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アルカディア学報

No.443

世界を変える人材をどう育てるか大学の文化的観点から (下)

飯吉 透(MIT教育イノベーション・テクノロジー局シニア・ストラテジスト)


 前回は、「起業家精神やチャレンジャー精神溢れる大学生や大学院生を生み出す源」に関して文化的観点から考察を行ったが、今回はMITの事例を中心とし、制度やカリキュラムなどの観点から取り上げたい。
学部生にも本格的な研究の機会を提供
 「MITには、大学院生だけでなく学部生も『ジュニア・リサーチャー』として研究コミュニティーに受け入れる文化がある」という話を前回したが、それを制度的にも支えているのが、Undergraduate Research Opportunities Program(UROP)と呼ばれるプログラムだ。UROPは、この種のプログラムとしては全米の大学の中でも先駆けとして、1969年に当時の学部教育部長であった物理学教授マーガレット・マクビカーによって創設された。“Learning by doing”をモットーとした本プログラムは、学部生に「最先端の研究に従事させる機会」を提供することを目的とし、Office of Undergraduate Advising and Academic Programに四名からなる専任チームを常駐させ、さらに各学部や研究所に専属のコーディネーターを配している。
 UROPに参加を希望する学生は、自分のアカデミック・アドバイザー(教員)やUROPのスタッフと相談し、既存の研究プロジェクトに参加したり、独自の研究プロジェクトを立ち上げることができる。実際の研究プロジェクトに関わることを通じて、学生は研究の企画、研究計画書の作成、研究の実施、データ分析、研究成果の口頭、レポートや論文による発表など、研究活動の全ての段階を体験する。学生はUROPを通じて単位を取得することができ、さらにアカデミック・アドバイザーやUROPの資金から、研究活動への貢献に対する報償を受けることも可能だ。
 UROPを長年に渡って成功させてきた最も重要な要因の一つに、学生自身とアカデミック・アドバイザー双方によるUROP体験の評価レポートの提出が義務づけられている、ということが挙げられるだろう。このような「振り返り(reflection)」のプロセスを経ることで、学部生の時から自分を「ジュニア・リサーチャー」として自己評価し、さらに「研究コミュニティーにおける先輩」として自分のアカデミック・アドバイザーからも客観的に評価してもらうことで、「自立できる研究者」としての成長が促進させられる。またUROPを通して、学生が教員や他の研究者との親交を深め、自分の興味のある専攻・研究分野をより深く探究することができるようになるのも、このようなプログラムの大きなメリットだ。このような制度に支えられることで、「MITという研究コミュニティーに、学部生をジュニア・リサーチャーとして受け入れる」という文化は健やかにかつ逞しく育まれてきた、と言える。
アイデアやニーズをベンチャー起業に結びつけさせる仕組み
  MITでは、このように学部の時から一人ひとりの学生に一流の研究者としての素養を身につけさせるのと同時に、起業家精神やチャレンジャー精神を発揚させるための様々な工夫や試みが盛んに行われている。
 例えば、Microsoftの研究部門であるMicrosoft ResearchからMITに約20億円が助成されたiCampusは、テクノロジー利用による教育と研究のイノベーションを支援する大型プロジェクトだが、その助成金の一部は、iCampus Technology Innovation Student Prizeというプログラムに使われている。MITの教育テクノロジー評議会と教育イノベーション・テクノロジー局によって共催されている本プログラムは、MITの学生によるテクノロジーの教育利用アイデアコンテストだ。学生は、グループもしくは個人で、イノベーティブな教育的ツールやシステムを提案し、プロトタイプを開発して、コンテストに応募する。毎年、第一次予選を通過した5グループ・個人に賞金1000ドル(約8万円)が、また最優秀賞には賞金1万ドル(約80万円)が贈られる。
 今年の入賞作品を見てみると、例えば「教員と学生の間で、講義ノートやそれに対するコメントやフィードバックを共有するためのオンラインツール」や「自分の学業に役に立つ学内のスタディー・グループを見つけて参加するためのシステム」、さらには「他の学生からのアドバイスを仰ぐことで、効率的な講義履修スケジュールづくりを支援するプランナーツール」など、学生生活における実際的なニーズを踏まえ、「こんな教育支援システムやツールがあったら便利」というアイデアに溢れている。私も選考過程で、学生たちのプレゼンテーションやポスターセッションなどに立ち会ったが、皆自分が何故このようなツールやシステムを開発しようと思ったかという背景と動機や開発に際しての苦労や問題点の説明、プロトタイプのデモ、実用化に向けての今後のプランの発表などを通して、まるで若きIT起業家がベンチャー投資家に、自分の起業プランを売り込んでいる時のような激しい情熱や気迫が、それぞれの学生から感じられた。また、私や他の審査員などからの様々な質問に対しても、説得的にしっかりとした応答をしていたことも印象的だった。
 学生のこのような高度なプレゼンテーション能力・コミュニケーション能力の育成は、MITが大学を挙げてカリキュラムの一貫として、過去十年来取り組んできたものだ。Undergraduate Communication Requirementと呼ばれるこの課程プログラムは、Communication-Intensive(CI)と呼ばれる学生のコミュニケーション能力を高めることを意図してデザインされた講義を、一般共通課程と専修課程の双方において計四つ履修することを義務づけている。特に専修課程では、「その専門分野特有のアカデミックな文化」を踏まえた効果的な研究成果の発表について、口頭発表やレポート・学術論文などの作成、査読の方法に至るまで、徹底的な指導を行っている。各学部・学科の教員たちも、このCIの授業を如何に効果的に設計し教えるかに注力し改善の努力を惜しまない。例えば、常勤・非常勤合わせて60人以上の教員を擁する数学科では、専修課程におけるCIの講義を教えるための教材やノウハウを共有するために、教育イノベーション・テクノロジー局の協力を得て、オンライン上のナレッジ・ベースとコラボレーション・ツールを自分たちで開発し運用しているほどだ。
 もちろん、このような全学・全部局・全教員を挙げての誠実な努力は、プレゼンテーション能力・コミュニケーション能力の育成に限らず、学生の様々な能力開発にも向けられている。
 グローバルな視野と問題意識を持ったリーダーの育成
 さらにMITでは、グローバルな視点や経験を多くの学部生に持ってもらうために、Global Educationと呼ばれる全学的な取り組みを推進している。Global Education Officeが統括するいくつかのプログラムでは、留学はもちろんのこと、恵まれない人々に対する学生による社会貢献、海外でのインターンシップ、国際的な研究開発プロジェクトへの参加などを促進するための様々な支援制度やサービスが用意されている。世界が直面する課題を解決するために、学生のアイデアと研究開発を援助する資金提供者を結びつけるIDEAS CompetitionやMIT Global Challengeなどの試みも盛んだ。
 また、学生生活課では、Student Leader Awardsという報償制度を設け、いくつもの活動領域においてMITの教育・研究コミュニティーに貢献した学生を、毎年十数名程度、自薦・他薦により選考し表彰している。このような学生の組織的・意識的なリーダーシップ育成のための精力的な取り組みも、「世界を変える人材づくり」の処方箋に重要なのは言うまでもない。
 21世紀の世界に通用する優秀な人材を育成していくためには、理念やスローガンだけでなく、人づくりのためのビジョンと包括的な戦略が不可欠だ。MITという一大学における取り組みからだけでも、日本の多くの大学が学べるものは少なくないはずだ。