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高校進路指導室の扉―新しい高大連携・接続に向けて―

withコロナ時代の進路指導
入試改革の混乱とコロナ禍は何をもたらしたか(下)

佼成学園女子中学高等学校教頭・学園統括進路指導部長 西村準吉

 1月7日夕刻、政府による緊急事態宣言が発令された。今回の措置では学校に一斉休校を要請せず、各種入試も感染症対策を講じた上で実施してほしいという文部科学大臣の談話も発表された。入試自体が何とか行われそうだからといって安堵している余裕はない。
 1月6日、東京外国語大学において「二次試験の英語の試験時間を150分から90分に変更」という突然の変更が発表された。感染症拡大の折、受験生の安全を配慮してのことだというが、長い期間準備を進めてきた志願者にとっては主たる科目の試験時間の大幅短縮という変更による精神的動揺は計り知れない。こうした変更がまだまだ発表される可能性もある。
 コロナ対応によって入試形態が突然変更されるのは今年度の総合選抜型入試でもしばしば見受けられた。
 面接のオンライン化はもとより二次試験でのグループディスカッションの廃止や、模擬授業受講後に小論文を書くという試験がオンライン動画を視聴して小論文を書きメールで提出するという方式に切り替えられた例もあった。募集要項自体を早期に変更する場合もあったが、選抜方式の変更が受験の数日前に告知されたり当日試験会場で告げられたりする場合もあったと聞く。志願者同士の条件は同じかも知れないが、グループディスカッションが面接に変更されることや、面接が小論文に代替されるのは、試験の形態と自分の適性を考慮して準備し志願してきた受験生の当惑を招いたことだろう。
 もちろん大学側としては受験生の安全や健康に最大限配慮しての措置であり、その原因が新型コロナウイルスである以上やむを得ない面もある。地方からの人の移動を抑制するという社会的責任に応えるという責務もあったかもしれない。しかしながら、高校においては6月以来対面授業を実施してきており、試験が行われる10月、11月には平常に近い形での教育活動を展開していたところがほとんどである。志願者人数のそれほど多くない総合型選抜型入試の選考方法が受験生にとって不本意な形で変更されるという事態をどうにか回避できなかったのであろうか。
 コロナ対応によって混乱したのは日程や選考方法変更だけではなく、オンライン入試のためのツールが複雑であったことも指摘しておきたい。Zoomのように今年一般的になったものは対応しやすかったが、大学によっては新たに特殊なシステムを採用したところもあった。大学としては唯一のシステムでも高校は大学ごと異なるシステムに対応しなければならない。しかもそれらは必ずしも使い勝手のいい仕様とは限らず、ソフトのインストールから接続テストなど、ICTリテラシーの高くない高校生にとっては敷居の高い準備が要求された。受験生の家庭の電波状況についても特段の配慮はなく、休日に進路指導部の教員や担任が学校に来て通信環境を整えたケースもあった。また、オンライン試験時間中に教員の立ち会いを義務づける大学もあり、同日に複数名の対応をしなければならない学校などはさぞかし苦労したことだろう。
 しかしながらこうした変化には歓迎すべき面も多々ある。今年は異例の事態ということで直前の変更に戸惑った面もあるが、オンライン面接などは今後のスタンダードになっていくことも予想され、潜在的可能性も感じる。感染症対策だけではない。遠隔地からの受験の諸経費がかからないことにより進路選択の幅が広がることや、オンラインシステムの進化による新しい選抜のあり方の開発にも期待がかかる。また、大学のオンライン授業が普及することで、特長ある学びができる地方の大学に首都圏から進学するという可能性も出てくるかも知れない。
