ないといってもいい。以前と比べてもその数は減少している。その理由の一つは、外国人のための奨学金を廃止したからであるという。

3.英語力向上の秘密は
 驚異的に英語力を向上させる英語教育の内容・方法を紹介しよう。初年次の英語教育については、ネイティブの教員が20名以下で3レベルの習熟度別に英語の授業を行うというのが基本である。レベル分けは三つの指標(英語でのインタビュー、語彙および文法テスト、TOEIC)で入学時に行われる。三つの指標を相対的に評価し3レベルにクラス分けしている。
 例えば、TOEICで見れば、上レベル400点以上、中レベル400~300点、下レベル300点未満であるという。このようなレベル別英語クラスは週6コマほどの授業時数である。
 それに加え特徴的なのは、英語以外の授業とりわけ基礎教育科目群といわれるリベラルアーツ科目をそれぞれ2名の専任教員がチームで担当し、すべて英語で行われる点である。「リベラルアーツ入門」「グローバル市民入門」から始まり、経済学、心理学、哲学などの分野までリベラルアーツ科目を、そのディシプリンの専門の教員と英語の教員が担当する仕組みである。専門家の英語だけでは、専門用語がわからなかったり、学生の英語のレベルのバラツキから理解できない学生が出やすかったりするのを、英語教育の教員がよりわかりやすい英語で補完することによって、英語で学ぶということが可能になる。英語の授業が習熟度別であるのに対し、ディシプリン科目は英語のレベル別ではなく、学生の選択に任せているのでこうした補完策が有効に働いている。
 MICの英語教育プログラムは、完璧な英語の使用を目指すよりコミュニケーション重視の英語活用を狙いとするものである。発信力を高める教育(言いたいことが伝わるか)を重視している。また、ここ3~4年でその内容を文法中心からライティング、リーディング、オーラル強化へとシフトしつつあり、4技能を平等に伸ばそうという方針であるという。
 英語教育で、それ以外に特徴的な点が二つある。
 一つはアクティブラーニングであり、もう一つはリベラルアーツ教育におけるクリティカルシンキングである。
 第一のアクティブラーニングとして英語教育に双方向性を取り入れている大学は少なくない。MICでは、グループワーク、質問方式を取り入れた双方向型、歌を入れるなど、その方法は色々である。担当教員が作成したプリントなどの教材は活用しても1冊にまとまった教科書を使わない。予習のための宿題は大量であり、平日でも2~3時間、土日だとそれ以上の学習時間が必要な課題が出され、学生達は必死に取り組むという。課題は、英語で資料を読んだ上で、教員が作成したワークシートに記入してくる形式が多い。このワークシート方式での課題と授業中の教員から学生に発される質問こそが、アクティブラーニングを成立させているポイントであるといえる。次の授業では、そのワークシートが材料となり授業が行われる。週一回はグループでのプレゼンテーションを取り入れた授業もある。グループワークを幅広く取り入れた授業では予習をしてこなければ自分が困るだけでなく、他のメンバーにも迷惑がかかる。だから頑張らざるを得ないと学生達は言う。逆にそうでない学生はついて来られないということになる。

4.転機となる16週の海外研修
 こうした学習スタイルで2年生前半まで英語力を徹底的に強化してから、海外留学を行いグローバル教育の強化に繋げる。つまり、学生は2年生後期の海外研修16週を迎える。アメリカ、カナダ、イギリス等英語をネイティブに使う提携研修先に行く。
 この海外研修は、MICから15万円ほどの補助はあるものの、後期の学費に加え派遣先での受講料や旅費等は自己負担で行われる。SGU等に採択された大学と比べて恵まれているとはいえない。
 この半年間の学修で、学生は卒業必修単位となる3科目14単位を取得することになる。いずれもeポートフォリオ(Mahara)に評価材料を入れて提出する。提出物は「英語セクション」(現地の英語授業で提出した課題の中から最も出来の良かったものを複数)、「自由研究セクション」(自身の興味を反映し地域社会や文化に関わる研究論文)、「地域研究セクション」(滞在国・地域に関するレポート・エッセー集)に分かれ、合計ページ数は最低40ページとなっている。
 2年半の英語とアクティブラーニングで鍛えられた学生たちは、帰国後リスニング能力等が飛躍的に向上し、2年生から3年生の間にTOEICスコアも大幅に上昇する。ちなみに、3年進級時のTOEIC平均点は560点(平成27年のデータによる)にまで達している。
 西村直樹学長補佐・グローバル教育センター長になぜ2年次後期に派遣なのか尋ねると、「テストの点数をあげるだけなら日本でもできるし、基礎ができていなければ海外に行っても英語力は伸びない。1年半の学修後に海外に行くことで、言語の背景となる文化についての理解が深まるとともに、リスニングや発想力が伸びるし、何よりも「行って何ができるか」を考えることができる」と言う。そのために、研究論文については、事前に日本で比較文化的テーマを設定し、日本に関する研究や記述はある程度準備してから研修に出かけ、その後それらと海外で学んだこととを比較しながらテーマの分析を深めるよう指導しているとのことである。
 しかし、MICでもすべての学生が海外研修に行けるわけではない。経済的理由で行けない学生が増えてきているという。経済状態もあってか多い学年では25~20%の学生が16週の研修費用や旅費・滞在費を負担できず、短期や安価であることをからフィリピン等のアジアへ独自に留学したり、国内で代替的なプログラムに参加したりしている。国内で学修する学生には、前述の3科目についてそれぞれの代替プログラムでeポートフォリオに投稿させ評価しているという。

