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アルカディア学報

No.595

ブラジルの学修成果評価

研究員   塚原 修一(関西国際大学客員教授)
山口アンナ真美(北海道教育大学非常勤講師)

 高等教育の質保証では学修成果が注目されている。ブラジルは、大学の卒業時に全国的な学力試験を実施する数少ない国のひとつであり、そのことに興味をひかれて調査をすすめている。成果の一端をご紹介したい。

学力試験の概要
 ブラジルでは1990年代から教育を市場化・民営化する政策が導入された。大学の設置基準が緩和されて市場原理による拡大と変化がすすみ、1991年に51万人であった入学枠が2011年には445万人に膨張した。私学が増加して7割以上をしめたが、そのなかには経営基盤が脆弱なものも含まれていた。
 これに対応して政府は大学の管理と評価を強化し、2004年に全国学力評価制度を導入した。その中核が全国学生学力試験(ENADE)であり、その成績により大学の格付けが左右される。格付けは5段階の指数で示され、5と4が良好、3が平均的、2と1は不充分を意味する。この試験の特徴は、受験を卒業の要件として学生に義務づけるが、成績は大学の格付けのみに使用され、学生個人の評価や卒業判定には影響しないことにある。
 試験は、毎年、学年末に実施される。学士課程の専門分野を約40に区分し、これを3群にわけて、各分野は3年ごとに試験の対象となる。試験の対象者は、曲折のすえ現在は最終学年の学生の全員となった。
 試験は筆記による。出題は、一般教養(全分野に共通)が選択式8問と論述式2問で、配点は25%、専門分野は選択式27問と論述式3問で、配点は75%である。そのほかに学生の意識調査9問があり、試験時間は全体で4時間である。
 教育学(教員養成課程)の試験問題を和訳してみたが、複数の専門家の見立てによれば、日本の大学院入試と同水準の良問であるという。

実施上の課題
 試験の実施には、さまざまな課題があった。まず、試験の実施主体であるブラジルの国立教育研究所には厳重な安全管理がほどこされ、試験問題の漏洩などの防止がはかられた。
 試験の成績と学生の評価を分離したのは、学生が試験対策や得点競争にはしる弊害をさけ、卒業判定などへの政府の関与を回避する措置と思われるが、別の問題を生み出した。すなわち当初は、試験に出席はするが、解答を拒否した白紙の答案が多発した。それが零点とみなされて、上位大学の格付けが低く算出される事例が生じた。これに対応して、試験の意義を学生に広報して解答をうながすとともに、解答拒否をなくすための措置として、2016年から、個人の成績を卒業証書に記載することとした。
 現在の受験者は毎年約50万人で、日本の大学入試センター試験に匹敵する。このような大規模な事業において、試験を学修成果の評価として正常に機能させるために、多くの努力がはらわれていることがわかる。

大学の対応事例
 この試験には大学側も対応していた。上位大学の3校を訪問したが、いずれも試験対策はしていないとの回答であった。しかし、ある上位大学では、教育課程に不備があることが試験の結果からわかり、その部分を修正したという。
 評価が低かった上位大学では、その原因が教育課程の不備ではなく、受験意欲の低さにあることが前述の意識調査から明らかになった。そこで、試験の目的と役割について学生に向けた説明会を開催したところ、次回の試験から高い評価が得られたという。
 さらに、二つの大学では、試験の専門分野分類が自校の学科構成と整合していないとして、修正を求めて認められた。上位大学の見解によれば、試験は必要であるが、管理と規制を強化するもので、地域の特徴や必要を反映した教育課程が実施できなくなったという。
 一方、下位の大学には試験の準備として特別講義や模擬試験を実施した例がある。おそらくそうした活動の成果として、格付けが低い大学はいくらか減少した。
 以上の説明の範囲内でも、学修成果試験に対する関係主体のさまざまな反応と、それに対してとられた各種の対策がおわかりいただけよう。

日本への示唆
 一般論として、学修成果試験が採用される大きな理由は二つある。ひとつは到達度を重視する、職業に直結した教育などの場合である。厚生労働系の国家試験や工業系の資格試験がその事例であるが、知識能力が不充分な者を就業させないことで、社会の危険を未然に防ぐ措置といえる。
 もうひとつは教育制度が不備な場合である。明治初期の日本における小学校の試験進級方式がこれにあたるが、ブラジルの状況認識もそれに近いのではないか。
 試験には短所があり、最善の選択ではない。実際、日本では教育制度の整備と教育目的の変更にともない、明治後期には自動進級方式に変更された。初等中等教育における試験の問題点は先行研究に指摘されている。これらは高等教育にもあてはまり、教育課程の硬直化という前述の見解もそのなかに含まれる。
 学修成果試験が、同一の出題に全員が解答する形式であるとすれば、高等教育システムが(国)公私立大学から構成される日本や米国などの国では、その多様性に対応しきれない可能性がある。
 米国カレッジ・大学協会の「学修成果評価の動向」2015年調査によれば、2008年にくらべて、一般的知識に関する標準テスト(CLAなど)を使用する大学は減少し、学生の作業の成果にルーブリックを適用する評価や、卒業研究を採用する大学が増加している。米国における大学の多様性を反映する動向ではなかろうか。
 学修成果試験の役割は大学への進学率によっても変化する。荒井克弘ほか『高校と大学の接続』2005の第一章では、進学率によって入学者選抜の役割がかわるとするが、同様な変化は卒業試験にも生じよう。これに関連して、矢野眞和『大学の条件』2015の第1章によると、学生が学力の順番に進学していれば、進学率が50%をこえても入学者の質に大きなちがいはないという。
 マーチン・トロウがマス段階とユニバーサル段階を区分した50%という就学率は、学生層の変化よりも、政治的な意思決定を左右する区分点として設定された可能性がある。学力の分布が左右対象の釣鐘型であれば、マス段階とユニバーサル段階の前半部分には共通性があり、平均値の周囲を囲む大集団として一括することに利点があろう。
 学修成果試験への賛否はともかく、それを実施する国の経験から学ぶべきことは多い。ブラジル調査の印象として、試験は関係主体のさまざまな反応をもたらし、個別大学の利害に直結する重大な案件でもあって、相当な決意でのぞむべき大事業であると感じた。