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アルカディア学報

No.355

ミシガン州の高等教育システム 州立大学の民営化?

私学高等教育研究所研究員 丸山文裕(国立大学財務・経営センター教授)

 国立大学財務・経営センターでは、国際比較研究プロジェクトとして、各国公立大学の授業料水準や予算配分プロセスについて調査検討している。その一環として、アメリカのミシガン州高等教育システムを2008年11月に訪問調査する機会を得た。同州はアメリカの州立大学システムで、最も大学の自律性が保障されており、またミシガン大はさらなる民営化を望んでいるといわれている。東大の民営化論が出る中、調査結果の一部を報告したい。
 1、州立大学の統治
 アメリカの州立大学の最高議決機関は、大学や大学の集合体に置かれた理事会である。多くの場合、州に1つか2つ置かれ、大学の予算や人事管理、その他大学の一般的経営は、大学理事会が独自に担うことになる。州立大学の理事メンバーは、一般的に州知事が任命する。よって州知事と大学理事会とは比較的親密になり、州政府と州立大学の間の対立が避けられる仕組みになっている。
 州立大学の理事会メンバーが、州知事や州議会から任命される州では、理事会は州の大学への予算配分はもちろん、授業料水準決定にも最終的権限を持たない。知事や議会が、州立大学の予算と授業料水準の双方を決定する州もある。また理事会が授業料水準の決定権を持った場合でも、知事や議会が州交付金額を決める場合では、理事会は決定した授業料水準を実際に運用できるわけではない。
 理事会が、知事の意向に反して授業料を値上げすれば、理事は即座に知事から任を解かれるか、次期の再任がなされない可能性がある。また州立大学理事会が知事や議会に反対してまで、授業料を上げると、州は授業料上昇による収入増分だけ、交付金を減額する対抗手段を取る可能性もある。よって理事が知事から任命される州の州立大学の理事会は、授業料決定に関して力は限られている。
 2、ミシガン州の州立大学
 ミシガン州はアメリカ合衆国の他の多くの州と異なり、州憲法によって州立大学に大きな自治権を保障している。ミシガン州では、ミシガン大、ミシガン州立大、ウエイン州立大の大規模州立大学の八名の理事メンバーは、2年毎に2名ずつ州民の選挙で選ばれ、任期は8年である。任命制と異なり、州知事と大学理事会との直接の人的なつながりは強くはないといえる。
 州知事の高等教育に果たす役割は、同3大学以外の12大学の理事を任命することである。またミシガン州の州議会の役割は、州交付金額を決定し、高等教育機会の均等のための奨学金または優秀学生への奨学金を用意し、高等教育への歳出のアカウンタビリティを確保することである。
 州教育委員会は、州立大学のポリシーの計画と調整に対して助言する責任を持つ。司法の判断では、州教育委員会は大学に対していかなる権威をも持たないとされる。
 3つの州立大学の各理事会は、それぞれ独自で大学の管理経営において意思決定する。学長を選出し、授業料水準を決め、入学者目標を決定し、さまざまな契約に責任を持ち、戦略計画を策定する。ミシガン州の大学制度の擁護者は、これが市場原理に基づいた低コストで効率的なシステムという。しかし批判的な立場からすると、市場原理に基づいた州の高等教育システムでは、大学間の競争が激しく、学生を奪い合い、人気のある同じ教育プログラムが提供されるという非効率もあるという。
 国立大学財務・経営センターは、ミシガン州立大を訪問調査した。それは、2008年度に学部学生3万6072人、大学院学生9973人、計4万6045人のマンモス大学、学内に発電所から消防所まである、かつてクラーク・カーが名づけた大学と町が融合したマルティバシティの典型である。
 ミシガン州立大学の2006―07年の収入は、18億ドル日本円で約1800億円であるから、東京大学とほぼ同じ規模である(ただし施設費補助金の扱いなど財務諸表に違いがあるので、正確な比較はできない)。ミシガン州立大学の授業料収入は22.5%を占め、州交付金は1833%を占めるに過ぎない。東京大学の入学金、検定料を含めた学生納付金依存度は9.1%である。運営費交付金依存度は46%である。