 今年は混乱の裏側で、次なる時代への足場が築かれた年でもあったと言えよう。コロナ禍によって起こった変化の中で筆者が個人的に可能性を感じているのはGoogle Driveなどのプラットフォームを使っての添削指導である。受験学年担当の教員は夏休み頃から総合選抜型入試や学校選抜型入試の志望理由書や課題作文の添削指導を依頼されることが多いが、昨年度は手書きと活字(ワープロソフトかGoogleドキュメント)の割合が8:2程度であったが、今年度は逆の割合になったという印象がある。勤務校では全員iPadを所持していてGoogleのアカウントも付与されている恵まれたICT環境であるからかもしれないが、今後はこの形が一般的になっていくことが予想される。
 大学でも今年度はオンライン授業が行われ、課題の提出や日々の連絡・報告などは所定のプラットフォーム上で展開していたという。高校においてもこれまで遅々として進まなかった教育のICT化が春先からの休校措置によって大きく進歩したため、教員と生徒とのコミュニケーションや学びのあり方にも大きな変化が見られた。学校というローカルで閉じた空間に押し込められていた生徒が、汎用的なプラットフォームを通して新しい学びに目覚めたケースもあった。オンラインによる大学主催の公開講座には高校生にも門戸が開かれているものもあり、積極的に参加した生徒は最先端の学問に触れ、大いに知的興奮を覚えたようだった。
 また、これまでオープンキャンパスに足を運べなかった遠方の大学のHPには魅力的なコンテンツが次々にアップロードされるようになった。このような形は従来型の進路指導の中ではまだまだ例外的かもしれないけれども、新しい形で知の世界を覗き見る方法や、高校生と大学生、大学の先生がフラットに会話できる機会が目に見えて増えてきたのを実感する。
 近年の総合選抜型入試を見渡してみると高校における多様な学びを求めていることは確かである。かつてAO入試の志望理由書や課題作文といえば600字や800字程度の字数で型どおりに仕上げれば済むものが主流で、生徒の扱う情報量もそれほど多くはなかった。AO入試の先駆的存在である慶應義塾大学のように重厚感のある課題を課す大学はごくわずかであったが、近年では2000字や3000字の作文、複数にわたる志望理由や自己PRなど、かなりの分量のアウトプットが受験生に求められるようになってきた。
 今年、とある観光系の学部では受験生が旅行会社の社員になった想定で「ポスト・コロナの旅行プラン」のプレゼンテーションをするという課題が出されたが、従来型の学びだけでは到底歯が立たない選考方式と言える。このことは大学の学びの変容とも平仄が合っている。様々な情報を組み合わせながら多種のツールを用いて適切で魅力的なアウトプットに仕上げる能力が、大学生にも高校生にも必須になってきたということである。
 コロナ禍がもたらした副産物はまだある。意外に感じられるかもしれないが、それは真の意味での「高大接続」への視座である。入試の安定した運営に不安を抱えるようになった高校と大学は、今後、日頃から互いの交流を活発にして相互理解を図り、顔の見える関係になって独自の選抜方式を模索するようになっていくのではないだろうか。業者が大学の定員確保と高校のブランディングへの貢献という名目で「高大連携」を仲介するケースが少なくないと聞くが、本来は学びを通した連携を行い、それが入学後の研究にも繋がっていくというのが理想的な形であるはずだ。筆者の勤務校では問題意識を同じくする複数の大学とそうした本質的な連携の協議を行い、既に協定を結んだ大学もある。
 入試改革の混乱とコロナ禍は何をもたらしたか。
 緊急事態宣言下、まさに渦中にある現時点においては憶測を重ねるに過ぎないが、これまで述べてきたように必ずしも負の側面ばかりではない。大学入試史上、現在ほど選択肢の多様な入試が展開している時代はなく、高校と大学を結ぶ架け橋は虹のように多彩で豊かなのである。保護者も学校関係者もそのことを奇貨として、生徒が目の前の苦難に屈せずに、じっくりと自分にふさわしい針路の取り方を模索できる学校生活を見守っていきたいものである。そして大学には、不如意で先行き不透明な状況下であったとしても、高校生が学問の魅力を感じられる機会を何らかの形で提供し続けてほしいと切に願っている。
(おわり)