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アルカディア学報

No.562

ネット時代の大学ブランディング

客員研究員  潮木 守一(桜美林大学大学院名誉教授)

 どの組織にとっても、自分の組織のブランド名はかけがえのないものである。人々はその組織の名前を聞いて、あるイメージを浮かべる。このイメージとは長年のさまざまな経緯のなかで作り上げられたもので、いったんあるイメージが作られると変えることができない。全国に約800ほどの大学があるが、それぞれの大学がブランド名を抱えている。誇るべきブランド名もあれば、あまり芳しくないブランド名もあることだろう。いったんできあがったイメージはなかなか変えられない。
 それではそのイメージを作り出す媒体は何なのか? ここに最近新たな変化が表れているように思える。「新聞沙汰になったらどうする」という言葉があるように、ひところまでは新聞がイメージを決める強力な媒体だった。いったん新聞にその大学の不祥事が報道されると、深刻な打撃を与えた。だから大学に限らず、あらゆる組織が新聞報道に神経を尖らせ、常日頃から新聞人を丁重に扱ってきた。新聞はそのことをよく知っていて、ある時は慎重に、ある時には傲慢に組織に対してきた。ところが最近では新聞を購読しない人々が増えた。たとえ購読していても、見る欄はテレビ番組だけという読者層が広がった。つまり新聞はひところほどの威力を発揮しなくなった。
 新聞に代わって強力な媒体として登場してきたのが、まずはテレビだった。しかし「新聞沙汰」に代わって「テレビ沙汰」という言葉が広まらなかったことから解るように、テレビのインパクトは新聞のそれには及ばなかった。その理由は、新聞記事が後まで残るのに、テレビの報道は瞬間的で、後に残ることが少ないという特性からきているのであろう。
 このように新聞の影響力が低下するなかで、次第に影響力を発揮しだしたのがサイバー空間上のウェッブ・サイトである。ただウェッブ・サイトに対する感覚には、現時点では大きな世代間格差があるらしい。年長者はあまりウェッブ・サイトを見ないし、それがどれだけの影響力を持っているか、あまり敏感ではなさそうである。それに対して若い世代にとっては、ウェッブ・サイトがほとんど唯一の情報源であり、貴重な判断基準になりつつあるようだ。
 最近の若者は本を読まないとよく非難されるが、読まなくなったのは活字本で、それに代わってウェッブ上の記事はよく読んでいる。とくに受験生には、ネット上の情報は大きな影響力を持っているらしい。またそのことを知っているウェッブ・サイトの経営者は、自分のサイトに受験生を引き付けるために、さまざまな工夫を凝らす。ウェッブ・サイトの収入源は、結局のところ広告収入だから、アクセス回数が増えれば増えるほど、広告収入が増える。ウェッブ・サイトの経営者は、広告媒体としての価値を高めるために、受験生の関心を集める記事を集めようとする。
 たとえばA大学のX学部とB大学のY学部とでは、どちらが就職に有利なのか。こういう情報は受験生にとってはいちばん気になる情報であろう。受験情報誌はさまざまな情報源から就職情報を集めて、それを受験生に提供している。改めて述べるまでもなく、受験情報誌は専門の編集者を雇い、彼等の手足となって関連情報を集めるリサーチャーや取材記者を抱えている。有力な受験情報誌となれば、長年にわたって就職データを蓄積しているので、それを分析にかけることによって、ツボを心得た情報を提供できる。こうした実績が受験情報誌の信用を高め、信頼できる情報機関として成長を支えてきた。これはいうなれば、プロ集団による情報提供機関ということができる。
 ところが最近ではインターネットの普及とともに、新手の情報提供の仕組みが登場しているように思える。この新手の仕組みとは、受験生あるいは在学生あるいは卒業生自身による情報交換のネットワークであり、取り交わされた情報を広く公表するウェッブ・サイトである。これは受験生からみると、専門の受験情報誌のように、「上から与えられる情報」ではなく、受験生同志の「横のつながりのなかで成立する情報」ということになる。たとえば「A大学のX学部とB大学のY学部とでは、どちらが就職に有利なのか」という情報を手に入れたい時は、受験生は有力検索サイトに設けられた質問欄に、この質問を書き込む。こうした質問を見た高校生、大学生、卒業生など、何らかの情報を持った者が回答欄に書き込む。いくつかの回答が集まると、それらが多数の閲覧者(多くが同じ質問に対する回答を求めている受験生)の評価に従って、ベスト・アンサーが選ばれる。つまり質問者は匿名で質問できるし、回答者もまた匿名で回答ができる。匿名の回答がどこまで信頼できるか、怪しく思えるが、受験生から見ると、そのほうが生の情報のように思えてくる。こうやって受験生に対して、「信頼できる情報」が選びだされて、ウェッブ・サイトに掲載されることになる。いったんある情報が掲載されると、それを読んだクラスメートがそれを仲間に伝え、こういう過程を通じて、ある大学のイメージが作られる。
 もともとネットに載る情報は、あるいは「根拠のない単なるうわさ」でしかないといえる。しかし今ではこの単なるうわさが大きな力を持つ時代である。「ヴァーチュアル」という言葉は「仮想現実」と訳されるが、現代ではそれは「仮想」ではなく、そちらのほうが「現実」として働き出す。もともと単なるうわさでしかないネット上の大学の評判が、あたかも信頼できる情報であるかのようにみなされ、その大学のブランドを決めることになる。
 ためしに大学関係者はどの検索サイトでもよいから、検索欄に自分の大学名を書き込んでみることを勧める。まず登場するのは、大学の公式ホームページであろう。しかしこれはあくまでも「公式の情報」であって、それによって大学の評判が決まるわけではない。どこも大同小異の内容である。それよりももっと下のほうへと下がってゆくと、受験生同志の情報交換の場が出てくる。注意しなければならないのは、そこに書き込まれている情報である。そこでは受験生同志のあけすけな情報が飛び交っている。大学の評判を決めるのは、この受験生間で交わされている情報である。もともと受験生ほど評判に敏感な人種はいない。しかし彼等に大きな影響力を発揮する情報とは何なのだろうか? 大学の公式ホームページの記事なのだろうか、ときどき新聞に紹介されるその大学についての記事なのだろうか、テレビで流されるその大学についての情報なのであろうか?
 こうしたインターネット上の情報は、企業にとっても企業イメージを作る上で、見逃すことのできない情報である。そこで企業はサイバー空間上にどのような情報が流れているのか、かなり頻繁にチェックしているという。そしてその企業にとって不利な情報が流れている場合には、何らかの対抗策をとっているという。考えてみれば、大学ほど人気に左右される組織はない。大学にとって、サイバー上にその大学のイメージを毀損する情報が流れることは、絶対に避ける必要がある。大学もまたサイバー・チェックを真剣に考えなければならない時代に入ったらしい。