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アルカディア学報

No.466

授業改善から悩み相談、メンタリングまで
ファカルティ・ディベロッパーの仕事

客員研究員 土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター長・教授)


 2008年春のFD義務化後、FDが広く普及しはじめている。また、国立教育政策研究所「FDプログラムの構築支援とFDerの能力開発に関する研究」の成果をもとに、2009年9月に日本高等教育開発協会(JAED)が設立された。JAEDは、高等教育開発者同士の連帯を図りつつ、高等教育開発に関する活動を実践することを通して、日本の高等教育機関の教育と学習の質の向上に貢献し、あわせて高等教育開発者としての実践の質を高め、学術研究に裏付けられた専門性を向上させる場となることを目的としている。その後、ファカルティ・ディベロッパー(FDer)という言葉を良く耳にするようになったが、どのような仕事をする専門家なのかまだ一般に良く知られていない。
 アメリカ最大のファカルティ・ディベロッパーの組織であるPOD ネットワーク(The Professional and Organizational Development Network in Higher Education)が1975年に設立された。現在、約1800名の会員をネットワークで支援している。アメリカは、1980年代は「ディベロッパーの時代」と呼ばれ、各種財団支援のもとでファカルティ・ディベロップメントが注目された。1990年代は「学習者の時代」と呼ばれ、学生の学習に焦点が当てられた。2000年代は「ネットワークの時代」と呼ばれ、ネットワークによるコラボレーションが重視されている。PODが発展を遂げたのには理由がある。時代に先駆け、設立当初の1970年代に「ネットワーク」の名称をつけてファカルティ・ディベロッパーの連携を強めた。
 北米では、ファカルティ・ディベロッパーをファカルティ・コンサルタントと呼ぶように、主な仕事はコンサルテーションである。ファカルティ・ディベロッパーは、教員の時もあるが、多くの場合、専門職員である。
 2011年9月、東北大学とカナダのクイーンズ大学との共同プロジェクト「大学教育マネジメント人材養成プログラム」の研修で約一週間クイーンズ大学に滞在したが、そのときファカルティ・ディベロッパーの仕事や役割について、同大学ティーチング&ラーニング・センター長Joy Mighty教授にインタビューした。
 同センターの行う個別コンサルテーションは、教員の授業開発やニーズに対応したものである。ワークショップも教員のニーズを反映したものであるが、これは共通の視点に立つもので、個々の教員に対応したものではない。
 FDといえば、授業評価の良くない教員にコンサルテーションをするものと思われがちであるが、これは正しくない。コンサルテーションは、個々の教員がさらに優れた授業改善を目指すため、そして新しいアイディアを活用するためにある。授業評価の悪い教員のリメディアル的な救済措置ではない。
 ファカルティ・ディベロッパーの仕事は、カリキュラムやシラバスなどのワークショップやセミナーをコーディネートするだけではない。クイーンズ大学では、教員の悩みや不安に関わる相談に多くの時間を費やしている。同センター長によれば、北米では約80%の教員が何らかのストレスや不安(Teaching Anxiety)を抱える。彼女は、年間に約100回を超えるコンサルテーションを行っている。1回のときもあれば、数回、あるいは半年、1年と継続される場合もある。筆者も前任校の弘前大学21世紀教育センターで、FDコンサルティングを行ったが、相談者はわずかであった。日本では、ファカルティ・ディベロッパーに相談することは、授業に欠陥があり、「落ちこぼれ」とのネガティブなイメージに繋がるのかも知れない。
 コンサルテーションで多い相談内容は、ティーチング・ドシエー(ポートフォリオのこと)についてである。なぜなら、ティーチング・ドシエーには教員のティーチング・フィロソフィー(授業哲学)の項目があり、「メンタリング」を必要とするからである。しかも、クイーンズ大学では、ティーチング・ドシエーが義務化されている。「義務化」と聞けば、強制される印象を受けるが、そうではない。ティーチング・ドシエーは、教員の「権利」と位置づけられている。教育は、研究と違って論文の多寡で評価できない。教育評価は、複数の信頼あるデータをもとに客観的に測る必要がある。
 「学生による授業評価」に偏りが見られるとして、反対する具体的な事例を挙げている。例えば、性別に関連して、女性教員は男子学生から低い評価、そして女子学生から高い評価を受けやすいが、男性教員の場合、学生の性別に影響は見られない。クラスサイズに関連しても、小さなクラスの方がわずかではあるが高い評価を受けやすい。コースレベルに関しても、高学年、例えば、大学院コースの方がより高く評価される。分野に関しても、数学、自然科学、そしてエンジニアリングがより否定的に評価されるなどの「偏見」が見られる。「学生による授業評価」は、学部・学科、学年、性別などでも大きく異なるので、表面的な数字だけで判断することは危険である。
 たしかに、「学生による授業評価」は、アカウンタビリティ(説明責任)という点で大学側にとって魅力的かもしれないが、これは数量的なデータであって、教員の教育の質を測定するものではない。多様な尺度の証拠資料(「学生による授業評価」も含め)にもとづき、教員自らが授業実践を「振り返って(省察して)」まとめたティーチング・ドシエーでなければ意味がない。カナダでは、ティーチング・ドシエーに含まれる証拠資料として49項目がある。
 ファカルティ・ディベロッパーとしての資格のようなものはないが、研修と経験を積み重ねて専門家となる。秘密を守り、信頼性があり、相談しやすいオープンマインド(Open-minded)な資質が求められる。コンサルタントは自らの価値観を押しつけてはいけない。相談者に考えさせることが重要である。相談者は、自分に欠陥があると落ち込みがちで、他の教員も同じように悩みを抱えていることを知ることで安心する。
 日本は、初等中等学校の教員が不安や悩みを抱えていることが新聞紙上で紹介されるが、大学教員は大丈夫だろうか。不安や悩みはないのだろうか。アメリカでは大学教員養成プログラムを経て教壇に立つことが多いが、そうでない日本では不安や悩みを抱える教員は少なくないはずである。
 ファカルティ・ディベロッパーの仕事として、個々の教員のコンサルテーションに力を入れることがますます重要になる。なぜなら、カリキュラムやシラバスの改善を行うのも個々の教員であるからである。
 経験の浅いファカルティ・ディベロッパーにどのようにコンサルテーション技術を身につけさせるかが重要な課題である。クイーンズ大学では、具体的なマニュアルを作成し、相談者の許可を得て、シニアコンサルタントと一緒に臨床的なコンサルティングを行っている。