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withコロナ時代の進路指導
入試改革の混乱とコロナ禍は何をもたらしたか(上)

佼成学園女子中学高等学校教頭・学園統括進路指導部長 西村準吉

 今年度の大学入試が受験生にとって稀に見る過酷な状況であることについては言を俟たない。大学入試センター試験から大学入学共通テスト(以下共通テスト)への移行を始めとする様々な大変革に、新型コロナウイルス感染症の流行という未曾有の世界的パンデミックが重なり、入試目前になってもなお視界の曇りは晴れない。入試改革の混乱とコロナ禍による混迷はもともと別の次元の話ではあるが、両者が受験生に対して具体的にどのような影響を及ぼしたのかを考えるために、それぞれ主だったものを挙げて整理してみたい。
 入試改革については、英語外部試験の導入の混乱、共通テストの国語・数学の記述式導入の中止、e-portfolioによる多面的評価の頓挫などがある。一方コロナ禍は今年の受験生から様々な機会を奪ってしまった。2か月余りにおよぶ休校による学校生活、進路選択の機会となるオープンキャンパスや大学説明会への参加、模擬試験による学力把握や受験情報の入手機会、学校での進路指導や先輩の受験体験を聞く経験など、およそ一般的な受験生が通過する進路指導のイベントは今年に限ってはほとんど封じられてしまった。
 入試改革をめぐる混乱は関係当局の見通しの甘さにより制度設計当初の目論見が破綻し、中途半端な形で改革初年度を迎えることとなったが、コロナ禍がもたらした混迷はそれに拍車をかけた。本稿執筆現在、緊急事態宣言が発令されて共通テストの無事の実施さえも危ぶまれている。いずれにしても、受験生にとっては安心して受験勉強に取り組むことができない1年となった。このことの意味を探るために、ひとまず高等学校の立場から受験生の視点に立ってここ数年の大学入試を巡る状況を振り返ってみたい。
 ここ数年、入試改革を巡る混乱は世間を騒がせていたが、首都圏の高校の進路指導の現場においてはそれ以上に私立大学の入学定員厳格化の影響が大きかったという印象が強い。2016年に始まった大規模大学の入学定員超過率による補助金の削減という施策の影響に、大学が合格者を急激に絞り込んだため一般入試の難易度は数年で加速度的に上昇した。大学側は歩留まりが不透明で定員超過を招きやすい一般入試よりも、指定校推薦(学校選抜)やAO(総合選抜)などの入試によって早期に定員を確保することを優先し、一般入試では定員超過にならない最低限の合格者を出すに留まった。この状況に敏感に反応した受験生は安全策を採って指定校推薦になだれ込んだ。指定校推薦は大学と高校の信頼関係によって成り立つ制度であるため、校内選考を経て出願した受験生を大学が不合格にすることは稀である。
 2017年の入試において、都内の中堅私立大学のある学部は例年50名程度で推移していた指定校推薦に120名もの受験生が出願してきたが全員を合格させたため、結果として前年は1・7倍であった一般入試の倍率が8・2倍まで跳ね上がってしまった。大学側にとっては年内で定員充足に一定の見通しがたつ上に、一般入試は狭き門となり偏差値が上昇するという福音がもたらされる。一方、受験生は残されたわずかな定員枠を年明けの一般入試で奪い合い、実力相応の大学でも不合格の憂き目を見るというやりきれない状況を生んだ。
 この現象は首都圏の至る所で同じような展開を見せ、多くの受験生、そして保護者の心境に大きな影響を与えた。どれだけ勉強しても受からない、それならば志望大学のレベルを下げて安全策で合格を得たい。年内に進路が決まれば受験料や、場合によっては予備校にかかるお金が節約できる、そんな現実的な判断も働いたのかも知れない。
 かくして偏差値上位の私立大学は敬遠されるようになり、中堅と呼ばれる私立大学に志願者が殺到する事態が今なお続いている。意地の悪い見方をすれば、安心を得たい受験生、保護者と計算通りの定員確保をしたい大学の共犯関係に受験生が翻弄された格好である。
