加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.368

高等教育のグローバルな潮流 大学マネジメントの新しい形(下)

本間 政雄(立命館副総長(新戦略・国際担当)・立命館大学教授)

 一、大学における戦略的リーダーシップの強化
 英国では、サッチャー首相の下、欧州諸国の中でいち早く自律性と自己責任による大学経営力の強化に乗り出した。2003年に当時の教育・技術省(Dept. of Education and Skills of the UK)による白書「高等教育の未来」は言う。「今日の大学は、極めて広範かつ多様な機能と要素を包含し、年間数千万ポンドを費消する巨大組織だ。どの分野の教育や研究の基盤整備に資源を振り分けるかを決め、裁量の教職員を獲得するために競争し、膨張した学生の保護者の役割を果たすことが求められている。……かくも複雑な環境の下で大学を運営していくことは、例外的に困難な課題であり、大学運営の責任者には運営のプロとしての十二分な技術が求められるのである」
 一方、加盟16カ国の高等教育政策と動向の調査・分析を行ったOECDは、その報告書「知識社会における第三段階の教育」(2008年)の中で、大学ガバナンスについても詳細な分析を行っているが(Vol.1,120~132頁)、政府が大学運営に「NPM」(New Public Management)と呼ばれる手法を導入し、大学により大きな権限を付与する代わりに、より大きな説明責任を求め、同時に政府資金の供与を通じて間接的に大学をコントロールし、教育の質保証メカニズムを構築するという状況の下では、大学に強力な指導力をもったトップ・マネジメントの存在が不可欠と指摘している。
 しかし、「学長や学部長がリーダーシップを発揮しようとしても、大学運営に関する従来型のモデルを維持し、彼らを選挙で選んでいる限り、そして「教員による自治、学問の自由」(Academic selfgovernance)がある限り、彼らのリーダーシップは限定され、戦略的な決定を行ったり、資源の効率化を最大化しようとする選択を行うよりは、最も(教員の)抵抗が少ない途を選ぶことになる」(同書125頁)という。にもかかわらず、「教員を大学の運営から除外すべきではなく」「大学にとって重要な決定を行う際、最も本質的な情報を持っているのは教員であり、なおかつ学内の合意を得て、決定をスムーズに実施するには教員の参加が不可欠だから」とする。(同書127頁)
 結局のところ、OECDは「学生、教員、職員」三者による協働運営(Shared governance)が必要とする一方、大学トップ・マネジメントの組織的な訓練を行って、ビジョン構築から戦略的意思決定、効率的執行に至る必要な知識、技術を獲得させることが不可欠と指摘する。
 二、大学マネジメント課題のグローバル化
 実は、OECDは、大学運営に関して早くから問題意識を持っており、大学や政府の参加を得て「高等教育機関の運営に関するプログラム」(IMHE)を40年以上行ってきている。昨年9月の総会には筆者も参加したが、折からAHELOがスタートしたばかりで「大学生の学修到達度」に関する議論が中心ではあったが、「多様化する大学への期待にどう応えていくか」「猛威を振るう大学ランキングにどう対応するか」「教育の質や被雇用力をどう強化するか」等、大学マネジメントにとって喫緊の課題が議論された。
 さらに注目すべきは、中国が大学マネジメントに大きな関心を持ち始めたことである。中国ではこの10年ほどの間に大学進学率が急上昇し、教員や施設の不足、大学の過度の商業化、重点大学と一般大学の格差拡大、卒業生の失業など数多くの課題に直面している。このような状況を受けて、立命館大学でも、中国の要請に応えて、04年以来約700名の大学幹部を受入れ、我が国の高等教育システムや政策の動向や、財務・人事・研究推進など大学運営の実務に関する講義や大学・企業訪問などを行ってきたが、最近今度は重点大学の幹部を従来の米英だけでなく日本や韓国の大学にも研修を行ってほしいとの申し出があり、一部実現を見ている。
 中国の国家教育行政学院(NAEA)が、昨年10月ロンドン・サウスバンク大学と共催で「高等教育機関の運営幹部のリーダーシップ開発に関する国際フォーラム」を開催したのは、まさしく経済の市場化と軌を一にするように市場化、商業化が急速に進む中国の大学の効率的で効果的なマネジメントの途を模索し始めたからに他ならない。
 フォーラムには、英国のロンドン・サウスバンク大学のWilkinson副学長や高等教育リーダーシップ財団のWoolbridge理事長をはじめ、米国パシフィック大学のGilbertson教学担当副学長、オーストラリアのメルボルン大学のSmith高等教育研究所長などが招かれ、筆者も我が国のマネジメント上の課題と展望について講演を行った。中国側からも、現代的文脈における学長の役割や「知識経済、科学技術革命、国際化、大衆化、生涯学習への対応などが急がれる中で、資金不足、ハイレベル人材の不足、科学・技術を創造する能力の不足、時代遅れの教育哲学、単調な教育モデル、学部運営に関する根深い対立を抱えた大学」(青島大学Li人事局長)が、いかにして指導力を発揮し、戦略ビジョンを構築し、法令に即した議論を展開して大学を運営していくかについて発表が行われた。
 我が国では、教員自治という制約の中で、限られた資源を戦略的に活用し、社会・経済・学問の変化に応じて効率的・効果的に教育・研究を推進していくのに、大学トップやトップを補佐する執行部に必要な知識・技術を体系的、集中的に獲得する機会がほとんどない。そのため、意欲だけが空回りして肝心の改革がほとんど進まなかったり、必要な人材を腐らせたりしている例が少なくない。文部科学省や大学団体、それに大学自身が、そろそろ本腰を入れて学長や補佐人材の育成に取り組むべき時だと思う。米国を筆頭に、英国、豪州、中国では本格的な取り組みが軌道に乗っている。筆者は、昨年から民間資金を集めて学長育成プログラム(TMLP)を実験的に開始したが、参加者が十分集まらず赤字を抱えて四苦八苦しており、個人レベルの対応には限界がある。