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研究成果等の刊行

No.5(2001.06)

「学生募集と私学経営」 ―全国的傾向とケーススタディ

問題提起者:土橋 信男、西井 泰彦

はじめに

私学高等教育研究所 主幹 喜多村 和之

 最近数年間、学生募集や入試の在り方や方法について、私学関係者の間で関心が高まっていますが、今回の公開研究会では、私学経営にとって切実なこの問題を取り上げました。
 土橋信男講師には学長の経験を踏まえた上で最も困難な条件にある地方私立大学の学生募集のケーススタディを、西井泰彦講師には日本私立学校振興・共済事業団の全国実態調査の結果をもとにした全体的傾向を紹介していただき、これからの私学の学生募集と経営問題に焦点をあてた情報提供と問題提起をしていただきました。さらに、講師の報告後の全体討論では、100人を超える参加者を得て、それぞれの問題について活発な質疑や意見交換が行われましたが、船戸高樹研究員にその模様をまとめていただきました。
 この報告書は、当研究所主催第4回公開研究会(平成13年3月12日)で行われた発表、討論、問題点、コメント等を記録としてまとめたものです。私学関係者のみならず多くの高等教育関係者が、私学経営にとって最も重要なこの問題をお考えいただくうえで参考にしていただければ幸いに存じます。

I . 問題提起(1)土橋 信男
   地方私立大学における学生募集のケーススタディ(問題提起要旨)


