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アルカディア学報

No.479

大学の教育力・人材育成効果の改革とルーブリックの標準的利用を

研究員  高橋 宏(東京国際大学 副学長)

一、大学教育に求められるもの
 現在わが国の高等教育は、進学率の上昇と多様化(学業への取組み方や関心・学力等の分散)の中で、学生の学修効果をいかに高めるかという問題に迫られている。教育・学修の質を高め、各大学の直面する実態に合わせて教育力を強化していくことこそが、大学の評価の向上と活性化にとって不可欠であるとの認識が高まりつつある。
 中教審・大学分科会大学教育部会では、「学士課程教育の質的転換」として能動的な授業(広く「教育・学修」と理解すべきであろう)により学生の思考力・分析力、課題発見力、表現力および知性の強化等を数年前より大学に求めている。また同部会(平成24年3月26日)『予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力をはぐくむ大学へ(審議まとめ(案)』では「大学には、その転換に早急に取り組む責務がある」と述べている。
 こうした人材育成を実現する方法として、学生の主体的かつ能動的な学びの重要性を指摘し、教員と学生との意思疎通(いうならば、教職員と学生の「三者協働」による学修)および学生相互間の学び合いと切磋琢磨の重要性を唱えている。
二、教育の結果を先に明示する「逆向き設計」を
 このような課題に関して、各大学では従来からカリキュラム改革、教える内容と教え方等の工夫・改善など様々な取組みを行っている。これらは、教員の教える義務という発想からは当然である。だが、教育・学修面での根本的な問題は、どう教えるかよりも、どのようにしたら学生の学修効果を最大限引き出すことができるかということであり、学生の主体的な取組みをいかに実現するかが不可欠である。
 このような取組みを実施して行く場合、従来の発想からすると、教員は次の幾つかの罠に陥ることが多く、それが改善の成果を生まない原因となっていることが指摘されている(G.Wiggins and J.McTighe,2005, Understanding by Design,2nd ed., Pearson Education)。
 (1)、教えることを洗練・充実させようとする、あるいはなるべく分かり易い授業を展開しようとする。しかし、これらは教員から学生への一方向の働きかけのために思わしい学習効果を生まないことが多い。
 (2)、授業方式としてアクティビティを多用する。しかしアクティビティに参加すること自体が目的となってしまったり、活動内容に目が奪われてしまったりして、学習の焦点が何か、活動から何を修得すべきか等を学生が見失っている(そもそも、そうした目標や達成課題が不明確なままである)、また学習内容とアクティビティとが噛み合っているか教員が十分な配慮をしていない。
 (3)、教育課程に掲げられた学習項目を漏れなく取り上げようとして、盛り沢山の内容を教える。そのため、学生の学修成果が適切に挙がっているかの視点が不十分で、往々にして学生側の理解を置き去りにする結果となっている。
 以上の指摘から筆者が重要と考えることは、授業の設計を再構築しなくてはならないということである。先述のWiggins and McTigheによると、カリキュラム・授業の「逆向き設計(Back-ward Design)」の導入がカギとなる。
 この「逆向き設計」の要点は次の三点である。?a.最初に到達目標・望ましい結果を明確化する、?b.次に学生の理解度・到達水準を判定できる証拠(エビデンス)を決定する、?c.最後に学習経験と指導方法を計画する(学生にどのような知識・技能・能力を身につけさせるかを定める)。
 決して、先に「何を教えるか、どの教材を使うか」を決めて、それらに基づいて授業計画を立てるのではない。このような授業計画では、たんに学習項目を順に追うだけで「何が重要な論点か(課題発見力)」「どのように自分の考える力を身に付けるか(思考力・分析力)」、また「学んだ内容をどのように表現するか(表現力)」に十分注意が行かないことが多い。これら三要素の継起(目標・結果の明示⇒達成度の認定⇒達成課題の理解)を重視する方法は、後から授業項目や教材を決定することから「逆向き設計」と呼ばれ、そうした方法なるが故に有効な働きをもつとされる。
三、ティーチング・ポートフォリオとルーブリック
 この成果指向的な教育・学修で重要な役割を果たすのが、ティーチング・ポートフォリオとルーブリックの利用である。
 これに関しては、本年3月14日の私学高等教育研究所主催「第51回公開研究会」で『ルーブリックとティーチング・ポートフォリオ』をテーマとする講演が行われた。そこでは、ポートランド州立大学大学院教授D・D・スティーブンス氏が、ルーブリックの定義と役割(ティーチング・ポートフォリオにおける価値)、ルーブリックの内容・構成要素、達成度・成績評価への利用、ルーブリック活用による利点等を、講演の聴衆の参加を求めながら、分かり易く説明された。その後で、帝京大学高等教育開発センター長・教授の土持ゲーリー法一氏によるコメントが行われ、ルーブリックを活用することによる教育上の効果が詳しく解説された。筆者もその研究会に出席し、数年前アメリカにおける認証評価調査で得た知見を大いに拡充することができた。
 ティーチング・ポートフォリオとは、各自の授業・学生指導等の教育活動に関する諸情報(目標・実践記録・評価・実績など)と客観データ(エビデンス)を教員自らまとめたものである。具体的にどのような書式や記述項目・客観データ等を利用すべきかの統一的な決まりはなく、様々なものが実践されているが、アメリカの事例ではそれぞれの機関等で大凡の標準的な形が設定されている。ティーチング・ポートフォリオを利用することにより、自らの教育活動を客観的に省察し改善に繋げるとともに、広く他の教員への情報公開と優れた取組みの情報共有とが可能となる。それにより、教育活動の質的向上を実現できる。
 ルーブリックは、わが国でも十数年前より初等教育で利用され始め、現在大学教育現場にも広まりつつある。その要点は、学習・課題提出等の指針を教員が学生に与えるものであり、重要なポイント、評価の項目、期待される到達度、評価の基準等をマトリックス形式で表示する。このような客観的要素を取り入れることで、ティーチング・ポートフォリオを活用するときの重要な実施手段となる。
 例えば論文・レポート提出の場合、マトリックスの左側に「テーマ設定・論述の焦点・構成・資料およびデータの利用・論述方法や文章表現・結論や提言」等の諸項目を掲げ、そして表頭に「評価水準」を多くは四段階に分ける。マトリックス中の各グリッドには、各項目について留意事項・期待内容等の評価規準を評価段階に沿って記述する。このような形式のルーブリックを利用することで、学修の重点項目が明確化し、評価の客観性が確保でき、そして学生評価に関する教員側の時間節約に繋がる。
 ルーブリック利用で何よりも重要な点は、学生自ら何が学習内容で重要な課題であり、どのような到達度が期待されており、各自の改善のために何が必要か分かることである。つまり、学生の主体的・能動的な学修の必須の手段となりうる。
 ティーチング・ポートフォリオとルーブリックの重要性が認識され実践も開始されている現在、さらに広くそれらが普及するためには、ティーチング・ポートフォリオおよびルーブリックの目的・内容、実践方法、効果等について、いっそうの情報提供を行い、利用者各自のニーズに合った方式を開発することで標準化を進める必要が大きいものと考える。