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アルカディア学報

No.560

大学職員の力をどう伸ばすか

上杉 道世(慶應義塾大学信濃町キャンパス事務長)

1. 能力を全体的に捉える
 今日の大学において、大学職員が重要な役割を果たすようになりつつある。そして私たちは、日々の仕事の中で、それぞれの職員が力を高め、発揮し、本人も幸福な職業生活を送るとともに、職場もしっかり維持され発展していくように願っている。そのためには職員の力をどう捉え、どう伸ばしていったらいいのだろうか。
 私は、職員(学生、生徒)の力の捉え方は、初等中等教育の段階も、大学の段階も、職場の段階も、一貫した視点での捉え方をするべきと考えている。
 手がかりとして、初等中等教育の指導要録では、各教科の学習状況の記録は、知識・理解、技能・表現、関心・意欲・態度の観点から評価され、さらに総合的な所見が記述されることになっている。大学段階では、一例として2008年の中教審答申では、「学士力」として、知識・理解、汎用的技能、態度・志向性、総合的な学修経験と創造的思考力、が挙げられている。企業等での人事評価は多様に行われており、それらの細目はもちろん様々であるが、大きなくくりとしては知的能力と人間的諸力を組み合わせたものになっていると思われる。要するに、職員の能力をトータルにバランスよく見ていくことが大事で、その上で組織の状況に応じてどの側面を重視するかが決まってくるのだろう。
 私はこれらを参考に、大学職員に必要な力を次のように捉えている。
 ①大学の業務に関する専門的知識・理解(大学に関する基礎的知識・理解と、教育、研究、人事、財務など業務分野ごとの実践的知識・理解)
 ②職業生活や社会生活全般で必要な技能(コミュニケーションスキル、数量的スキル、言語的スキル、情報リテラシー、論理的思考力など)
 ③態度・意欲(自己管理力、チームワーク、リーダーシップ、倫理観、市民としての社会的責任感、生涯学習力など)
 ④創造的思考力(課題を発見し解決する力、企画・立案・実行する力、自ら考え、理解し、行動する力)

2. 職業に必要な力をどのようにして伸ばすのか
 仮に大学職員の能力を上記のように捉えると、それを伸ばすにはどのような学習や経験が必要、有効なのだろうか。
 職員が最も長い時間努力して集中して取り組んでいるのは、当然のことながら、職場での業務である。であるならば、その業務経験を、単なる苦役として過ごすのではなく、興味関心を持って、喜びを持って行なうものとして経験できればよい。現に、面白い仕事には時間を忘れて取り組み、完成したときには達成感を味わうことは多くの人が経験しているだろう。そのような仕事を通して自分に力がついたと実感することも多い。
 また、仕事をしていく中で、上司と、先輩と、同僚と、仕事の相手方と様々な接点で交流することも成長の契機となる。業務そのものが成長の契機だ。
 さらに、業務の中だけでなく、特定の学習に集中して取り組む機会として研修がある。職場内もあれば職場外もあり、職務としてもあれば自己啓発もある。
 一方、業務や研修で成長する基盤づくりは最終的には本人自身が心がけなければならない。日ごろからの人との議論、読書、メディア(新聞、ネット)、諸資料に触れるなど、幅広く多様な知的刺激を進んで受けることが有益である。能力ごとに見てみよう。
 知識・理解は、業務上の経験を通して、または研修や自発的な学習を通して得られるだろう。そして、業務ごとのマニュアルの整備や基本文献の提示も可能だろう。業務上の経験だけに頼っていると幅が狭くなることがあるので、意図的に幅広な学習が必要だろう。
 技能は、研修が有効であるが、むしろ大学や高校での習得が大切であろう。また、資格制度の活用や外部の専門機関での学習も有効である。もちろん業務を通して継続的にブラッシュアップする必要がある。
 態度・意欲は、もっと早い段階の初等中等教育での育成が基本であり、大学生活、職業生活を通して節目節目で高められていくものである。そして、こういう学習や経験をすればこういう態度が身につく、という決まった方式がなかなか見えにくい。それを補うものとして、スポーツを経験すればチームワークが身につくとか、厳しい仕事を経験すれば責任感が高められるとか、経験的に捉えられるが、いつもそれが正しいとは限らない。
 創造的思考力(問題解決力、企画力)こそ、最も捉えがたく、育成しにくい。しかしどの職場も、最も育成したがっている。結局このような力は、一定の素質を持った人が、質の高い仕事を経験する中で育つだろう。だから優秀な人には次々と高いレベルの仕事が与えられることになる。ただし、ミドルで有能だった人が、トップでも有能とは限らない。誰が本当に素質を持っているか正確には分からないので、人材は幅広めに見繕うべきだ。

3. 職員の力をどうやって判定するか
 上記のように能力を育成するとして、その能力が身についているかどうかをどうやって判定するのだろうか。まずは職員採用の選考があり、入職後は業務を行ないながら節目節目での評価を受けることになる。
 職員採用試験は、どの組織でも、能力判定は知的な部分と人物的部分とが組み合わされている。知的な部分はペーパーテストでもかなり把握でき、その組織で期待される仕事をこなす程度のレベルが求められる。(高ければ高いほどよいという学者の選考とは違う)
 人物的部分は、この方式で客観的にこれが分かるというものが十分ないので、様々な方式の組み合わせとなる。最も活用され、頼られているのが面接であるが、採用後裏切られることもしばしばある。あわせて、グループ討議や、小論文も課せられることがあるが、補足的である。
 採用面接で、サークルやアルバイトの経験ばかりが質問され、大学の学業そのものが問われないことは、大学教育の重大な欠陥を示している。教師の話を聞いて覚えるだけの学習ならば職場の能力判定の資料にはならないのは当然である。逆に、教師と対話したり、自分で調べて報告したり、グループで何かまとめたり、持続的な労力をかけて成果を上げたり、つまり職業でも通用する能力の証明となる学習、今の言葉で言えばアクティブラーニング、古い言葉で言えば実学、アメリカ風に言えばリベラルアーツの学習ができていれば、職場でも評価されるだろう。
 職場内の評価は、今は目標設定方式が主流であるが、ここで大事なのは、上司と対話しながら、自分で目標を設定し、自分で評価する、セルフコントロールが大事だという点である。そして、短期的な成果を達成したかどうかを見るだけでなく、能力の全体的向上に本人がどう取り組み、上司がどうサポートしたかを確認する機会として活用したい。上位資格を取得するために試験制度を行なう組織も多いが、単なるペーパーテストだけではなく、実務実績、面接、論文などを通して能力を多面的に把握するべきである。
 どの職員についても能力をトータルに判定し、成長のための様々な機会を提供する職場であってほしい。まして、大学は、学生の成長の場であるのならば、教員も職員も学生とともに成長する場でなければならない。言い換えれば、学生の成長を促すとともに教員と職員も成長しているはずであり、もし教員や職員の成長が止まっているならば、その大学はどこかが間違っていると捉えるべきであろう。