 大学入学年齢の18歳人口が減少し、大学が買い手市場になってきて、改めて学生募集の課題が各大学の大問題になってきた。
 大学は学生あっての存在価値がある。どんなに立派な校舎やキャンパスがあっても、そこに学生がこなければ大学は存在し得ない。当たり前のことであるが、それが現実に迫ってきて初めてそのことを深刻に捉えているという場合が多いのではなかろうか。
 さて、今回の公開研究会のテーマは「地方私立大学における学生募集のケーススタディ」である。そこで、私の大学が取り組んできた実践と、私が学生募集を意識して行ってきた学長時代の方策や取組を記すことでその任を果たしたい。
 学生募集に関して最初に問題にしたいことは、学生は何によって大学に来るのか?ということである。大学にとって、学生は唯一の顧客である。しかも、その殆どの学生は、一度その大学に入学すると、少なくとも4年間は顧客となってくれるのである。大学は、その顧客としての学生が何によってその大学を選んだのかをよく知っていなければならない。 学生がある大学を選んで入学をするということは、その大学を選択するに必要な充分な理由があるはずであり、その理由を大学は知っていなければ、学生募集の戦略を立てることはできないのである。
 では、それはどうして知ることができるであろうか。私のとってきた主要な方法は、入学直後の学生から質問用紙によりその理由を調べることであった。
 1999年度に入学した学生を対象として行った質問紙による調査の結果、なぜ北星学園大学を選んだのか、その上位5つまでの理由は以下のようであった。
 (1) 自分の学びたい専攻分野があったから...51%
 (2) 世間的に良い大学だと評判だったから...33%
 (3) 国際交流が盛んで留学に関心があったから...29%
 (4) 受験雑誌などで良い大学だと思ったから...25%
 (5)高校の先生に勧められたから...18%
 これらの答えが示していることは、第一の学びたい専攻分野ということと、第三の国際交流ということを除いては、良い大学ということがその主たる理由となっているということである。
 つまり、学生は自分の専攻したい分野などがあることに加えて、いわゆる良い大学へ入学したいと考えているということである。
 問題は、その良い大学ということの内容になる。
 私は、北星学園大学で学長として7年間を務めたが、その間に試みたことは、いかにして大学を良くするかということであった。
 すなわち、私の立場は、学生募集に最も重要なことは良い大学であり、大学を良くすることが学生募集の最大の戦略であるということである。
 ところで、では良い大学とはどのような大学であろうか。それは、それぞれの大学により異なるであろうが、私立大学の場合であれば、個性をもった魅力ある大学だというふうにいってもよいであろう。
 私が学長に選任されたのは、17年間国際交流委員(そのうちの15年間は委員長として)を務めた後、米国での国外研修中のことであり、全く突然のことであった。そこで、学長に選任された後に帰国までの間、いくつかの姉妹校を訪問してそこの学長たちに大学を良くするための秘訣を教えて欲しいと依頼をした。ある姉妹校の学長からの助言は極めて有益であった。それは、以下のようなものであった。「大学を変えることは米国でも容易ではない。もし何らかのインパクトにより大学を変えようと思うのなら、最初の3ヶ月が勝負だ。」すなわち、最初の3ヶ月にそのことを仕掛けないと大学は変わらないということであった。
 そこで、どうすれば大学にインパクトを与えることができるかを考え、91項目にわたる大学改革・改善の提言を、就任5ヶ月後に行われた全教員と課長以上の職員で行っている大学の研修会で提示した。さらに、この研修会の後に、教員と職員、さらには学生をも対象にして、提言の各項目についてその重要さを5段階の数値で答えてもらい、その結果を全学に提示した。
 その後に、それらの項目についてそれを取り上げて改善を図るということは敢えて行わなかったが、やがて徐々に提言に沿った改善が、特に重要だとされた項目についてなされ始めた。
 今振り返ってみると、上位13項目のうちの8項目については改善がなされ、その改善に沿った取組がなされてきている。
 たとえば、その中での最大のものは2000年以後の長期計画である。このことについては大学だけでなく、学校法人の他の学校全体に関わる大きな事業であったが、約5年をかけて計画を完了し、現在その計画に沿って大学の改革(大学院の設置、新学科の設置、共学化した短期大学の大学キャンパスへの移転など)が進められている。
 また、学生による授業評価もそのひとつであった。1993年に初めて授業評価を行った後に、改良を加えた授業評価は1998年に試行した後に、1999年から本格的に実施して、学生への公開にも踏み切ったのであった。
 ちなみに、授業評価の結果得られた数値は極めてよいもので、全科目の授業の総合評価の値は5点法で3.8であった。授業評価の対象とした科目は非常勤も含めた全科目であったが、教員の協力は非常に良く、評価の結果の公開を拒否した教員は僅かに10人(全体の約6%)であった。
 さて、大学の社会的機能の第一は教育であり、大学は教育機能を果たすために存在しているといってよい。そして、その教育が良く行われたかどうかは、その教育の受益者である学生が最も良く知っているといってよい。
 リクルート社が1991年に始めた4年生を対象とした満足度調査はその意味で非常に有益であった。また、他の大学との比較で数値が表示されたので、自分の大学の位置を知ることができたことも有益であった。満足度調査は、大学の個性をも描いているといってよい。それによると、北星学園大学の強さは国際交流と情報教育だということが良く分かった。この2つは筆者の特に力点を置いて強くすることを心がけてきたことであり、リクルート社の調査の結果はそれを裏付けるものであった。
 こうした大学改革・改善の取組の結果、本学への入学志願者はどう変化したであろうか。 1993年をピークとした志願者数は、その後に減少はしたもののほぼ自然減に近く、本年度の志願者数においても約4,000名を得て、入学定員約650人を余裕を持って確保しているのである。
 他方、入試合格の難易度も北海道の私立大学としてはほぼ最上位を確保してきている。 さて、大学の良さが学生募集の最大の力になると述べたが、ではその良さを測るものさしは何であろうか。大学の社会的機能の第一は教育であるとするならば、その成果を測るものさしが必要であろう。残念ながら、大学の教育力を測ることのできるものさしはまだできていない。また、個性を測るものさしもまだない。
これらのものさしは各大学が自ら作っていく必要があり、それが大学の重要な課題のひとつではなかろうか。

II . 問題提起(2) 西井 泰彦
   学生募集戦略と私立大学経営の課題(問題提起要旨)