5.リベラルアーツとクリティカルシンキング
 以上のような成果を可能にする第二の特徴がリベラルアーツ教育を通じてのクリティカルシンキングを伸ばそうとする教育である。
 国際教養学部での教育は、英語と日本語の「言語科目」と「キャリア教育」「教職科目(選択)」以外は「基礎教育科目群」「専門教育科目群」と区分されている。具体的な科目は、1年次には「リベラルアーツ入門」や「グローバル市民入門」等の基礎科目が置かれているが、多くは人文科学、社会科学のいわゆる伝統的なディシプリン科目である。
 経済学や心理学を授業見学した際に同行した経済学専攻の高橋学長は、経済学科なら3週くらいの時間をかけて学修する内容を1週の一部で済ましているとみえることから、授業の焦点は知識の獲得それ自体に置かれているのではなく、それは自己学修で行い、教室では知識獲得よりも討論や発表力を学生に身につけさせることにあると判断できると述べていた。ある意味では広く浅い専門知識をいかに活用するかに力点が置かれている。実際にいくつかの授業を見学してみると、多くの専門知識を講義することよりも、実習や演習の色彩の強い、答が一つではない課題について予習してきた内容を踏まえながら、質問して考えさせる、発言させる、グループで討論させる、発表させる、コメントをするといった、まさにアクティブラーニングスタイルによって進行されていた。
 以上のような学修の効果を上げるため、英語力の弱い学生には英語の教員がわかりやすく言い換えで補足したりしながら授業を進行させるなどの工夫を行っている。1年生の授業ではアクティブとまではなかなか言い切れないが、3年生の授業をみると学生達は実に生き生きとアクティブに授業に参加している。見解が分かれるような課題設定をし、事前準備させ、話し合い、発表する、こうしたアクティブラーニングを通じて、根拠を持ってクリティカルに自分たちの意見を言う。こうしてリベラルアーツ教育を通じたクリティカルシンキングは磨かれていくのであろう。
 このような教育方法をとっていくためには、学内でアクティブラーニングの手法についての研修を行い、アカデミックアドバイザーやアドバイザーアシスタント(3年生以上の成績優秀者から選任)がチューターとして、課題や質問に応じ、個別指導でのフォローを行っている。
 3年生になると学生の英語力やクリティカルシンキングも身についてくるので、英語としての科目ではなく、教職科目など一部の科目を除き、英語でのリベラルアーツ教育がさらに推進され、3年生の時点から2年間かけて卒業論文を完成させる。
 MICでは教育課程が、1年生から2年生前期、2年生後期の海外研修期、3・4年生の英語によるリベラルアーツの完成期の三段階に構造化され、リベラルアーツもアクティブラーニングも自然に取り入れられて、成功している。英語で教育しなくても、日本語で教育する大学にとってもMICの教育は学ぶべき内容を持っている。
 学生達の満足度は極めて高い。インタビュー対象になる学生はどの大学でも優秀であるが、MICの彼らも第一希望で入ってきた学生は少数であったものの、教員達の手厚く熱心な教育、少人数ならではの教育環境、英語力の飛躍的向上、就活をしてみて他大学の学生にない自分たちの強みへの気づき等を通じ満足度は高い。とりわけ英語の基礎力がある学生にとって良い大学であるという。
 地方の小規模大学であればこそ、学生募集にも苦労が絶えない。他方、宮崎の地域性や生活環境が気に入って長く勤務する外国人教員もいるようである。
 学生募集を強化して、この教育環境を今後も続けていきたいと言う永田学長の言葉は印象的であった。地方の中小規模大学のベンチマークとして、地方創生のモデルとして、グローバル人材を育成できるMICのこれからの発展に大いに期待したい。