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アルカディア学報

No.539

アクティブラーニングを促す反転授業

客員研究員  土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター長・教授)

 2013年11月、政府の教育再生実行会議は大学入試改革に関する提言「達成度テスト(仮称)」をまとめた。この背景には、推薦・AO(アドミッション・オフィス)入試の増加で高校生の学習意欲が衰退し、学力低下が深刻化しているとの危惧がある。高校や大学関係者からは「選抜の公平性が保たれるか」といった反発もある。大学入試改革は過去にも議論された。入学者の学力低下や学習意欲の衰退に議論が集中し、どのように大学の授業を改善するかについては言及されていない。大学入試の小手先だけでは抜本的な改革にはつながらない。過去と比較して「学力低下」が問題にされるが、尺度が違えば別の評価もできる。推薦・AO入試の導入で学生の学力が多様化している現状を看過できないことは事実である。それにもかかわらず、旧態依然とした画一的な授業方法では学生の学習意欲が喪失するのは当然である。
 そもそも、一般入試とAO入試は性質の違うものである。AO入試には学力だけではなく、総合力と多面的な評価ができるというメリットがあるはずである。AO入試を一般入試と同じように扱うから学力低下などの批判につながる。アメリカの大学はAO入試で入学者を決める。AOはアドミッション・オフィスの略で、アメリカの大学では入学者選定に半年から1年の期間をかけて高校生の多様な資質を選ぶ専門職からなるオフィスがある。それほど入学者の選定には時間と労力のかかる重要な業務である。AO入学者の多様な学力を引き出すには、アクティブラーニングが効果的である。今後は、各大学がこれにどのように対応できるかが問われる。
 2008年に大学設置基準を改正して大学にFDを義務づけ、教員の教育力の向上を目指したが、成果は得られなかった。それは、各大学にFDを推進する専門職のファカルティ・ディベロッパーの人材が不足したからである。国は大学にFDの義務化を打ち出しながら、それを推進するファカルティ・ディベロッパーの養成を怠ったことが、教員の教育力向上の低下を招いた。今年もファカルティ・ディベロプメント(FD)に関する最大規模のPODネットワーク年次大会が、2013年11月6日~10日までピッツバーグ市のオムニ・ウィリアム・ペン・ホテルで開催された。参加者は総勢743名であったが、日本からは6名であった。二〇〇八年のFD義務化の直後は五〇名以上の参加者があったことから考えれば激減している。これは、文科省からの補助金がなくなったことに起因している。これで日本の大学におけるFD活動は大丈夫なのかと危惧せずにはいられない。
 日本でも「パラダイム転換」の動きが目立ち、大学教育は変革期に直面して混沌としている。中教審答申が提言するようなアクティブラーニングを促進しようとすれば、従来の授業改善とは異なったアプローチが必要になる。なぜなら、学生を能動的にさせなければならないからである。フィンク博士によれば、アメリカでは、1970年代から1980年代にかけてファカルティ・ディベロップメントが盛んになった。さらに、アクティブラーニングも1991年頃から注目された。1990年以降になると「パラダイム転換」の現象が起こりはじめた。すなわち、パラダイム転換とアクティブラーニングが一緒になり、教育と学習を改善する新しい動きが出てきた。その結果、ハイブリッド学習やブレンディッド学習という新しい学習方法も生まれた。伝統的な授業では、教員と学生が同じ教室で学んだが、教室をもたないオンライン授業も生まれた。その両方をミックスしたのがハイブリッドあるいはブレンディッド学習である。最近は、反転授業(フリップトクラスルーム)という言葉も聞かれる。反転授業について、フィンク博士は下記の図表を用いて、教室内授業と教室外学習とに分けて説明している。伝統的な授業では講義を行い、学生は読書をしたり、宿題や問題を解いたりして試験を受ける。多くの教員は、このような教育方法に満足していない。なぜなら、教員は、教室で内容を伝えるだけで多くの時間を費やし、討論や演習(アクティブラーニング)ができないからである。このような状況を改善しようとして生まれたのが反転授業である。学生が事前学修をしたことを前提に教室内授業が行われる。すなわち、教室内では授業をすることが目的ではなく、フィードバックが中心になる。このように教室内と教室外を反転させることから反転授業と呼ばれる。これは、学生にも教員にも能動性を促すので効果的であるとフィンク博士は述べている。
 アメリカでは、反転授業をチーム・ベースド・ラーニング(TBL)として導入することで、アクティブラーニングを活性化させている。TBLの特徴は、授業の初めのチーム編成が重要になる。編成は学生にさせるのではなく、教員が周到に計画して準備する。反転授業はアクティブラーニングを進める上で優れた方策であるが、これは学生が事前準備をしてこないと成立しない。したがって、学生が事前準備をしたかどうかを確かめる「準備確認試験(Readiness Assurance Test,RAT)」が不可欠となる。さらに、チーム内の個々の学生をどのように評価するかという問題もある。アクティブラーニングや反転授業を最適なものにするには、教員と学生双方の意識改革が必要である。
 アクティブラーニングを推し進めるには、教員から学生へ、教育から学習への「パラダイム転換」が必要である。アクティブラーニングの鍵となるのが、Student Engagementである。2012年度POD研究助成を受けたプロジェクトがポスターセッションで紹介された。Student Engagementは、大講義室ではできにくいと考える教員が少なくないが、教員がアクティブラーニングを促す具体的な行動を学生に取らせることで可能になるとの研究成果が紹介された。アメリカでは、Student Engagementを尺度として大学を評価する National Survey of Student Engagement(NSSE)が急速に拡大し、カナダ版も作成され、その結果が他大学と比較され、予算配分の基礎材料として使われている。
 前述のPODネットワーク年次大会のPlenary Sessionでは、Adrianne Kezar,University of South California,The Risks and Rewards of Becoming a Campus Change Agentと題する講演があった。タイトルからも明らかなように、ファカルティ・ディベロッパーは、教員と学生の中間に位置するChange Agentの役割をする。帝京大学高等教育開発センター(CTL)でもStudent Engagementの重要性を認識し、SCOT(Students Consulting on Teaching)を導入している。これは学生視点で授業を改善するというもので、「学生による授業コンサルティング」と呼ばれる。同センターでは、SCOTを「パラダイム転換」のChange Agentと位置づけている。最近は、学内での認知度も深まり、多くの教員からSCOTへの依頼が増えている。
 SCOTの詳細については、同センターHPを参照。現在、CTLでは、Promotion of Student Engagementのスローガンを掲げ、これを “POSE”と呼んで促進している。