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アルカディア学報

No.478

英国における学生中心の高等教育 学生の経験の質向上の取組

秦 絵里(大学評価・学位授与機構評価事業部国際課長)

 受益者負担の考え方から、「学生中心の高等教育」と掲げて高等教育改革を行う英国の大学において、近年、よく強調されているのが「学生の経験(student experience)」の向上である。これは、質の良い学習経験(learning experience)が得られるような環境を大学が提供し、学生のコンピテンシー(能力)を高めることで、高等教育の価値を社会にアピールしようとするものである。本稿では、「学生中心の高等教育」について、「学生の経験」を取り巻く概念や、英国において一般的に展開されているアプローチについて紹介し、現代の英国の大学と学生の関係について明らかにしてみたい。
質の良い学習経験の提供
 「学生中心の高等教育」とは、大学現場を見る限り、簡単にいえば、①学生の学習経験の向上を意識したティーチング、②学生の期待に応じた支援の在り方を追求することにある。大学は日々、学生の視点からみた教育サービスとは何かを検討し改善に励んでいる。「学習経験」といった場合、教育課程における学習のみを指すのではなく、より広範囲の学習(learning)の質を対象として考えているのが特徴的だ。授業や演習に役立つ学習スキル向上のための支援や、課外活動やコミュニティ活動の経験が学習(学び方)に役立つという考え方が強い。いずれも、学生の経験値を重要視し、経験によって学習能力が高められ、教育課程におけるパフォーマンス向上に資すると学生に訴えている。これは、雇用主が大卒者に対して求めるコンピテンシー(能力)を意識していることも背景としてあるだろう。
 このような概念の下、教育課程に関する学習経験の質においては、日本でも取り上げられているアクティブ・ラーニングを重視しており、学生に主体的な学習を促す取組が行われている。大型教室の講義の中でもグループ学習を採用したり、課題に学生共同プロジェクトを取り入れたりしている。また、どの専攻も科目の教材やクイズ・課題などを、双方向型学習ウェブシステムを活用して行っている。このウェブ上で、学生の予習・復習の場を提供し、学生にとっては、自分の学習を省察(リフレクション)することができ、ポートフォリオを作成するのに役立つ。また、教員にとっては、学生個人の採点管理、授業外の学修時間の設計、学生のログ時間を見ることで学習時間の確認も行える。学生は、授業外のバーチャルな場においても、クラスメートとディスカッションすることが推奨され、この内容を教員はモニタリングすることにより、学生個人の学習進展度の把握にも役立てている。また、教育課程の学習をサポートするため、学習スキル支援ツールの提供も盛んである。一般には、読み・書きなどのアカデミックスキルの向上教材をオンラインで提供するものが多い。
重要視される学生アクティビティ
 教育課程以外の大学経験の推進は、近年、英国の大学が力を入れてきている取組の一つだ。これは主に課外活動やコミュニティ活動の経験を指す。英国の大学では自宅を離れて、大学に入学することが伝統的であることから、学生寮における学生コミュニティでのアクティビティや、大学の所在する地域コミュニティへの貢献(学生ボランティアやアウトリーチ活動)について、大学の学生支援部や学生ユニオンが協働で組織化して、様々なプログラムを展開している。こうして、学生は学問だけではなく、大学コミュニティの一員としての意識も高められ、一市民として成長することも学生の「雇用適正(employability)」を培うことに資すると考えられている。もちろん、雇用適正という観点からだけでなく、教育課程に関連した学びの質向上に役立つとされている。各大学は、鍵となるスキル(コミュニケーション、数学的基礎、IT、学び方(学習)、自己管理等)にかかるポリシーを策定し、学生が自己開発プランを立てられるようツールや制度を大学が提供している。このプランは、一般的にポートフォリオを作成させる制度となっており、卒業時の表彰制度と連動しているものも多い。また、これらの表彰制度には、民間企業にスポンサーになってもらい、学生の雇用適正に対する意識向上をねらう手法がとられている。
大学マネジメントと学生
 学生の視点からみた教育サービス改善のアプローチにおいて、英国では大学マネジメントのあり方として、学生をフルに活用するという考え方がある。本稿でも触れたが、学生の満足度調査をはじめとする調査等により、学生の意見を聞くということである。新しい取組みを検討する上では、必ず、学生をメンバーに含めたフォーカス・グループを学内で形成、または学内アンケートを実施して、“商品開発”を行う手法をとっている。企画の提案根拠が、学生のニーズにも基づいているという点を重視する。
 また、英国の大学マネジメントで特徴的なのが、学生ユニオンの活用である。学生ユニオンは大学から独立した会社組織で、大学からの補助金と自己収入で活動する自治組織である。学生意見を代表する活動のほか、学生の利益に応じた活動や学生福利サービスを提供する。その組織は、フルタイムの学生サバティカルオフィサー数人で運営するもので、通例、オフィサーは卒業後に選挙でオフィサー職に就く。学生ユニオンの職員と連携し運営しており、規模の大きいところでは数百人規模の組織となる。学生ユニオンの活動に従事すること自体が、学生の経験を向上させる活動であると大学も推奨している。また、大学側にとっても、学生ユニオンを大学の重要なパートナーとして位置づけ、学生の意見を取り入れる体制を取っている。例えば、学生オフィサーの会長は大学評議会の正式メンバー、その他のオフィサーは大学の各種全学委員会の正式メンバーとして参画して発言権を持つことがある。さらには、オフィサーの他にコース代表や学部代表が在学生から選出され、各専攻や学部の教員・学生ミーティングに定期的に出席し、教育課程の改善等について大学側と意見交換する仕組みとなっている。全国学生調査後には、学生オフィサーは積極的に分析を行い、改善が必要と思われる学科について、教育担当副学長と意見交換を行うなどの活動も行う。
学生中心の高等教育の課題
 「学生中心の高等教育」において英国の大学が現在重視しているのは、学生のニーズを踏まえ、学生の経験値を高める環境を提供することである。学習成果を出す上で、その学習過程に力点を置いているともいえる。ただし、学生の意見や視点を尊重するのみでは、教育の質を確保していることにはならない。学生の満足度を測る「全国学生調査」も、現在では、教育カリキュラムの継続的改善が行われるほどにインパクトの度合いが増しているが、決して、「学生が求めるもの」が「学生にとって必要なもの」とは限らないという批判も出ている。このバランスを考えて対応することが大学の課題であろう。