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アルカディア学報

No.438

協働文化の醸成を 中長期経営計画の実質化

研究員 坂本孝徳 (広島工業大学 常務理事・副総長)


 中長期経営計画は、周知のように経営と教学に関する戦略的経営を行う事を目的に通常理事会などにおいて策定されている。それは、激動する競争的な経営環境の中で理事会が中長期的視野に立ち明確な経営方針としての目標や課題を提示し、大学の経営と教学に関わる改善・改革を推進するためのものである。その中長期経営計画により、大学の目指す方向を構成員に明確に提示できること、限られた経営資源のなかで選択的・集中的な投資が行えること、具体的な年次計画により目標や課題の達成に向けた運営が実施できること、経営と教学の各部署の連携協力の強化や教員と職員の協働の促進が図られることなどが挙げられる。
 そのような中長期経営計画は、一昨年度の時点で概ね7割の大学で策定されているが、構成員に理解はされているものの所属の部署において具体的な年間計画に具体化されるには至っていない傾向にあり、その評価が行われているのは半数程度の大学にとどまっている(詳細については、『財務、職員調査から見た私大経営改革』私学高等教育研究所叢書2、平成22年を参照ください)。
 それらを踏まえ、大学事務局において中長期経営計画の実質的な推進を行うための課題として指摘できる中長期経営計画の具体化、PDCAマネジメントの実施、目標管理のための人事考課等の実施について、考えてみたい。
(1)中長期経営計画の具体化
 厳しい経営環境下の大学は、経営の諸条件としての4Mである人・物・財―金・運営―マネジメントが必要に応じて確保できれば理想的であるが、実態としては人・物・財についての経営資源に一定の制限枠が生ずる場合が多い。その意味においては、経営資源についての削減と重点的な配分が不可欠となる。つまり、中長期経営計画は限られた資源を有効活用するために重点的に投下するための指針でもあり、総合的、中長期的な諸施策なしに、法人・大学経営の強化とその成果の達成は望めないと言っても過言ではない。
 中長期経営計画は、五年前後又10年を期間として策定されている法人・大学が多く、その内容は財政計画、施設設備計画、組織・人員計画、学生募集、教育改革、など多岐にわたっている。そのように中長期的な視点に基づき策定される経営計画は、大学の構成員である教職員が共有化し、それに基づき当該年度の運営計画を立案・実施・評価・改善するための基本方針であるとともに、教育職員の教育研究活動、事務職員の運営活動などの到達目標となるものである。事務局の各部署においては、中長期経営計画に基づき立案される当該部署の中長期的な視点からの運営計画とその計画を達成させるための各年度における年間運営計画を策定することが求められる。
 だが、中長期経営計画自体において、重点課題や目標が策定されているものの、計画最終年度の具体的到達目標やその指標となるべき数値目標が提示されていない場合が多くみられ、計画対象期間内を年次毎に具体的化した工程までを策定している例は多くはない。その意味において、財政計画や施設設備計画等については、具体的到達目標や数値目標の設定が比較的容易と思われるが、中長期経営計画全体の具体化する意味での「見える化」が必要となると考えられる。
(2)PDCAマネジメントの実施
 中長期経営計画に基づいた運営計画を実効性あるものとして、実施し、その推進を図るためには、PDCAのマネジメント・サイクルの確立を積極的におこなうことが不可欠となる。つまり、各部署での年間運営計画の立案に当たっては、前年度の年間運営計画の評価・課題を踏まえた上で、当該年度における運営計画を立案することであり、その際、特に重視すべき事は、前年度の運営成果との連続性である。とかくペーパー・ワークに陥りがちになる当該部署の年間運営計画の策定作業がマネジメント・サイクルの一環として、前年度の年間運営計画の評価・課題を踏まえて、当該年度の年間運営計画を策定することが出来るのである。その意味から、年間運営計画において毎年同様な計画が策定される部署のチェックも不可欠となる。
 また、工程管理ということからも年間に限定せず、当該年間運営計画の内容に即して、管理職が中間評価、四半期評価、月間評価などを適宜実施し、その評価結果に基づき必要に応じ計画を修正することにより、実効性の高い年間運営計画のマネジメントを実施することも望まれる。
 併せて、PDCAのマネジメント・サイクルは、中長期経営計画、各部署において立案されている運営計画、そして事務職員が自らの業務を遂行するための年間目標の全てに導入され、活用されるべきものである。上位にある中長期経営計画と下位の(年間)運営計画を比較すると、抽象的・総合的な計画からより具体的・個別的な計画となるのである。
 さらに、各部署の年間運営計画を十分に理解した上で、それに基づき立てられた個人の年間目標を達成することを目指して日々の業務に取り組むことによって、各部署の年間運営計画が達成されるのである。そのためには、事務職員個人の年間目標の設定が重要となり、部署の運営計画を元に、取り組む課題を明らかにし、優先順位をつけ、重点目標を決定することが求められる。それは、具体的に「何を」「いつまでに」「とのような方法で」「どこまで行うか」を決定することである。個人の年間目標は、業務の達成目標のみならず、事務職員としての力量の向上を目指すもの、継続的な職能成長を図るためのもの、事務職員の職務遂行に管理職が支援を行うためのもの、となることが望まれる。
(3)目標管理のための人事考課等の実施
 年間運営計画をより効果的に実施するために、目標管理型の人事考課を行う場合においては、部署毎に明確な年間運営計画を策定するとともに、運営方針や運営目標を明示することが求められる。それらに即し当該各部署の事務職員は当該年度に達成すべき自己の目標を設定することになる。しかし、各部署の年間運営計画に対する事務職員の共感と合意が得られなければ、事務職員の主体的な目標設定は形骸化し、当然の結果として予定された成果が得られないだけでなく、モチベーションの向上は図られなくなる。
 また、事務職員の年度当初に目標設定した年間目標に基づく目標確認のための面談、年度末または期中おける目標達成度の自己申告書に基づく達成度確認のための面談、評価結果に基づく自己改善への指導助言のための面談や当該年度中の事務職員の目標達成に向けての過程における指導助言などに関しては、目標管理型の人事考課の一環である。このため、管理職などにおいては、専門性に基づく指導助言能力が要求されることから、当該業務に関する専門的力量を具備しておくことが肝要となる。
 このような目標管理とOJTを実施するにあたり、構成員の共通理解を深めるための前提として、大学は改善のための協働文化の醸成に向けた努力が不可欠となる。協働文化を醸成するためにはビジョンを共有し、目標を達成するために専門性と責任性を保持した同僚性のある構成員としての事務職員が相互に支援を行うべきである。各部署の構成員である事務職員に対してビジョンや目標の共有化と浸透を図りつつ、相互信頼をもとに共通理解を深める関係を作り出すことが望まれる。