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「素顔の大学」を高校生に見せる試み

<上>「素顔の大学」を高校生に見せる試み

大学プロデューサー
NPO法人NEWVERY フェロー  倉部史記

 オープンキャンパス等による"非日常の大学"ではなく、日常の大学の素顔を受験生に見てもらい、進路発見に役立ててもらおう―そんな取組が首都圏を中心に静かに広がっている。NPO法人NEWVERYが企画する「WEEKDAY CAMPUS VISIT」という取り組みである。同取組の意義や内容について、企画者の一人である同NPOフェローの倉部史記氏に寄稿してもらった。

大学で広がるWEEKDAY CAMPUS VISIT
 2012年10月27日(土)、法政大学市ヶ谷キャンパスで、数人の高校生が授業を受けていた。真剣な表情で彼らが受講しているのは「事業創造論オタ」と「教育原理」。いずれも高校生のために用意された模擬講義などではなく、通常通り開講されている大学の専門科目である。
 教室の大半を占めるのは法政大学の大学生達。粛々と板書をノートに写す者もいれば、ノートパソコンを開き、一心にタイプしている者もいる。前列で熱心に教員の言葉に頷く者もいれば、後列では昨晩遅くまで起きていたのか、少し疲れた顔を見せている者もいる。いつも通りの大学の風景だ。そんな先輩学生達の姿を見ながら、教室の中ほどに座る私服姿の高校生達も、授業内容を聞き漏らすまいと熱心に教員の言葉に耳を澄まし、ノートを取っている。
 これは、NPO法人NEWVERYによって企画・運営された「WEEKDAY CAMPUS VISIT(WCV)」の一幕だ。NPOの研修を受けた認定コーディネーターによる対話型のワークと、大学の「普段の授業」を受講する体験とを組み合わせ、高校生の進路発見を促す高大接続の取り組みである。この日は法政大学キャリアデザイン学部の協力を得て開催され、コーディネーターは筆者が務めた。
 高校生達は授業の前にまずコーディネーターとディスカッションを行い、見学者ではなく学習者として授業に臨む。授業後には皆で振り返りの時間を持ち、自分達の気づきをコーディネーターと共に確認していく。ただ授業を見学するだけでは得られない発見と考察を促すプログラムとして構成されているのが特徴だ。
 普段の授業は高校生には退屈ではないか、逆に高校生に失望感を与えはしないか―WCVについて説明をすると、そんな危惧も大学関係者からはしばしば寄せられる。しかし、その問いへの答えはノーだ。
 WCVに参加した高校生達は終了後、「オープンキャンパスではわからなかった、学びの拡がりや深さを知ることができた」「キャリアデザイン学部の内容が、自分の将来に役立つものであると実感でき、進学への意欲が高まった」等、この経験の意義を語ってくれた。アンケートを分析した結果、参加者全員の、同学部への進学意欲が高まっているという結果も得られた。翌11月には立教大学経営学部で第2回目のWCVが実施され、同様の成果を上げている。先述したような運営上の工夫が、参加する高校生達の満足感と、「誤解されることはない」という大学側からの安心感につながっているようだ。
大学広報が生んだミスマッチへの反省
 高校生に大学の姿を知ってもらうために、大学がこれまで最も力を入れてきたのは、夏期休暇期間や日曜日に実施されるオープンキャンパスだろう。数千人、ときには万を越える人数の高校生をキャンパスに招き、模擬授業や施設見学、学食体験、入試説明会や進路相談会などを行う。大学生スタッフや職員はそろいのTシャツを着て、高校生を歓迎する。大学の雰囲気や学問の中身を身近に楽しく感じてもらえるように、という配慮もそこには感じられる。
 オープンキャンパスに参加することで分かることは多いが、その一方で「普段のキャンパスの様子とは違う」のも事実だ。本来キャンパスの主役は大学生であって高校生ではない。高校生向けの模擬授業は誰が聞いても理解でき、楽しさを感じられるように構成されているが、普段の講義は必ずしもそうではない。それにいかなる大学でも、すべての高校生にピッタリの環境というわけではない。その大学に向いている学生もいれば、向いていない学生だっているのが普通だ。しかしオープンキャンパスでそうした点を検証するのは難しい。万能のイベントではないのである。
 実際、入学後に「こんなはずではなかった」「自分のやりたいことと違っていた」と気づき、大学を去る学生は全国で増加傾向にある。NEWVERYの調査によれば、大学中退者は実に年間6万人にも及ぶ。駿台予備校の調査によればセンター試験受験者の中で、一度大学に入学してから再受験している者は現在3万8000人ほど。これは9年前の60倍だ。大学入学者の大半が受験前に、志望校のオープンキャンパスに参加しているにもかかわらずだ。退学者の分だけ学費収入が減るなど、大学側に与えている影響も深刻だ。いま各大学がWCVを導入しはじめた背景には、ミスマッチを深刻に捉え、大学広報・高大接続のあり方を見直そうという大学側の戦略の変化もあるように思われる。
 大学の「中身」の違いを高校生に伝え切れていない、という反省の声も大学からはよく聞かれる。グローバル人材、少人数教育、実践的な授業といったキャッチフレーズを大学案内でPRしても、その実情をイメージしてもらうのは簡単ではない。同じキャッチフレーズをライバル校が使い出した途端、自校の強みが霞んでしまうこともしばしばだ。WCVは、そんなキャッチフレーズ頼みの大学広報を変え、各校が徹底している教育の特色をダイレクトに高校生に実感してもらう場としても、注目されているのである。
期待される、新しい高大接続の場
 2013年度前期には、すでに上記2校に加え、青山学院女子短期大学、産業能率大学、聖学院大学などがWCVの実施を決定。このほか、複数の大学が実施に向けて準備を進めている。三月に公式サイトをリリースしたNEWVERYの事務所にはその後、全国の高校から、学年単位で全生徒をWCVに送り出したいといった相談や問い合わせが続いている。
 祝祭日や土曜日、夏期休暇中の集中講義、高校の放課後など、高校生が大学の授業に参加できる機会は多い。高校単位で参加する場合、定期テスト後の休日を活用する、あるいは高校の年間スケジュールにあらかじめ組み込むといったことも可能だ。修学旅行の一環などで大学見学を希望する高校に、WCVでの受け入れを提案しようという大学もある。
 高校の進路指導担当者達も、514種類にまで増えた学部や、変わり続ける社会の動きを前に困っている。NPOという公益団体のガイドによって多様な大学や学部の「生」の授業を生徒達に見せられるWCVは、高校側の負担を減らしながら生徒達により多くの気づきを与え、進路指導の質を向上させると歓迎されているようだ。NPOのプログラムならばと、WCV実施校のリストを生徒達に配付しようという動きも、エリア単位で既に起きている。
 NEWVERYでは、研修を通じてWCVのノウハウやツールを大学の教職員に共有し、各大学で柔軟にWCVを企画・実施できるようにする考えだ。全国各地で授業公開が拡がれば、大学入学のミスマッチ解消はもちろん、大学広報や高大接続、ひいては日本の若者の進路選択のあり方を変えられる―そんな期待の目がこの新しい取り組みに集まっている。明らかに、大学と高校生を繋ぐ進路指導や大学広報の世界に、変化が起き始めている。