 日本の私立大学や短期大学においては、18歳人口の減少に伴って、競争的な環境が進行しており、厳しい事態が少なからず生じている。学生の安定確保は特に重要な課題となっており、平成4年度(1992年度)をピークに、入学志願者は急減を開始し、志願倍率の下落と定員割れの増加が顕著である。
 日本私立学校振興・共済事業団の調査データからみると、学校全体の入学定員充足率が100%未満の割合は、12年度において、大学が471校中133校で3割弱、短期大学が453校中265校で6割弱であった。
  このような定員割れの背景には、近年の大学または学部の新増設、短期大学の4年制大学化、臨時的な定員の延長やその恒常的定員化の動向がある。受験者の側の高学歴志向、共学志向、資格志向、都市志向、高偏差値志向等の要因も影響している。
 私立大学の数は平成4年度から12年度の間に100校近く増加した。短期大学は50校ほど減少した。4年制大学化が顕著で、小規模大学の新設が多い。改組転換も盛んで、新しい学部が多数設置された。
 短期大学の市場は急激に縮小し、競合乱立によって、4年制大学の学部でも定員割れが発生している。地方都市だけでなく大都市圏においても二極化が進行している。
 いわゆるFランクの私立大学が公表され話題となった。偏差値は学校の評価のすべてではないが、下位レベル校や新設校における学生確保は死活問題である。独自の特色を打ち出して徹底した募集活動を行わなければ、受験生に素通りされて学生を確保できなくなる恐れが強い。
 高等教育においては国公立大学志向が根強い。教育条件面や学費負担の面で、私立大学は国公立大学と対等な条件で競争できる環境にはない。国立大学の改組や公立大学の増設が進み、不況が続くことによって、私立大学は一層苦しい立場に追い込まれる。
 今日では、大学が学生を選抜するのではなく、学生が大学を選択する時代に転換しつつある。志願倍率が年々下降しており、良質な入学生を入学試験で選抜する機能自体が問われてきている。
 このような状況下で、私立大学や短期大学では積極的に学生確保の取り組みを進めており、様々な入試方法を工夫して意欲ある入学生を確保しようと努力している。全体的には、一般入試の比重が低下し推薦入学が重視される傾向が強い。
 一般入試の取り組みをみると、試験日程の複数化、試験日の自由選択制の導入、受験科目の減少と軽量化、地方試験会場の増加、センター試験の利用など、受験機会を増加して受験者数の減少を抑えるとともに、受験生の負担軽減と便宜供与を進める傾向が顕著である。
 推薦試験でも多様化が進んでおり、通常の公募制推薦や指定校推薦を重視するほか、高校長の推薦を要しない自己推薦等の方法も導入されている。推薦条件の緩和、推薦対象項目の拡大も行われている。AO入試が積極的に導入されており、ユニーク入試も進んでいる。学生を確保するチャンネルとして社会人特別選抜、留学生選抜、編入学、秋季入学なども無視できない。
 受験料や学費面での取り組みも進められている。受験料や授業料を一律に引き下げるのではなく、重複受験の手数料の割引、特待生や生活困窮者に対する奨学金入試によって、受験生の経済的負担を軽減しつつ、優秀な学生を確保しようと努めている。
 学生募集のための組織や実行体制の充実強化の取り組みも進めている。広告手段や広報メディアを見直し、説明会や高校回りを効率化し、オープンキャンパスの演出などにも力を入れている。高校との連携の緊密化が図られている。
 このような募集戦略と並んで、学生確保の基本的な取り組みは各々の大学の魅力を高める課題である。
  その基幹的な取り組みが大学の教育内容の改善である。専門教育と基礎教育を充実させるカリキュラムの改革、国際化や情報化に対応した国際交流や情報教育の推進、学外者の招へいやインターンシップの実施による社会や地域との交流、少人数教育や補習教育等によるきめ細かな教育指導、就職実績向上のための資格取得教育が重視されている。 学生による授業評価やFDも積極的に実施されるようになった。
