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アルカディア学報

No.426

課題共有が学生獲得のカギ
私高研・財務運営調査の分析から

両角 亜希子(東京大学大学院教育学研究科専任講師)


 私立大学の経営にとって、学生獲得戦略は改めて言うまでもなく最も重要な課題である。日本私立学校振興・共済事業団の「私立大学・短期大学等入学志願動向(2010年度版)」によると、入学定員充足率が100%未満の大学は38.1%で、規模が小さいほど、また地方に立地するほど、厳しい状況にあると分析されている。こうした中、多くの大学ではより戦略的に経営を行うことで、魅力ある教育を行い、学生獲得につなげようと努力している。各大学の経営努力はどのように学生確保につながっているのか。09年5~7月にかけて筆者らが日本私立大学協会加盟校に対して行った「私立大学の財務運営に関する実態調査」から探ってみた。
 その結果、規模や立地の条件を統制したうえでも、学内で課題を共有していることが学生獲得によい影響を与えていることがわかった。下図を見ると、どの大学類型においても、課題を共有している大学の方が定員充足状況がよいこと、また地方・中小規模大学や都市・中小規模大学でとくに課題共有の有無によって定員充足状況が大きく異なることがわかる。その大学が置かれた状況、目指す課題やそのためになすべきことを学内の教職員が共有することが効果的だということであるし、規模の小さい大学ほどその効果がいち早く出やすいことをこの結果は示している。詳しいデータは示さないが、トップのリーダーシップは定員充足状況に少なくとも直接的な影響は見られなかった。つまり、大学は教育研究活動を行う組織であり、単純に理事長や学長のリーダーシップを強化することが必ずしも経営改善に直結するわけではなく、専門性をもった教員の知識や能力をいい形で共鳴するように行動してもらうことが重要なのである。また、学内の課題を共有するうえで、具体的な数値目標(例えば、入学定員充足率の現在の数値と目標値)を示すことも効果があることも分析から明らかになっている。その大学にあった具体的でわかりやすい目標を掲げる上で、経営陣を補佐するスタッフの分析能力は重要だ。
 また、近年、多くの大学で中長期計画を策定するようになってきた。我々の調査によると55%の大学が策定しており、このうちの約6割は06年以降と最近になって、策定を始めたことが明らかになった。こうした中長期計画の重要性を主張し、05年ごろから日本私立大学協会が研修を行い、良い経験や知恵を共有してきたことや、日本私立学校振興・共済事業団が自主的な経営改善を支援するために、各大学の中期の経営改善計画を審査して採択校を決定する未来経営戦略推進経費(以前は定員割れ改善推進特別支援経費)が07年から開始したことなど、私学団体の努力が策定率の上昇に一役買っていると考えられる。では、中長期計画を策定することは学生獲得にどのようにつながっているのか。残念ながら、中長期計画をただ策定するだけで、定員充足状況が良いという関係は見られない。多くの大学で中長期計画が作られているが、学内を巻き込んで1年近くかけてじっくりと策定する大学もあれば、外部のコンサルティング会社に策定を依頼する大学などさまざまである。内容も中長期のビジョンを定めたものもあれば、具体的な年次行動計画まで書かれているものもあり、その実態が多様で、中長期計画を策定しているかどうかだけで違いがみられないのは当然のことかもしれない。では、中長期計画を策定することはどのような効果があるのか。いろいろ探ったところ、学内での課題共有度や教職員のコスト意識の醸成にプラスの影響を与えていることがわかった。つまり、中長期計画によって大学の現状と課題がわかりやすい形で示されることが、学内の教職員の意識を同じ方向にむけさせ、それによって学生獲得にもよい効果が表れるのである。教職員は現場で経営者が気づいていないその大学の良さや問題点を感じていることが多い一方で、一部しか見えておらずその大学の全体像を実はよく知らないという両面があり、こうした情報の橋渡しが重要なのである。たしかに教員が授業を行う場合にも、その大学の学生の特質や望むもの、カリキュラムの特徴とその科目の位置づけを把握した上で行えば、そうではない場合よりも教育効果は高くなるだろう。また高校訪問で「教員に参加してもらうと、大学の現状や高校が求める情報を把握しておらず、かえってイメージダウンになるのでご遠慮いただいている」という話を大学の経営者から聞くことがあるが、課題を共有していけばこうしたケースも減っていくのではないだろうか。
 このように、優秀な経営者にとってはすでに常識的なことであろうが、中長期計画の最も重要な機能は学内の課題認識の共有化であり、これを自覚して活用することが経営改善につなげるヒントになるかもしれない。誤解のないように付け加えれば、課題共有の重要性を強調することで、リーダーシップが全く無意味であると言いたいわけではない。強い権限を持って命令するようなリーダーシップではなく、水平的な教員集団組織であるからこそ、いち早く大学の実態を分析し、危機に気づき、学内に問いかけ、構成員の意識や行動変化を促していく形でのリーダーシップは重要である。学生確保に苦しむ大学では、人件費削減などはトップの強い決意と権限を持って行わざるを得ない面もあるが、それだけでは収入増加にはつながらず、ますます厳しい状況に陥っていきかねない。リーダーシップと教職員参加の望ましいバランスを模索しつつ、経営を行うことが不可欠であろう。
 これまでも事例研究から、戦略的な経営が学生確保や収支の改善にプラスの影響を与えている可能性が示唆されてきたが、アンケート調査の分析から実証的に明らかにすることができた。ご多忙の中、アンケートにご協力いただいた大学関係者の皆様にあらためて感謝申し上げるとともに、ここで明らかになった知見が少しでも各大学の発展に役立つのであれば幸いである。
 より詳しい分析結果は、『財務、職員調査から見た私大経営改革』(私学高等教育研究叢書2、2010年10月)所収の「私立大学における戦略的経営―財務調査からみる現状と課題(両角亜希子)」を参照されたい。