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アルカディア学報

No.451

急変する韓国の高等教育政策 私高研ラウンドテーブルから

研究員 森 利枝(大学評価・学位授与機構准教授)


 変化のスピードが速い、という表現が枕詞として使われるようになった観のある韓国の高等教育政策であるが、私学高等教育研究所ではこの6月、韓国の嶺南大学校教育学部長・教育学研究科長であり、大統領直属の国家科学技術諮問会議の主席専門官でもある金 乗柱先生を囲んで高等教育政策についての最近の状況を聞き取り、議論する機会を持った。今回はその内容にもとづきながら、高等教育機関の第三者評価の現状と、2008年から新たに導入された大学に対する財政補助のスキームについて紹介することとしたい。
第三者評価機関を巡る政策
 07年に改正された韓国高等教育法には、高等教育機関の第三者評価を行う機関として、政府の認可する評価機関を設けることが盛り込まれていた。これを受けて、「高等教育評価院」と呼ばれる第三者評価機関が新たに設立される運びとなっていた。ところが、法改正をみたにもかかわらず、この高等教育評価院の構想は廃されることとなった。政府の関与が大きい高等教育評価院の設立は大学の自律性を大幅に損ないうるという論調が、当の政府内部で大きくなったことがその主要な要因であるとされている。よく言及されるように、高等教育評価院の構想においても、急速な方針の転換の背景には高等教育法改正後に大統領が交代したことの影響が指摘できるだろう。
 このように、政府主導の評価機関の新設という方針は見送られたが、政府により認定された評価機関による高等教育機関の第三者評価という考え方そのものは形を変えて実現されることになった。経緯は次のようなものである。前述した07年の高等教育法の改正においては、高等教育機関には自己評価を行うことが義務づけられており、この方針は大学の自律性を保証する質保証の方策として堅持されることになった。この法改正に則って08年には自己評価のための細則である「高等教育機関の自体評価に関する規則」が定められた。政府により認証された評価機関、という考え方が再度登場するのはこのあとである。自己評価が義務化されたとはいっても、充分に客観的な自己評価を行うノウハウが必ずしも各高等教育機関に蓄積されているわけではなく、また統一的な基準の不在のために、個々の自己評価結果に解釈の幅が出てしまうという実情にも鑑み、政府(教育科学技術部・わが国の文部科学省に相当)の指定を受けた評価機関による評価を受けることによって、自己評価に代えることも可能とされたのである。このときの評価の対象となる情報は、高等教育法改正以前の07年から義務化されている、55項目からなる大学情報公示の内容である(この情報公示に関しては馬越徹先生の、私学高等教育研究所シリーズ37『諸外国における第三者評価の動向(米国・韓国)』の報告に詳しい)。また、第三者評価の結果が政府からの予算配分の根拠になりうるという定めがあるため、今後もほとんどの高等教育機関が第三者評価を受けることになることが見込まれる。
 このような背景があって、09年のはじめに、大統領令「高等教育機関の評価・認証等に関する規定」が制定され、6月には指定の基準も公表された。この基準は大きく分けて三つの領域からなっており、指定を申請した機関は「評価・認証のインフラ(150点)」、「評価・認証の基準および方法(200点)」、「実績および活用(50点)」のそれぞれの観点で審査され、総合点で280点以上、各領域別の得点が40%以上となれば指定を受けることができるとされている。ただし、例えば「実績および活用(50点)」という領域は、仮に得点が40%の20点に満たなくても、他の要件が満たされていれば指定を受けることができるとされている。これは過去の実績のない新設の評価機関を必ずしも排除しないという姿勢の表れであるとも考えられるが、しかし実際にこれまで指定を受けているのは、第三者評価に実績のある韓国大学教育協議会付属の大学評価院と、韓国専門大学協議会付属の職業教育評価院の2団体であり、このほかに既設の分野別の評価機関6団体が指定のための申請を行っていて、現在その可否を判断する審査が進行している。
教育力量強化事業
 もう一つの論点は、政府から高等教育機関への新たな財政支援のスキームである。08年に新たに導入された「教育力量強化事業」においては、BK21などこれまで研究中心であった政府から大学への財政支援とは視点を変えて、大学の教育力に着目した財政支援を行おうとしているところに特色がある。この事業はまた、韓国の高等教育行政において初めて、大学の申請に基づいた競争的な資金配分ではなく、大学の状態を示す指標(就業率、在学生充員率、専任教員確保率、奨学金支給率、学生一人あたりの教育費)に基づいて算出した数値に基づき、財政支援額を決定するというフォーミュラ・ファンディングとして導入されたという点に最大の特徴がある。この事業の開発に当たっては、数か国の類似の事例が研究され、わが国の運営費交付金や私学助成の制度も分析の対象となっている。
 この韓国の新たな制度である教育力量強化事業と、わが国の運営費交付金や私学助成との大きな違いは、わが国の制度が原則としてほぼすべての高等教育機関を対象にしようとしているのに対して、韓国の制度ははじめから、国公私立大学全体の40%に補助を行うことを前提としてフォーミュラの開発が行われている点にある。また支援額も個別大学の経常費の2%程度と現在のところ大きな額ではない。これは一つには事業自体の予算の限界によるものであるが、同時に韓国においても少子化が進行し、また90年代半ば以降に大学数が増加したことから、すでに03年に高等教育機関の定員が高等学校卒業者数を上回っており、すべての大学に非競争的な資金援助を行うことの効率性には疑問の声があったことも指摘できる。教育力を向上することだけでなく、大学の「研究力」による序列化や都市部と地方の大学間の財政上の格差を緩和することが目されているこの教育力量強化事業ではあるが、予算規模の面から言っても対象となる校数の面から言っても、地方私立大学を中心とした高等教育機関の統廃合の議論に歯止めをかけるほどの影響力は今のところ見込めない。 
 翻って韓国の国会では、現在、私立高等教育機関が統廃合の結果消滅したときの残余金の扱いに関する定めを改めて、構造改革の推進力としようという動きが出ている。すなわち、現行の制度では廃止された私立大学の残余金は全額国庫に納められることになっているが、これを改めて、残余金の一部を学校法人ないし理事長個人に留保することを可能にし、統廃合のインセンティブとしようという議論が進んでいるという。いまは立法前の議論の段階であるが、制度改正が起きた場合、この方法がどれほど有効であるかは興味深い。
 新たな第三者評価にしても、フォーミュラ・ファンディングにしても、また統廃合へのインセンティブにしても、これら新たな制度は導入されつつあるところである。冒頭述べたように韓国の高等教育行政は急速に変化しており、その変化の示唆するところは大きい。