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アルカディア学報

No.435

私学の学士課程教育と就業力
第46回公開研究会に参加して

大森 不二雄(首都大学東京 大学教育センター教授)


はじめに:10周年を記念して初の関西開催
 2000年4月に創設された私学高等教育研究所は、2010年に10周年を迎えたのを機に、初めて東京を離れ、大阪で第四六回公開研究会(11月8日)を開催した。「私学における学士課程教育の組織的展開と就業力の向上」という、タイムリーかつ普遍的重要性を持ったテーマの下に、教学経営の実践、大卒就職の実態分析、学士課程の改革状況調査、それぞれの視点から、三名の講師による講演及び質疑・討論が行われた。
金沢工業大学の先進事例:学習成果に基づく学士課程のシステム的統合
 最初の講演は、石川憲一金沢工業大学長により、「学士課程教育の改革について~金沢工業大学の実践~」と題して行われた。「教育付加価値日本一」を目指す同大学の取組は、全国の大学関係者に広く知られるのみならず、卒業生の就職実績が示す企業等の高い評価にも繋がっている。同大学の学習成果は、「学力×人間力=総合力」に集約されている。同大学の凄みは、それを実現するために様々な方策がロジカルに組み合わされ、教育システムとして統合されていること、そして、それらの諸方策を妥協なく実施していることである。教育の営み全体が学生の学習成果に向けて組織化されているのである。
 学習成果に基づく教育といっても、学生自身が日常的に意識しなければ、思うような成果は上がらない。1年次の必修科目である「修学基礎」科目において全科目の学習や学生生活全般について計画を立て、「修学ポートフォリオ」によって毎週振り返りを行う。「修学アドバイザー」(クラス担任)がこれにコメントを返す。このプロセスを通じて、社会人として必要になる自己管理能力、文章表現力、キャリアデザイン、継続的学習意欲等が身に付く仕掛けになっている。教員は、全ての科目について、1週以上の「総合力Learning型授業」と呼ぶ参加型・活動型の授業(プレゼン、討議、演習、交流、調査等)を取り入れることとされている。1、2年次必修の「プロジェクトデザイン」教育においては、チームごとに、問題領域の明確化、情報の収集と分析、解決案の設計、報告書の作成、成果の発表、というPBLにフルに取り組む。教員はオフィスアワーミーティングでチームごとに指導・助言を毎週行う。
 当然、教員の負担は軽くない。教員採用面接では、学長自ら、候補者に対し、教育50%、研究30%、貢献20%、という同大学の教員に求められるエフォート配分を説明し、納得してもらえるかどうか問うという。
 2010年3月卒業生(学部)の就職内定率が95.4%、大学院修了者(修士)は100%という就職実績は、以上のような教育の成果であるという。就職指導・キャリア支援は、大学教育の一環と位置付けられている。3年次になって慌てて進路を考えるのではなく、1年次から人間力を意識したキャリアデザインを描く機会が、「修学基礎」科目におけるキャリアポートフォリオ作成を通じて、全学生に提供されている。
 大学教育を通じた就業力の育成について全国的な取組が展開された英国における知見によれば、良き学習と就業力は繋がっているとされるが、金沢工業大学の取組と成果は、まさにそうした繋がりを表すものと言えよう。また、同じく英国の知見である就業力の育成を課程全体の課題として捉える視点の重要性も、同大学の取組において裏付けられている。
大卒就職とキャリア支援の実相:大学と学生の二重の階層化?
 二つ目の講演は、「大卒就職の変化と就業力形成支援」と題して、小杉礼子労働政策研究・研修機構統括研究員がデータに基づく実態分析を行うものであった。小杉氏が示した膨大なデータはそれぞれに興味深いものであったが、この紙面では焦点を絞った紹介とコメントにとどめる。
 設置形態と入学難易度別に、卒業者に占める未就職者の割合(未就職率)を見ると、国公立大学と銘柄私立大学(偏差値57以上)に比し、中堅以下(偏差値56以下)の私立大学の未就職率が高いのみならず、2005年と2010年の2時点間においてその格差が拡大していることが目を引いた。選抜性の高い大学、首都圏・中部東海地域の大学において、内定を獲得しやすい傾向も示されるなど、就職実績における大学間の階層化を裏付けるデータと言える。
 学生個々人に着目すると、大学の成績での優の割合、アルバイトやインターンシップの経験が内定獲得にプラスの影響を示す一方、クラブ・サークル活動、友達や恋人との付き合いは就職活動停止に陥りにくい効果を示している。一見意外なデータとしては、大学進学時に卒業後の仕事のことを考えて大学・学部を選んだ者の間で内定率が高いわけではなく、逆に、目的を考えずにとりあえず大学に進学した者の間で内定率が高いという結果が示された。内定・未内定を分ける要因は単純ではないようにも見える。一方で、内定が集中する学生と何十社もの企業に採用を回避される学生が存在し、コミュニケーション能力等の言説でそうした格差が正当化されている現実がある。
私学における学士課程の改革状況:裏付けられた分野別の温度差
 最後の講演は、葛城浩一香川大学大学教育開発センター准教授によって、「学士課程教育の改革状況と現状認識」と題し、全国の中堅以下の私立大学の学科長を対象に行われた調査の結果が報告された。
 学士課程教育の構築という改革課題は、学習目標を設定し、それに基づくカリキュラムを設計し、学習成果を評価する、という教育システムの総体として捉えられるが、そうした改革への取組は、総じて、工学系・保健系等で進んでいる一方、人文系・社会系・教育系等においては遅れも見られる、という調査結果が示された。大学において教育マネジメント等に関与している者なら、なんとなく共有している認識を概ね裏付ける結果と言えよう。
 葛城氏は、特定の専門職の養成課程に比べ、それ以外の専門分野では、知識理解・能力の具体的要求水準が不明確で、社会に対する質保証の責任も負いにくい、との解釈を示している。しかし、保健系と異なり、工学系は、社会系と同様、幅広い就職の間口を持ち、特定の専門職養成とは言えない。専門職養成か否かという点以外においても、学問分野ごとの文化の違いがあり、これは海外における研究でも類似の傾向が示されている。
おわりに:今後の展望は見えたか
 学士課程教育の構築と就業力の育成の両課題は、グローバル化する知識社会の中で教育の雇用・経済に対するレリバンスの確保と学生に対する教授・学習の改善が求められるという点で軌を一にしている。いずれも、今日の大学のマネジメント及び高等教育のガバナンスの在り方に対して、安易な解答を許さない難題を突き付けている。本研究会は、このような重要テーマについて、今後の展望を指し示そうとする試みの一つであったと言えよう。