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アルカディア学報

No.552

欧州単位互換制度の四半世紀

研究員  森 利枝((独)大学評価・学位授与機構研究開発部准教授)

 欧州単位互換制度(ECTS)が開始されて今年で二五年を迎えた。ECTSは当初、ヨーロッパ域内の高等教育機関間において学生の留学先での学修の認証を促進するため、1989年にエラスムス計画の一環として開発された。現在では留学生に限らず、ボローニャ・プロセスの枠組みの中で高等教育の課程や資格の構造を支える主要な要素となっている。
 ボローニャ・プロセスがヨーロッパ域内に共通な高等教育の仕組みを構築しようとする試みであることに関してはすでに本欄でも繰り返し報告されているが、このボローニャ・プロセス参加諸国のほとんどが、このECTSの制度を法制化して、高等教育段階の学修量の指標や課程修了の要件などに用いている。

学士課程修了までの時間
 ECTSはその名の通り単位制度であり、米国で用いられている単位制度と同様にその根底には学修にかかる時間を学修の達成の指標とするという発想がある。ECTSの1単位は、教室内外での平均25~30時間を要する課業に対して与えられるものであり、かつ学士課程の修了要件としては一般に180単位の修得が求められる。
 このECTSについて、ノルウェーの高等教育の質保証機関であるNOKUTは、2006年に発行した『英国とノルウェーの修士学位の授与に関する比較研究』の報告書の中で、大陸ヨーロッパの大学では1単位当たりの学修時間として一般的に28時間程度が求められるとしている。また2009年に出版されたECTSのハンドブック『ECTSユーザーズ・ガイド』にも、たとえば英国の大学での1単位当たりの学修時間は20時間、フランス語圏ベルギーでは24時間、スイスでは25~30時間、オランダでは28時間、ドイツでは30時間と定められていることが明示されている。これらの情報からも明らかなように、1単位を得るための課業量には、制度の上で幅があり、また実態の上でも幅がありうる。この「幅」については後述するとして、いま仮にECTSの1単位を得るために30時間を要すると措定すると、学士課程修了に要する180単位を修得するための学修時間は5400時間となる。
 いっぽう、米国の単位制度においては、1単位当たり四五時間の課業が求められている。1時間を構成するのが50分か60分かという問題はひとまず措いて、額面通り1単位の修得に45時間を要するとすると、標準的な学士課程の修了要件である120単位を得るためにかかる時間はやはり5400時間になる。標準的な修業年限が、ヨーロッパの大学では3年間、米国の大学では4年間という差はあるものの、学士課程の修了にはおおむね5400時間分の学修が求められることは、100年の歴史を持つ米国の単位制度と4半世紀を迎えたヨーロッパのECTSの制度に共通している。なお我が国の大学では、知られているように、戦後大学基準から大学設置基準が定められる過程で米国の大学で求められる120単位に加えて保健体育の4単位を必修とし、その後1991年の大綱化の際にこの必修要件を廃した際にも修得単位全体の要件から除外しなかったために、学士課程の修了要件は124単位のままである。1単位当たりに求められる学修時間は米国と同じ45時間であり、したがって日本の大学で学士の学位を得るためには5580時間の学修が求められているということになる。

学修成果の計測という難問
 なるほどおおむね5400時間を要する学修で学士の学位が得られるとして、ではたとえばある授業を通じて1単位を与える際にそのための課業量が30時間分であること、あるいは45時間分であることを、大学教育を提供する側はどのように確信できるのだろうか。
 その方法について検討する前に、ECTSの制度において求められている1単位当たりの学修時間について確認しておきたい。ECTSにおいては1単位が与えられるのは、ある学生が、「標準的な学生が達成するのに平均25~30時間を要することが見込まれる学修成果を獲得したとき」であって、「ある学生が25~30時間の学修を完遂したとき」ではない。したがって、個別の学生が実際に学修にかける時間が、この見込み時間数よりも長くなることもありうるし短くて済むこともありうる。このことは先述した『ECTSユーザーズ・ガイド』にも明示されている。
 この原則に沿って1単位当たりの課業量を確認する方法を考えるとき、その重要性がクローズ・アップされるのがカリキュラム設計と学生調査であろう。筆者らは科研費を得て、ヨーロッパの高等教育機関におけるECTSの運用の実態に関する調査を試みた。その結果確認できたことの1つがECTSの運用に併せた教育課程のモジュール化の発想である。
 チューリッヒ大学の研究者らのグループの整理によると、モジュール化とは課程の目的にあわせて教室内での授業科目をグループ化し、ある場合にはそれぞれの科目について教室外学修を課したり、またある場合には複数の授業科目に対して一連の教室外学習を求めたり、あるいは目的に沿った自主的な教室外学習のみを評価して単位を授与するというカリキュラム設計の方法である。課程においてはモジュールごとに必修、選択、先修条件などの要件を課すことができる。このようなカリキュラムを運営するには、個別教員あるいは各学科には課程全体の目的を明確にしかつ共有して、さらに学生の教室外学習を、達成に関わる標準的な時間も考慮に入れて適切に評価するといったきめの細かい対応が求められる。
 さらに、このようなカリキュラム設計を経て実際に学生が学修成果を得るまでにどのくらいの時間を要したかを知ることは、学生の学修を評価するためだけではなく、授業やカリキュラムの改善を図るうえでも必要性が感じられている。実際に、ヨーロッパの高等教育機関にはここ数年でさらに新たにインスティテューショナル・リサーチの機能を持った部署が新設され、たとえばローザンヌ大学では近年授業科目ごとの学生の教室外学修時間に関する調査も行われている。英国で全国学生調査が開始されたことも比較的記憶に新しい。同様の試みは我が国においても、個別機関単位で、あるいは大学をまたいだ規模で行われている。しかしこれらカリキュラム設計も学生調査も学修成果を測る完全な仕掛けではない。学修成果の評価に関する困難に東西の差はないようだ。
 ここで確認すべきは、ECTSをはじめとした単位制度は、何かを実現するための方法であって、それ自体が目的ではないということであろう。冒頭に記したようにヨーロッパ域内には共通な高等教育の仕組みを構築するという目的があり、ECTSはそのための道具の1つとして用いられている。我が国の単位制度でも、1単位当たり四五時間の学修時間を確保することが目的ではなく、学生をどのような人物に教育するのか、単位制度はその理念を具体化するための指標であり道具であることを思い出しておきたい。
 (本稿はJSPS科研費23501049の助成を受けた研究の成果の一部である。)