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大学改革

<下>学びやすい環境を大学につくる
ラーニングコモンズとチューター承認制度

熊本大学大学院教授システム学専攻長 鈴木克明

 ハッシコミュニティカレッジ(TCC)のラーニングコモンズは、図書館と同じ建物の1部を改築してつくられていた。
 1階は数学系の自習室で、180人収容可能な広々とした部屋にPCがある机とPCがない丸机が配置されていた。統計・代数・テクノロジーなどに色分けされたコーナーに資料や教科書が置かれていた。学生はPC上の利用者管理システムで何をしに来たかを登録し、そのままPCを使ったり、チューターや支援専門家に相談したりしていた。自習室の周囲には、PCが置かれた教室やグループワークや個別チュータリングに使う小部屋があり、図書館の「静粛ゾーン」につながっていた。2階は語学系の自習室で1階と同様な配置であった。2階からつながる図書館には論文執筆の支援コーナーがあり、予約制で1回30分の個別指導が受けられる。その奥には図書館のレファレンスデスクがあり、両方を往復できるように配置されていた。
 ラーニングコモンズは、「図書館機能、情報技術、その他のアカデミックサポートサービスを統合したもの」とマクマランによるOECD報告書(2008)では定義されている。次の9つの構成要素があるという。①コンピュータ・ワークステーション・クラスタ、②サービスデスク、③協同学習スペース、④プレゼンテーション支援センター、⑤FDのためのインストラクショナル・テクノロジーセンター、⑥電子教室、⑦ライティングセンターなどのアカデミックサポート部門、⑧ミーティング、セミナー、パーティ、プログラム、文化活動向けのスペース、⑨カフェおよびラウンジエリア。TCCのラーニングコモンズには全部揃っていた。
 川西(2010)によれば、ラーニングコモンズの特徴的概念の三本柱は、①図書館メディアを活用した自律的な学習の支援、②情報リテラシー教育とアカデミックスキルの育成、③協同的な学びの促進、だという。なるほど、よく考えられている施設だ、と思った。
 授業以外の学習環境を構築するために学生から徴収する学費を使ってもいいのだ。この考え方を持てたのがブレークスルーだったと副学長が語ってくれた。ラーニングコモンズの構想は2年間かけて担当部局が練りに練った案を大学当局がゴーサインを出したことで実現した。年間1億円規模の運転資金を投じているが、これはすべて学生を支援するものであり、多様なニーズを持つ学生の授業外の学習を支える重要な柱であると位置づけられている。学習支援専門スタッフを配置し、それを束ねるコーディネータを1階と2階に1人ずつ置き、関係部局との調整を図っている。一方、教員がラーニングコモンズに足を向けて、そこでのオフィスアワーやチュータリングを積極的に行うように支援する措置も抜かりない(教員のノルマの一部に充てるなど)。ラーニングコモンズで提供している支援を知り、また学生が単に怠け癖があるのではなくどこでつまずいているかに触れる機会を持つことで、教員の授業づくりにも良い影響を与えているという。これは立派なFD活動になっていると実感した。
4.チューター研修認定制度
 TCCでは、現在、CRLAが行っているチューター研修認定制度(レベル1)の申請を準備している。CRLA(College Reading & Learning Association)はその前身から数えると40年以上の歴史をもつ学会である。チューターの質を高める制度として各大学が行っている研修が一定の要件を満たしていることを証明する認定制度を設けており、米国を中心に5か国850の機関が認定を受けている。前回訪問したテキサスA&M大学やノースキャロライナ大学も認定機関にリストされており、我が国では2002年から名桜大学語学学習センターが認定機関として登録されている。
 施設づくりも大事ではあるが、そこで行われる活動の質を左右するのは、チューターの学習支援力である。せっかく来たのに満足な支援が受けられなかったら学生の利用は定着しない。逆に、チューターが答えを教えたり代わりに宿題をやってしまう行き過ぎがあったら自分で学習できる学生は育たない。また、学習内容に精通しているだけでは効果的なチュータリングはできない。
 良いチューターを確保するためには、チューターになるための専門的な研修が不可欠である。CRLAの認定を受けるためには、ガイドラインに従った事前研修だけでなく、チュータリングの見学、メンターによるモニタリングと評価・改善指導など様々な角度からチューターがチューターとしての職務を果たせる準備をし、また実際に果たしていることを確認する仕組みが求められている。
 事前研修の内容は多岐にわたる。例えば、テキサスA&M大学では、差別とハラスメント、倫理、詐欺・損傷・迷惑行為の報告についてのeラーニングモジュールを学習することから始まり、新任チューターには、倫理、チュータリングの定義と責任範囲、チュータリング基本ガイドライン、チュータリングでやるべきことと禁止事項、問題解決のモデリング、積極的傾聴と言い換えについて、丸一日かけて討議中心で学んでいく。継続者も交えて、スタディスキル、成人学習者・学習理論・学習スタイル、レファレンススキル、目標設定と計画についてもう一日かけて学ぶ研修が毎学期行われている。
 TCCではCRLA認定の研修を上級生によるピアチュータリングだけでなく、外部から雇用する四年制大学在学の上級生や大学院生、あるいは教歴を持つプロのチューターにも適用していくとのことであった。学習支援センターであれ、ラーニングコモンズであれ、支援活動の中核はチューターによって担われている。その活動の質を保証するためのメカニズムが学会において確立されており、互いに切磋琢磨して何とかこの支援活動を効果的なものにしていこうとする姿勢が見事だな、と思った。
 NADE(National Association for Developmental Education)が行っている学習支援センター認証制度には申請しないのか、と水を向けたところ、「まずは一番かなめのチューター研修の認定を受けることから着手した。一つずつ着実にやっていこうと思っている。NADEの制度では2年以上のベースラインデータを求められるが、それはすでに整っている。データで実績を確認しながら活動しているのでいつでも申請できる。申請するかどうかは今後考えていく」とのことであった。申請するにせよしないにせよ、TCCではNADEの枠組みを参照しながら、自分たちの活動の方向性を考えているのだな、と感じた。
5.おわりに
 NADEの認証制度では、①ミッションとゴール、②アセスメントと評価、③プログラム設計と活動、④プログラムの管理運営、⑤人的資源、⑥価値システムの各側面の複数項目を五段階で自己評価し、なぜその段階と評価するかのエビデンスを集めることが要求されている。さらに、不十分な項目について、どう改善するかのアクションプランを作り、その効果をベースラインデータと活動後のデータを比較して示さなければならない。
「評価主体としてデータに基づく決定ができる機関になり当局の信頼を勝ち得ることが大事です。そのためには、自組織の評価を他者にやらせて放置しないことです。評価活動で関係者を巻き込んで、自組織の活動を広報し、意見を聞き、味方を増やすことです。何を評価指標にすべきかを確認して、改善サイクルを回すことが重要なんです」前回訪問での全国大会プレワークショップで聞いたNADE担当者のこのメッセージが想起される。目標を定めてデータに基づく改善サイクルを自分たちで回していくというシステム的アプローチの意義がここでも重要視されていた。それが見事に実現されていることが、2つの大学訪問でも例証されていると思った。ユニバーサル化時代を迎えた我が国の大学においても、授業改善を目指すFDとの両輪として、単なる箱モノの整備を超えた授業以外の学習支援環境の構築に組織的に取り組む意義は大きい、と強く感じた。
(おわり)

(参考文献)
 河西由美子(2010)「自律と協同の学びを支える図書館(Part4)」山内祐平(編)「学びの空間が大学を変える」ボイックス、101仝