 大学の魅力を高めるためには学園環境の充実も不可欠である。施設設備や情報システムなどの環境が整備されている。学園生活の快適化のための福利厚生施設やサービス面の充実を図るとともに、補助活動や課外活動等を支援する取り組みも盛んである。精神面のケアにも着目されている。
 更に、大学間連携も近年各地域で重視されている。受験生が大学を選択する際の有力な判断材料となっている。
 これからの私立大学にとっては、学生の面倒見が良く支援体制が充実しているという大学のイメージの確立は重要である。必ずしもトップクラスだけではない多様な学生に対して、様々な学習支援を行いながら基礎的な能力と付加価値をつける取り組みが求められる。大学の魅力は教員サイドと在学生、受験生では必ずしも一致しているわけではない。大学を選択する学生の立場からの要望に応えた大学の魅力化を図らなければ学生確保の効果は少ない。在学生の満足度には受験生も注目しており、学生確保のキーポイントである。
 ところで、入学定員割れが生じると、途中編入がない限り大学では4カ年の定員割れが続く。定員割れの事態は級数的に悪化する可能性が強い。数年または10年程度の期間で把握すると、学生数が相当の減少となるケースも生じる。学生数が減少しても、その減少割合に専任教員数や職員数を比例させて削減すれば財政的な窮迫が発生することはほとんどない。しかし、そのような削減は容易ではなく、通常は専任教員一人当たり学生数(ST比)が下降する。職員も同様である。その結果、財政悪化が進行することになる。
 志願者数が減少すれば受験料が少なくなる。入学生が減れば入学金や施設設備資金が確保できない。在籍者数が減少すれば授業料等の納付金総額が減額となる。私立大学の納付金の比重は収入の8割に近い。納付金は基本的には学生の人数と納付金単価の積の総和である。人数が減っている時には単価は上げ難く、学生数が減少した場合には納付金総額も減少することになる。一方、消費支出の6割程度を占める人件費も教職員の人数とその給与単価で決まる。学生が減った分だけ教職員を減員し給与単価を切り下げることは至難である。
 帰属収入が減るにもかかわらず人件費は減らせないために、人件費比率は上昇し、帰属収入から消費支出を除いた帰属収支差額は減少する。最悪の場合マイナスとなって、学校の資産維持と充実のための財政余力が失われる。
 私立学校では定員が充足できないという事態は財政困難に直結する。大幅な定員割れとなると財政の長期的な維持が不能となる。消費収支上の赤字分を補填するために、保有する現金預金、有価証券または各種の引当資産等の金融資産が消費される。赤字補填を続ければ続けるほど、健全な併設部門を巻き込んで、学校法人の体力は消耗する。過去の蓄積余力がいつまで持つかという時間的な問題ともなる。
 自己資金が枯渇すれば他人資金に依存せざるを得なくなる。翌年度の収入に充当すべき入学金等の前受金も先食いされる。負債率も上昇していく。苦しい自転車操業に齟齬を生じると資金ショートが発生する。借入金の返済等が滞れば、抵当権の実行、差押え、銀行取引停止を招く。
 裁判所による資産の強制換価手続を経て、破産・清算に進み、最終的には学校法人の解散に至る。
 厳しい競争的な環境であるからこそ、私立大学は学生確保に有効な最大限の取り組みを進める必要がある。学生募集の戦略は必然的に私学経営の課題に展開する。財政基盤を強化し、人事や組織運営の改善も実施しなければならない。
 時代や環境の変化に柔軟に対応できる私立学校の良さを発揮させながら、学園の経営体制や組織運営が活性化されることが期待される。