 日本の国立大学では、学生納付金依存度が高いのは、単科大学、教育大学、医学部の無い総合大学であるが、そのような大学では運営費交付金依存度も高い。例えばお茶の水大の学生納付金依存度は25.5%であり、ミシガン州立大とほぼ等しい。しかしお茶大の運営費交付金依存度は、61.6%とミシガン州立大の州交付金の割合と比べて著しく高い。
 3、授業料の高騰
 アメリカの大学の授業料は、州立、私立を問わず、1990・2000年代に消費者物価指数以上の値上がりをした。一般にどこの州でも、州政府からの交付金が減額されると、教育の質を維持するため、授業料値上げで対処しようとする。しかし州政府の州立大学への管理が強い州では、州民に高等教育の機会提供を重視する州知事、州政府の意向もあり、それほど簡単に値上げできない。また値上げには州議会の賛成も必要である。しかしミシガン州では、3つの州立大学では、授業料水準は大学の理事会が決定し、州の関与は弱い。よって他の州に比べて授業料が値上げされやすいと考えられる。
 ミシガン州の州立大全体で州交付金と授業料収入との割合は、過去に大きく変化した。1972―73年には、州交付金は75%を占め、授業料はわずか25%に過ぎなかった。それが2005―6年には、州交付金は、40%に減り、授業料の割合は60%にまで跳ね上がった。
 州交付金の割合が低いのは、学生の授業料負担に現れる。ミシガン大では、州内学生の授業料は年間1万447ドル(約100万円)、生活費を入れると2万1658ドル(210万円)となる。ミシガン州立大では、州内学生は9690ドル、生活費を入れると1万8604ドルである。
 州外学生について、ミシガン大では、3万1301ドル、中西部の他の州立のフラッグシップ大と比べて1万ドルほど高い。さらに生活費を入れると年間4万2512ドル(420万円)とアイビーリーグなど有名私立大学と同じ程度になる。奨学金が無ければ、一般家庭ではとても進学できない。ミシガン州立大では、州外学生は2万3550ドル、生活費を入れると3万2678ドルとなり、ここも同様に高価な大学となっている。
 ミシガン州の大学教員の賃金報酬も、中西部にあるフラッグシップの州立大学に比べて高い傾向にある。中西部にある大規模な中心的州立大学九校とイリノイ州にある名門私立大学であるノースウエスタン大を加えてビッグテン(Big Ten)という大学リーグを結成しているが、教員の報酬は私立のノースウエスタン大が一番高く、ミシガン大が二位、ミシガン州立大が三位である。アメリカでは、州立でも基本財産を有する大学がある。ミシガン大の基本財産は、70億ドル約7000億円とビッグテンの中では一番で、私立のノースウエスタン大よりも多い。ミシガン州立大は、約1600億円である。
 大学の収入に連邦政府などからの研究契約が、ある程度の割合を占める。外部からの研究資金を獲得できる教員を雇用したほうが、大学の収入は増加することになる。よって教員の賃金報酬を高くして、研究費を獲得できる者を雇用したほうがよい。これがミシガン州の大学教員の賃金報酬が高くなる原因と考えられる。
 ミシガン州の中でも特にミシガン大は、さらなる民営化を望んでいるといわれている。それは具体的には、現在2年毎の全州選挙で選ばれている理事会メンバーを、私立大学が行っているように、現在の理事会が新しいメンバーを選出する方法への変更であろう。これによって、理事会が望むようなメンバーを選出できる。たとえば巨額な寄付を期待できる富豪を理事会に入れることもできる。しかし私立大学への移行、民営化は、現在割合は比較的少ないものの、確実に配賦されている州交付金を断念することを意味している。大学はそれに変わる財源保障が得られなければ、民営化は難しいと思われる。
 高等教育への公財政支出が抑えられ、政府から高等教育機関に権限委譲がなされ、経営の自立性が求められると、機関は良くも悪くも営利組織と同じように行動するといわれる。ミシガン州のケースはそれを典型的に表している。