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アルカディア学報

No.460

韓国の教育ハブ構想の現状と課題 松島グローバルの挑戦

太田 浩(一橋大学国際教育センター教授)


 韓国政府は、2006年の着想以来、仁川経済自由区域に産学官連携の研究クラスターを創設すること、並びに東北アジアを代表する教育ハブを構築することを目的として、松島グローバル・ユニバーシティ・キャンパス(SGUC)を造成している。29万5000㎡の敷地を有するこのSGUCには、外国大学の分校が10校程度入居する計画で誘致が進められており、総事業費は1兆1400億ウォン(約762億円)、完成時のキャンパス全体の学生数は1万~1万2000人規模を見込んでいる。また、SGUCには、韓国内の有力大学のキャンパスも誘致しており、すでに延世大学校が国際キャンパスを設置している。松島は国際都市としての開発も国家事業として進められており、「東アジア国際ビジネスの中心」をスローガンに、海外の企業や研究所も誘致されている。このような国際都市とグローバル・キャンパスを造成する背景には、ヒトとカネの流れを変えたいという韓国政府の意図が見えてくる。
 韓国は日本以上に深刻な少子化の影響で、18歳人口が減少しているにもかかわらず、海外留学者数は増加しており、10年には25万人に達している。一方、“Study Korea Project”により、外国人留学生も近年急増しているが、それでも8万3000人(同年)であり、その大きなギャップは、40億ドルともいわれている教育貿易収支の巨額な赤字を生み出している。しかるに、SGUCに外国の著名大学を誘致することにより、韓国国内でも海外留学と同様の経験をすることができ、若者の国外流出を抑制することができるかもしれない。また、東北アジアの教育ハブを目指すSGUCに誘致される大学は、中国、日本、モンゴルなど近隣諸国からも学生をリクルートすることにより、韓国で学ぶ留学生数のさらなる増加につながるであろう。結果として、教育貿易収支の赤字が改善の方向に向かうという構図が描ける。加えて、SGUCに国内の大学と海外の大学がキャンパスを構え、教育研究の連携や協働が図られることにより、韓国の大学の国際化推進とグローバル・スタンダードへの対応が促進されるだけでなく、国際的な研究クラスターの形成により、イノベーションの創出とそれを梃子にした経済発展への寄与が期待されている。つまり、世界的にプレステージの高い大学をSGUCに誘致できるかどうかが、SGUCプロジェクト全体の成功の鍵を握っている。
 このような野心的なSGUCプロジェクトであるが、大学の誘致は現在までのところ、必ずしもうまくいっているとは言えない。当初は、韓国側の誘致にデューク大学、コロンビア大学、ボストン大学、カーネギーメロン大学など米国を中心に一五大学が興味を示したが、その後の交渉は難航した。少子化と高等教育の大衆化で韓国の大学進学率は既に80%を超えていること、世界金融危機による景気の低迷と韓国の不動産景気沈滞で、SGUCの事業主(松島グローバルキャンパス株式会社)が財源不足に陥ったことにより、キャンパスの造成・基盤整備が遅れていたことなどから、覚書にサインをした大学からも計画の保留が示される事態となった。しかし、ここにきてようやく、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校が外国大学としては、初めて分校を設置することになった。昨年末、教育科学技術部(MEST)に設置認可申請書を提出し、来年3月の開校に向けて急ピッチに準備が進んでいる。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校としては、韓国と中国を中心に外国大学に対する教育需要が急速に大きくなっていること、またSGUCのインフラ整備にめどがついたと見て、今回の進出を決めた。SGUCは、これを契機に外国大学誘致に弾みをつけたいところで、ジョージメイソン大学は来年9月、ベルギーのゲント大学とアメリカのユタ大学は13年9月にSGUCに分校を開校するという目標を持って、準備を進めていると発表している。また、ロシアのサンクトペテルブルク大学とモスクワ大学、米国のミズーリ州立大学も仁川経済自由区域庁とSGUC入居に関する覚書を締結したと報道されているが、実現までは予断を許さない。
 外国の大学と同様か、それ以上に国内の大学の誘致も難航している。理由としては、①上述のインフラ整備の遅れだけでなく、②大学も財政難に陥っていること、③上昇する学費に対する学生の抗議行動に端を発し、各大学は政府から構造改革を求められるという不安定な状況にあること、④加えて、5年後から少子化の影響がさらに顕著となり、18歳人口が大きく減少することからSGUCの進出は事業性が低いと判断されるようになってきたことなどが挙げられる。SGUCも大学に対して分校設置あるいは移転のための好条件を示せないでいる。当初、延世大学、仁川大学、仁荷大学、高麗大学、西江大学、韓国外国語大学、弘益大学、カトリック大学などが進出を予定していたが、現在までのところ、延世大学と仁川大学が分校を建設したのみである。
 今後の動向として注目すべき点は、まず誘致された外国の大学が計画通りに、学生を確保できるかである。分校の設置とその開校から五年間は、SGUCから財政的支援が得られるが、その後は学生からの学費に依存した経営となるため、学生数が予定を下回れば、それは撤退につながる。欧米諸国の公的な(州立、国立)大学は、外国に設置した分校に財政的支援ができないため、受け入れ国の補助金がなくなれば、分校は独立採算で運営されなければならない。07年、シンガポールに設置されたニュー・サウス・ウェールズ大学の分校は学生募集の失敗により、1年ももたずに閉校に追い込まれた。中東の湾岸諸国に設置された米国大学の分校の多くが、学生募集の問題を抱えていると言われ、すでにジョージメイソン大学とミシガン州立大学の分校は、閉校あるいは大幅な縮小を余儀なくされた。これらの失敗例から、外国に設置された分校は、あくまで“分校”であり、本校と同レベル、同質の教育を行うというようには見られていない(本校の高い評価と威信は海外にまで移転しない)こと、よって、留学希望者は自国に外国の著名な大学が設置されたとしても、以前と変わらず、海外留学を目指す(外国大学の分校は、留学の代替とはならない)ことが分かる。
 少子化と高等教育の大衆化により、供給過剰の状態にある韓国の高等教育と衰えを知らない高い海外留学熱を考えると、SGUCにおける外国大学分校の学生確保にも困難が予測される。海外分校の設置と誘致は、世界的なブームとなっているが、同時に多くの分校が閉鎖・縮小に追い込まれているのもまた事実である。1980年代に30近くの米国大学分校が日本に設置されたが、2校を除いて閉鎖に追い込まれた際も、安定的な経営に必要な学生が確保できなかったことが原因であった。受け入れ国と外国に進出する大学双方に過剰な期待感と野心があり、それが十分なフィージビリティ調査(事前の実現可能性・採算性の検討)とその冷静な分析を妨げることもあり得る。撤退となった場合、分校を設置した外国の大学より、それを誘致した国のほうが投資の面からも損害が大きいことから、韓国政府は、今一度SGUC構想を見直す時に来ているのかもしれない。