 一般入試が定員の厳格化により難化するのと並行して、各大学は2021年入試に合わせて「共通テスト」と「英語外部試験利用」にかかわる大がかりな入試変更を行っている。例えば上智大学はセンター試験には参加していなかったが、共通テストを利用する入試を新たに導入した。また、立教大学は個別日程を廃止し、全学部日程を複数日実施する形を採用した。従来は「過去問」の演習によって対策が可能だった大学が、共通テスト、英語外部試験、それに伴う他教科の傾向の変化にも対応しなければならなくなったという点で受験生の負担は大きい。
 こうした動きは果たして入試改革の理念にかなったものと言えるのだろうか。確かに「偏差値」が受験生にとって最も重要な指標であることは否めず、高校側もその基準に従って進路指導を行っている場合が多い。「早慶上」や「MARCH」と呼ばれる大学群も大学の成り立ちや学風とは無関係な偏差値帯によるまとまりに過ぎない。その意味では、入試方式の複線化は「脱偏差値」の第一歩であるという評価もできる。だが、入試対策をする受験生の視点に立てば、たとえば「共通テスト寄りの大学」と「従来型入試の大学」という分類による、入試傾向に合わせただけの進路選択が行われるようになるだけかもしれない。
 昨年、私立大学における入学定員の適正化はほぼ完了したと言われている。河合塾『第2回大学入試情報分析報告会分析資料』によれば、主な私立大学(44大学)の昨年度の入学定員充足率は99・9%であり、大学は既に新しい選抜の段階に入ったと言える。しかしそれは大学側の論理であり、受験生を置き去りにしているという点には注意を払う必要がある。
 適正な定員管理のもと、未来志向型の試験をすることに何の問題があるのか。受験生も高校側もそれに対応すべきであるという声も聞こえてきそうだ。それは一見もっともらしく聞こえるものの、進路指導の現場の重要な部分を見落としている。
 たとえば生徒が難化する一般選抜を敬遠し、「指定校推薦入試」を視野に入れて高校生活を送る場合、そこでの最大の評価基準は「評定平均値」となる。いきおい、生徒は目先の定期試験で高得点を取ることに血道を上げるようになり、部活動など課外活動の実績やボランティア活動でさえ推薦入試の材料として計量化する場合も出てきてしまう。それこそ推薦入試は、近視眼的で功利主義的な学校生活を招来するという意味で時代に逆行するような選抜方法とは言えまいか。入試改革が「1点刻み」の得点争いに終止符を打つべく段階的評価を求めてくる一方で、評定平均という0.1点刻みの点数を競うというメカニズムには大きなねじれを感じざるを得ない。
 筆者の勤務校では、こうした現状に歯止めをかけるべく今年度から中間試験を廃止し、新たな評価システムを導入した。教員側も知識の習得を重視した授業デザインを改める契機とし、生徒にも骨太な学びに向けた意識改革を促している。今後、総合選抜型入試のような多面的評価による手間暇をかけた選抜方式や、高校時代に積み重ねた実績と本人の適性を学校が保証して送り出す学校選抜型入試が中心になっていくとすれば、従来の知識偏重の学力観を転換するという意味ではここ数年が大きな分岐点となるはずだ。だからこそ、定員厳格化により大学が合格者を急激に絞り込んだことが受験生の不安を煽り、多様な進路にチャレンジする意欲を奪う結果となりつつあることが残念でならない。
 今年の受験生は、実は、コロナ禍以前に気勢を削がれていた。多彩で魅力的な選抜方式を大学が用意してくれる一方で、受験生は一般選抜や総合選抜型入試よりも学校選抜という安全な道に魅力を感じていたところにそれが表れている。明治以来の大改革と呼ばれる入試改革とコロナ禍という未曾有の状況の狭間で、受験生は夢や理想を追うのではなく、きわめて現実的な判断で自らの進路を決めているというところに根の深い問題が横たわっているのである。
(つづく)