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アルカディア学報

No.590

ずさんな消費税増税と軽減税率の行方

客員研究員  齋藤 力夫(永和監査法人会長)

 平成27年度の税制改正により消費税の税率を8%から10%(国7.8%、地方2.2%)に引上げ、その施行を平成27年10月1日と予定していたが、引上げ時期を平成29年4月1日以降に変更した。
 しかしながら、景況感は平成26年後期から平成27年に次第に低迷し、株価は2万円弱となった高騰した時期に比べ急速に調整が入り、1万7000円程度まで下落した。また、円が急速に上げ続け110円前後まで高騰し、株安・円高という構図になってしまった。国内の消費動向は低迷し、さらに中国を始めとする新興国経済の減速、円高が景況感を悪化させている。
 政府は本年2月5日、消費税アップによる影響を緩和するため、平成27年の税制改正についての関連法案として軽減税率法案を閣議決定し3月末日成立した。
 法案は平成29年4月から消費税率を現在の8%から10%に引上げる際に「酒類と外食を除く食品全般」と「週2回以上発行し定期購読されている新聞」の税率に8%の軽減税率を導入して、低所得者の負担を軽減するとした。さらに、平成31年4月から先進諸国と同様にインボイス(税額記載の帳表)方式を発行することを義務付けた。
 また、企業負担の軽減のため法人税減税を盛り込み、「法人実効税率」を現在の32.11%から平成28年度は29.97%に、平成30年度には29.74%へと、段階的に引き下げる方針を明示した。
 現在の消費税率による(国税+地方税合計8%)の税収を21兆7000億円と見積ると、税率が1%アップすると2兆7000億円の増収だから、8%から10%に増税した場合の増収見積りは5兆4000億円程度となり、政府財政に多大な貢献をする。しかし、軽減税率を適用した場合の税収は約1兆円程度の税収減となり、その結果、増収は4兆5000億円程度を見込むことになろう。

軽減税率の複雑な構造
 軽減税率の適用対象である「酒類と外食を除く食品全般」と「週2回以上発行し定期購読されている新聞」の税率については、現行の8%に据え置き、低所得者の痛税感を和らげることとした。
 問題となる点として、第一に軽減税率を単に8%でよいかがある。EU諸国の軽減税率は、食品についてイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の国はゼロ税率として、国民生活に必要な食品に対する課税はない。ドイツは7%、フランスでは2.1%、スウェーデンなどでは6%と極端に低減し国民生活に配慮している。それに比し、わが国の軽減税率8%は異常に高い。財務省の一部の意見では、EU諸国の標準税率は1977年の統一指令では15%以上としており、消費税依存率が高いから食品に対する低率による税の減収にも耐えられるとの意見もあるが、今回の改正について安易に軽減税率の8%に係るのは問題がある。
 第二に、国民生活にもっとも負担が多い品目は電気、ガス、水道料、旅客輸送である。学校経営だけでなく企業、家庭においても痛税感が大きい。また、これらの品目が今回論議された気配がない。イギリス、ドイツ、フランスなどでも5%から5.4%程度である。軽減税率として容易に把握できる利点がある。軽減税率の理論としては、水道料、旅客輸送を対象とする是非を図るべきであったが、政府はこの場合の財源減少を恐れているか、又は全く対象外であったか定かでない。食品全般といっても、農業、漁業などの生鮮食料品ならば、その把握は明瞭であるとし、食材加工品を対象品となると外食、テイクアウト等を含め、きわめて複雑となり事務負担が多大である。公明党が政府に対し軽減税率の対象として食料品を減税とすべきと主張したが、その業務負担は多大である。本来、先進各国の軽減税率の多くは水道料金、旅費交通費などである。今回の軽減税率の対象項目に、なぜ水道料金にしなかったのか、財政面での影響は不明であるが、重要な選択の誤りにより多大な業務負担を負わせる責任は重い。
 第三に、EU諸国のインボイス方式を直ちに導入すべきである。今回の法改正では2021年(平成33年)からインボイス(税額票)を発行するように義務付けたが、それでは実施期間が遅すぎる。わが国の技術頭脳では困難であろうか。
 以上、今回の消費税増税は、軽減税率の適用を含め現場で混乱することが様々あるので、食料品も含め新たな減税品目を検討することが必要である。
 国税庁では、本年4月に「消費税の軽減税率制度に関するQ&A」(Webで公表、約40頁)を事例集として公表したが、実務上の配慮は欠ける部分がある。例えば、「社員食堂で提供する食事は、軽減税率の適用対象にならないとしている(改正法附則三四①―イ)。
 学校法人を含めた非営利法人に関する軽減税率は、水道料、出張旅費のほか電気料やガス料金についても軽減税率の適用がなく、一律10%として課税される。特に電気料や水道料の負担は甚大である。さらに企業と異なり、授業料学納金は原則非課税であるから、支出の課税仕入の税額控除ができない。企業では売上等に係る消費税から必要経費に係る消費税を控除して申告する。このようなことから考えると、非営利法人に対する消費税の軽減措置の適用除外は消費税アップに伴って益々不利益になるので、政府税調では非営利法人に関する学校法人等公益的な法人に係る消費税を見直す必要がある。軽減税率はEU諸国と同様に、水道料から始めるのが望ましく、法令との関係を整備し実行すべきである。これによりレジスターを含め食料品に係る複雑で膨大な業務を回避できるであろう。また、今回の消費税改悪法案について一年先送りして実行すべきである。