III . まとめ 船戸 高樹
   学生募集と私学経営―第4回公開研究会の議論から


 当研究所主催の第4回公開研究会が、「学生募集と私学経営―全国的傾向とケーススタディ」をテーマに開催された。私立大学の約3割が定員割れを起こしているという厳しい状況と今年度の入試がほぼ終了しているという"時節柄"もあって、会場はこれまでの公開研究会で最高の参加者で超満員。私学経営の根幹となる学生確保は、各大学にとって切実な課題であり、このテーマに対する関心の高さをうかがわせた。
 この日の発表者は2名。土橋信男研究員(北星学園大学教授・前学長)は「地方私立大学における学生募集活動のケーススタディ」と題し、北海道という北端の地での学生募集活動の取り組みを報告した。冒頭「学生募集のノウハウではない」と断ったように、報告の内容は入試や募集に関するテクニックではなく、同大学が学生募集の基本戦略として掲げた、「学生たちにとって、魅力ある大学づくり」という目標を実現するために取り組んだ大学改革・改善の方策であった。
 学生の95%が道内出身者という、地域密着型の大学だけに、18歳人口の減少によるマーケットの縮小は、大学間の学生獲得競争を激化させることにつながる。厳しい環境のなかで学生を確保するために、学長就任とともにまず取り組んだのは、在学生に対するアンケート調査であった。これにより、学生たちが何を求め、何を期待して入学してきたかを明らかにし、その結果をもとに大学改革・改善の提言として取りまとめ、全教職員に提示して協力を求めたという。その中から生まれた大学としての新たなコンセプトが「国際性、社会性、人間性」の三本柱であり、それを分かりやすく表現したのが「右手に英語、左手にコンピュータ、心に人間性」のキャッチフレーズである。また、大学改革の具体的な取り組みとしては、新学科の設置などの将来計画の推進、学生の授業評価の実施による教育力の向上などが挙げられるが、いずれをとっても特に目新しいものではない。
 ただ、多くの大学で同様な大学改革の提言が行われているが、学部間や教員間の意見の相違を調整できないために改革案がたなざらしにされているケースが多い。それだけに、大学改革を掛け声倒れに終わらせず、教職員や学生を巻き込んだ広範な活動として取り組み、着実に改革を実行した学長としてのリーダーシップの重要性を改めて浮き彫りにさせた報告であった。
 続いて、ゲスト・スピーカーとして招かれた日本私立学校振興・共済事業団、私学活性化促進支援センターの西井泰彦主任研究調査員は「学生募集への取組みと私学経営」と題して、同事業団の調査集計結果をもとに定員割れの実態や学生数の減少が引き起こす財政悪化と経営破綻のシナリオにまで踏み込んで、マクロ的な視点から問題点を指摘した。このなかで西井氏は、「大学審議会の答申にあるように、これからの私学には自己責任が要求されている。破綻したとしても国として学生の面倒は見るが、法人の面倒は見ないことになっている」としたうえで、定員割れの状況など私立大学を取り巻く環境は急激に悪化しており、個々の大学が自らの責任において、学生確保に全力をあげる必要性を強調した。そして、その方策として志願者を増やすために入試の多様化や学生に対する奨学金制度など学生支援策の充実に取り組んで財政基盤の安定化を図るとともに、基本的には「大学の魅力をいかに高めるか」の観点から、授業評価やFD活動の積極的な推進による教育内容の充実・改善が最大の課題であると述べた。
 くしくも両者の結論は、「魅力ある大学づくり」がこれからの学生募集と私学経営の決め手になるという点で一致している。筆者が、米国の18歳人口減少期真っ只中の1989年に、プリンストン大学を訪れた際、政治学部のスタンレー・ケリー教授は、「プリンストンが最も重視していることは?」という質問に対して、「学生に選んでもらうことだ」と明快に答えたことを思い出す。その理由として「教育というサービスを提供する大学は、サービスの受け手である学生にきてもらって、初めて社会の中での存在価値が生まれる。だから、学生に選んでもらうために教員の質を高め、プログラムの充実を図っている」と語った。もっとも、この言葉はプリンストンだから、かっこいい。東大出身者が「大学なんてどこでもいい」と言うテレビのコマーシャルと同じだ。これが潰れそうな大学だとしたら、実現性の薄い、虚ろな言葉に映る。
 これと同じようなことが言えないだろうか。つまり、「魅力ある大学づくり」は、しごくもっともな結論で、これに異論を唱えるつもりはない。ただ、個々の大学の状況をみるとこれに取り組むことができる大学は限られていると思うからである。例えば、教育内容の充実とひと言でいっても、新たなプログラムの開発やそれに伴った教員の採用、施設・設備の充実などはお金もかかれば、時間もかかる。また、奨学金制度や教育ローンの利子補給、生活困窮者に対する学費の減免措置なども裏付けとなる原資が必要となる。そのように考えると、「魅力ある大学づくり」に取り組むことができるのは、少なくとも現在、志願者が一定程度あって、財務内容が良好なところに限られる。
 深刻なのは、既に定員割れを起こし、財政状況が悪化している大学である。というのは定員割れを起こした場合、収入は急激に減少するが、支出は急激に減らせない。縮小均衡を図ろうとしても、ある程度の時間が必要となる。しかも、教育内容を充実して社会から評価されるためには、少なくとも10年はかかる。その間、どのようにして持ちこたえる経営ができるのであろうか。つまり、「魅力ある大学づくり」の趣旨は理解できたとしても、厳しい現実が待ち構えているのである。
 全国の私立大学は、それぞれ歴史や伝統、立地、学部構成、学生数などが異なる。したがって、「学生募集と私学経営」をテーマに検討する場合もそれぞれの大学に合わせた、いくつかのプログラムを用意する必要がある。究極的な目標は「魅力ある大学づくり」だとしても、それに至るまでのプロセスは千差万別だからである。例えば、センター試験に参加したり、AO入試を導入するなどの入試改革一つとっても、優位に働く大学もあれば、そうでないところも多い。厳しい環境に追いこまれている大学にとって重要なことは、立地など所与の条件のなかで、限られた資源(人的にも、財政的にも)をいかに集中的、効果的に投下し、社会の評価を受けるように特化するかにある。そのためには、理事会が明確なゴール(目標)を設定し、それを受けた学長が強力なリーダーシップを発揮して、教職員を牽引していかなければならない。その意味では、理事会と学長の責任は、重い。体験主義、経験主義から脱し、自らの大学の発展のためにアイディアを出し、それを素早く実行するという「知恵とスピード」が求められているのである。
公開研究会の最後に、当研究所の喜多村和之主幹が「大学が教育の看板、機能を失うことは自殺行為だ」と総括したように、確かに質の高い教育を提供することが大学としての使命であるが、全入時代の到来は従来にはない多様な、そして気まぐれな学生集団をキャンパスに呼び込むことにもなる。
 いずれにしても、これからの私立大学は一方で教育内容の充実を掲げながら、他方で学生を確保するために妥協を余儀なくされるという難しい対応を迫られることになる。全ての大学に共通する、学生募集と私学経営の秘策はないことを痛感させられた研究会であった。

*** 「公開研究会講演録及び関連資料」部分は割愛しました。 ***