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アルカディア学報

No.491

「学校法人」の基本に立ち返って 第52回公開研究会の議論から

研究員  増田貴治(東邦学園理事・法人事務局長)


学校法人の存在意義を問う
 教育の諸制度が大きく改められた終戦直後以降、揺るぎない制度として続いてきた学校法人に対して、その存在意義が急速に問われる時代となった。橋本内閣における霞が関の省庁再編に始まり、2000年以降は「小泉・竹中改革」の波も受けて政府内で公益法人改革についての議論が進んだ。2004年4月には国立大学の独立行政法人化が行われ、株式会社立大学も誕生した。公益法人全体が見直される中、学校法人もその例外ではない。非営利組織でありながら市場主義のもと、激動する外部環境への対応と、情報の公開、厳しい評価に対する説明を求められている。
 日本私立大学協会は2010年、私立大学基本問題研究委員会の中に「学校法人のあり方研究ワーキンググループ」を組織し、その内容を報告書としてまとめた。
 私学高等教育研究所も「学校法人の在り方研究チーム」を発足、研究者と研究交流を行いながら、様々な視点で学校法人の特徴を考察した。その研究成果として私学高等教育研究叢書『学校法人の在り方を考える』を発刊し、「学校法人の現状とこれからの課題」をテーマに、本研究会主催の第52回公開研究会を6月11日に開いた。研究所主幹である瀧澤博三氏を皮切りに、研究員代表の篠田道夫氏と両角亜希子氏が講演を行った。発表内容を要約して紹介する。
公共性、安定性、自主性に新たな視点を
 まず、瀧澤主幹が「学校法人の議論とこれからの方向性」と題して、特に学校法人の基本理念について、私学の「公共性」「安定性」「自主性」の観点からその構造の変化を次のように説明した。
 私学の特性は「建学の精神」であり、教育の自由を表している。「公共性」の仕組みは、規制改革の時代を経て、私学の公共性と競争原理の導入による市場主義との葛藤があり、市場メカニズムは公共性を保証しない仕組みである。「安定性」について、戦前の財団法人では、大学を維持するだけの基本財産を有し、これを国に供託しなければならず、戦後も基本的財産は自己保有で、これが安定性の仕組みであった。しかし、校地基準の規制緩和から自己所有が絶対の条件ではなくなり、何を持って安定性が保証されるか今では不明である。
 また、質の時代における私学政策の構造的な変化の中で、私学の自主性をどう再構築するのか。「行政介入の排除」から「政策策定への参画」へ、「個別大学の自主性」から「集団的自主性」へと実行する体制づくりが急務であり、目まぐるしく変化する時代の大学経営のあり方として、その運営は「経営と教学の分離」から「経営と教学の融合」へと見直し、経営は教学のマネジメントを含めて行わなければならないと、瀧澤主幹は強調した。経営における安定性・継続性と機動性・戦略性の両立を迫られているいま、学校法人経営の新たな方向を示唆するものであった。
経営と教学の融合を
 桜美林大学の篠田氏は「学校法人制度の特質と中長期計画に基づくマネジメント改革」をテーマに、学校法人の特質や設置校との関係、中長期計画によるマネジメントについて発表された。
 今の大学を取り巻く厳しい環境下では、私立大学のマネジメント改革において、一体型マネジメントをいかに作っていくかが、最も重要なテーマである。それぞれの組織がそれぞれのやり方で統合し、最終的には理事会が決定の責任を果たすことには揺るぎがない。そこを軸として大学の教学と経営がいかに統合し融合していくかが課題であると主張する。これからの学校法人の一体運営を進める上で注目したいのは、事業計画、事業報告によるマネジメントサイクルとガバナンスの強化である。教学と協力し、一体となり計画を実現できるかが、非常に大きな要素となる。中長期計画が達成指標やエビデンスを明確にして改善に繋げていく内容となり、現場まで浸透した活動の実質化を可能とするものに進化しているのではないか。全学的な教学運営を含めた教学マネジメントが法人経営のマネジメントと一体化して、財政、人事、施設計画と結合することによって教学充実の基盤を持つことができる。実際に目標を指し示し教職員が動く上では、政策による統治が決定的に重要である。日本の学校法人には強みも弱みもあるが、こうした政策・中期的目標をもって一致して進むことができれば、学校法人制度の特質を生かし、強いマネジメントができるのではないかとの提言があった。
 諸外国との比較から
 最後に、東京大学の両角氏が「学校法人制度の特徴と課題」と題してアメリカや韓国との比較から共通性と差異性を明らかにしながら、今後の課題や議論の方向性について報告された。私大の基本理念である自主性、公共性、永続性、安定性はどこの国の私立大学においても求められている理念である。問題はそれを担保する枠組みがどのようになっているか。
 ガバナンスで着目すべき点は、一つ目は外部(政府・社会)との関係。二つ目は意志決定、誰が最終的に責任を持つのか。三つ目は執行、内部統制、具体的には教職員がどのように経営に参画しているのか、ということである。また、日本の私学の特徴として政府からの統治や支援は間接的であることや教職員の経営参画、内部組織のあり方は多様な形態を保証していることなどが紹介された。私学の財務基盤は、非営利であり利益を出すことが目的ではなく、一定の基本財産を持って運営されているのが私立大学の財務会計上の本質にある。日本の会計基準の目的は、財務の自己改善、説明責任、助成方策の実施である。公共性、自主性、永続性や予算制度を重視した会計制度で、それを担保するための基本金制度や減価償却、損益計算などは先進的である。経常費補助金を受けている私学は日本だけで、補助金の算定ルールを通じて教育条件を向上させ、学生の経済的負担を軽減させ、しかも経営の健全化の向上という三つの目的を達成するために一般補助の算定ルールが役立っているとの説明であった。
学校法人制度の特性を活かして
 これまでの様々な研究報告からも明らかなように、学校法人制度は他に類を見ない誇るべき制度であると言っても過言ではない。私立学校を設置する学校法人は、その公共性・公益性から様々な税制上の優遇措置が講じられている。また、公的な資金が経常費補助金という形で分配されている。このように学校法人が公的な財政支援を継続的に受けるためには、学校法人制度という特性を活かして、社会から付託された「人材の育成」が最も重要な使命であることを強く自覚すべきである。そして、輩出する学生・生徒が産業界や地域など社会で活躍できるよう自己の規律を厳格に持ち、質の高い教育システムを構築して実践し続けなければならない。
 社会は今「学校法人」に何を望んでいるのか、積極的な意味で改めて自らを問い直し、学校法人制度の基本的な性格を再認識する機会として捉えたい。そして、学校法人は独自の教学活動の中で、その存在意義や目的がステークホルダーに理解され、知の拠点としての必要性を明確に示せるか否かが今後の課題となろう。