加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.553

“グローバル・ラーニングコモンズ”という戦略的発想

研究員  田中 義郎(IAUP2014横浜総会日本委員会委員、桜美林大学総長補佐・教授)

 世界は、高等教育界に未来志向のリーダーシップと戦略的発想を期待している。
 昨今話題のラーニング・コモンズは、次世代高機能学習空間だが、“グローバル・ラーニングコモンズ”は、共生/協働化が求められる世界で、高等教育機関が相互に連携し、21世紀人材に期待される知識、技術の教育とテスト、評価といったアセスメントを地球規模の文脈で共有するための戦略的発想である。
 この戦略的発想では、MOOCsなどの未来型テクノロジーやクリエイティブ・ラーニングなどの革新的学習方略を駆使して、グローバルなアカデミック・プラットフォームを構築し、高等教育の理想を、若者たちが、具体的に何を如何に共有し、彼ら自身の“学びの高み”を成就していくかの基本デザインが重要である。高等教育の学びは誰のものか。問うまでもなく、すべての社会、人々に還元されるものでなければならない。
 昨今、高等教育においても汎用的能力の育成がよく話題にのぼるが、教養的でない汎用性は単なる模倣に過ぎない。高等教育、特に学士課程教育は国際教養であり、フィランソロピー(博愛)や社会貢献に裏付けられた高次思考技法(Higher
Order Thinking Skills)の習得が不可欠となる。また、これからの高等教育における汎用性では、高次の教養の支えが鍵であるのはもちろんだが、更に、ドメインベイスト(広義の専門領域における)汎用性が大きな意味を持つ。平和を形にする力やサステイナビリティ(持続可能な社会を創出する力)は、21世紀スキルであり、高等教育が育成すべきジェネリックスキル(汎用的技能)である。
 国連が認定するNGOであり、世界の知的リーダーシップ団体として知られるIAUP(International Association of University Presidents:世界大学総長協会)の3年に1度の総会が本年6月12~14日、横浜市のパシフィコ横浜国際会議場で開かれる。真に“グローバル・ラーニングコモンズ”である。
 多様化やグローバル化を戦略的に成功裡に達成することで、大学は、今後もなお、社会の知的リーダーとしての位置を維持発展させることができる。ともすると、全世界の同時多発現象となっている多様化やグローバル化に如何に対処するか、という議論になりがちだが、大きな誤解である。多様化やグローバル化は、私たちの地球社会の持続可能な発展を実現させる優れたエンジンであり、大学にとっては、不確実な世界の未来を拓く人材を世に送り出す優れた戦略でなければならない。地球社会の持続可能な発展を念頭に、世界の高等教育界に働きかけ、国連が2009年にスタートしたUNAI(United Nations Academic Impact:国連アカデミック・インパクト、2010年11月に正式に発足)がIAUP世界大学総長協会と協賛して、今回の総会を積極的に後援していることの意義がここにある。
 1964年、IAUP世界大学総長協会は、イギリスのオックスフォードで、世界の大学の理事長、総長、学長など世界の高等教育界のリーダーを正会員として国連の認定するNGOとして設立された。具体的には、NGO(民間非営利団体の最高協議資格(国際連合経済社会理事会[ECOSOC])との協議資格を持つNGOで、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)との協議資格も正式に保有している。政治的、思想的な影響力を排除して、国際社会における高等教育の質の向上と高等教育を通じた平和、国際理解の促進を唯一の使命として活動し、同時に、不確実な未来とされる21世紀社会の高等教育が直面するグローバリゼーションの中、国際的な諸問題を相互文化理解に基づいて議論し、高次の知的解決の糸口を見つけるべく活動している。その主たる目的は、1960年代、次第に密接な結びつきを強める世界において、教育機関の国際的ミッションを推進し、これらの機関の教育の質を高めること、および教育を通じて国際意識とグローバル社会に対応できる能力を高めるとともに、平和と国際理解を促進することである。IAUPは、会議、セミナー、出版物、委託を通じて専門的な経験の交流を促す、他に例のない世界規模のプラットフォームとなった。現在、そうした使命の下、様々な活動を行っている。高等教育におけるワールドワイドなビジョンの構築、世界の高等教育機関の国際交流活動の強化、学生や教員の交換・共同研究事業の推進、高等教育のリーダー達の意見・活動の国際社会への発信、高等教育のリーダーたちのネットワークや共同事業を通じて、国際的な競争力を持った持続可能な社会の発展、高等教育を通じた平和と国際理解の推進などである。
 本年6月の横浜総会は、“Creating the Future of Higher Education(高等教育の未来創造)”を統一テーマとしている。サブテーマには、「高等教育の質保証と質的向上」、「高等教育発展における女性の役割、責任」、「持続可能な発展における高等教育の使命」、「アジア太平洋地域における高等教育の未来創造」、「高等教育における国際化とモビリティの挑戦」、「国連アカデミック・インパクト―“未来=希望”からの声」(学生によるセッション)など、真に今日的課題が並んでいる。未来が権利であることを主張するだけでなく、未来への確かな準備ができているために私たちは何をなすべきか、が問われており、そうした課題と真摯に向き合うことが重要である。
 今回のIAUP2014横浜総会の顕著な特徴は、国際的協賛協働である。国連との協賛プロジェクトであるUNAI国連アカデミック・インパクトおよびその学生団体であるASPIRE(Action by Students to Promote Innovation and Reform through Education: 革新を促し、教育を通じて、世界をより良くするための学生による活動)との協働セッションである。革新が核心を突き、確信に変わる時、世界はまた新たな段階へと進み行くことができる。同時に、国連大学(UNU)および世界大学協会(IAU)との協賛プロジェクト「持続可能な発展における高等教育の貢献」でもある。
 こうした試みが実現するに至ったには、それぞれの国際機関はもとより、個々のリーダーたちが共に似通った問題意識を共有しているという背景がある。それは、多様化、グローバル化は、人類共生実現のためには成し遂げねば成らないゴールであるという認識に他ならない。多様性とグローバリゼーションの実現と成熟化によって、人類は更なる発展を持続可能な形で模索することができるからである。高等教育は、そのための強力なエンジンであるとともに、すべての社会、人々の希望でなくてならない。ともすると、多様化、グローバル化に如何に対処するか、といった対処療法的な関与になりがちだが、多様性やグローバリゼーションは更なる発展のための重要な要素であり、課題であり、必ず到達しなければならない新たな段階である。
 1993年、第10回世界大学総長協会総会が、神戸市で開催された。その時とは、世界の高等教育を取り巻く状況は大きく違う。ヨーロッパの大学の国際競争力を高める目的で、ボローニャ・プロセスが発案されたのは1999年であった。20年を経て、世界が目紛しく変化し、未来予測がますます困難になっている今日、世界の高等教育のリーダーたちの知見を集約する絶好の機会を得て、地球社会の発展に高等教育が如何に貢献できるかの議論を相互共有することができる。高等教育を通じた豊かな未来の創造について、白熱した議論が期待される。