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アルカディア学報

No.391

IRの実施主体と内容をどう考えるか 国内私大調査からの示唆

研究員 沖 清豪(早稲田大学文学学術院教授)

 教育機能の改善や経営改善、そしてなにより認証評価への対応という点から、大学においてIR(インスティテューショナル・リサーチ、機関研究)やその実施組織が必要であるとの認識は、一般的なものとなってきている。特に近年、国内外の実践・事例紹介が蓄積される中で、その実施主体(誰が、どこで)と実施内容(何を)をどのように設定するのかが、個別大学の政策立案において焦点になっているようである。
 実施主体については、IRを実施する組織の設置とその専従者配置の必要性、あるいはIR担当者の専門職化の必要性が唱えられている。しかし、多くの私立大学においては、米国の多くの大学のようにIR室を設置することも、IR専従の教職員を新たに採用することも、容易ではないというのが現状であろう。
 一方、実施内容については、九州大学、愛媛大学、立命館大学などの先進事例によって認識が深まってきている。こうした事例は多くの大学にとって参考になるものであるが、他の大学でこうした成功事例を同様な主体、内容で実施できるかどうかについては、規模、費用、学内の意識を含めて課題が少なくないものと思われる。特に「情報の収集」とそれに基づく「立案」の機能については、米国における実践事例でも多様であり、日本の現状においてもいくつかの特徴が見られる。
 本稿では、08年に実施した私立大学の実態に関する調査(国内調査)のデータに基づいて日本国内の現状について確認しつつ、さらに米国での実態調査のデータを参照しながら、日本型IRのあり方について考えてみたい。
 なお、本稿で言及する国内調査は私立大学におけるIRの現状を把握するために早稲田大学教育総合研究所の共同研究の一部として実施されたものである。08年10月から11月にかけてアンケート票を発送・回収し、170大学から回答を得た(有効回収率28.8%)。
 実施主体と機能
 国内調査によると、08年秋の時点でIRの機能を有する組織(以下IR室と総称)を設置している大学は14.1%に留まり、設置を予定している大学を合わせても23.7%と4分の1に留まっている。
 組織の構成では専任教員を置いていないという回答が半数に達し、専任職員の数も3名以下という回答が45.0%となっている。現状ではIR室は小規模である場合が多い。その機能としては、「各部局へのデータ提供」について貢献しているとの評価は七割以上になっている一方で、「データの分析」については貢献しているとの評価は50.0%、「データの分析に基づく改革案の提示」については45.4%である。またIR室に「改革案の提示」の機能が与えられていないとの回答は22.7%であり、IR室を設置している大学では「改革案の提示」までが意識されている場合が多いことが窺われる。
 しかし、IR室を設置したとして、データの収集・分析・改革案立案といった総合的な活動をすべてに渡りIR室が担うことは、現実的に可能なのであろうか。
 実施主体の分散
 そこで米国の調査事例でIR室への機能の集中について考えてみたい。IR研究の先達であるボルクバイン(Volkwein)教授らによって90年に報告された調査結果によると、米国のIRの活動はその機能によって、IR室単独(ないしIR室が中核)で実施されている場合と、IR室単独ではなく関係諸機関との連携で実施されている場合とが存在する。
 例えば中退率をめぐる「リテンション研究」についてみると、93%のIR室が関与しているが、そのうち27%ではIR室だけでなく他の機関との共同によって研究が進められている。また、新入生に関するデータの「報告」と「研究」についてみると、「報告」については86%のIR室で実施され、うち52%がIR室単独で実施されているのに対して、「研究」は82%で実施されつつも、IR室単独での実施は27%に留まっている。
 つまり、「データの提供」、「分析」まではIR室の機能であるとしても、それに基づく「研究」やその先で求められる「改革案の提示(プランニング)」については、必ずしもIR室単独で実施されているとは限らないのである。この点は入学という入口だけでなく、学業成績の研究(69%のIR室が実施しているが、単独実施は37%)や卒業生の研究(60%のIR室が実施し、単独実施は29%)でも同様である。
 実施内容の類型化
 さらに、IRとして実施されている活動を項目の傾向別に整理してみたい。
 国内調査によれば、大学がIRとして想定している活動内容は、ほぼ四種類に類型化される。第一類型は学生への教育活動・支援とその成果の検証に関するものであり、教育効果の測定やキャリア開発の検証、FDの検証などが含まれ、その多くで実施することの重要性が意識されている。
 第二類型は認証評価と自己点検・評価に関するものであり、ほとんどの大学で何らかの形で組織化され、実施されているものである。
 第三類型は中長期計画の策定に関するものであり、事務部局主導で進められる活動が含まれる。
 最後の第四類型は学外を意識した調査データの収集とその検証を意識した活動に関するものであり、統計レポートの作成など、日本国内ではあまり実施されていない項目が含まれる。特に歴史の浅い大学や学生数でみて小規模大学では、第四類型に含まれる項目の実施について、担当箇所が存在しないとの回答が多くなっている。
 今後考慮すべき課題
 最後に、日本国内でIR活動を進めていく中で、今後新たな論点になると思われる項目を、国内調査の結果から確認してみたい。
 組織体設置状況について尋ねた中で、「卒業生の追跡調査」「同窓会の機能強化に関する検討」については、組織が未設置であるとの回答がそれぞれ27.3%、33.8%に達している。ディプロマ・ポリシー設定、キャリア開発や就職問題への関心の高まり、生涯学習機関としての大学の展開の可能性を考えると、出口のさらに外側の研究を学内で進める必要性は一層高まっているものと思われる。
 また「データに基づいた他大学との比較」については、事務部局で対応しているのが45.5%である一方、組織が未設置であるとの回答が38.3%となっている。特に「非常に重視している」との回答は16.5%にとどまっており、多くの大学でデータの有効な「分析」が進んでいない状況を示している。
 IRの実施、IR室の設置、IRの機能については、各大学が置かれている歴史的、地理的、社会的状況、あるいはその結果として属している類型、抱えている課題によって多様になりうる。どのような体制、業務を想定してIR室を設置するか、あるいは機能をできるだけ整理して、IR以外の組織との連携を考えていくのかについて、IR室を設置する前に十分な検討が必要であろう。実施内容によっては、大規模なIR室の設置にこだわることなく、学内各組織・部局が連携して、データの収集・分析・研究・立案を分担して進めていくことが、新たにIRを進めていくにあたり注意すべき課題となっているのである。
 (本稿で紹介した国内調査のより詳細な分析、特に大学の類型化については、『大学教育学会誌』第31巻2号(09年11月)掲載の岡田聡志論文も参照されたい)