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特集・連載

高校進路指導室の扉―新しい高大連携・接続に向けて―

新時代の高大接続の萌芽
オンライン化は何をもたらしたのか(上)

麗澤瑞浪中学・高等学校教頭 松本兼太朗

コロナ禍と学校改革

 本校は岐阜県の南東部、東濃地方にある中高合わせて600名程度の小規模校であり、全校生徒のうち、約6割の生徒が寮生活を営む「寮のある学校」である。特に本校では寮を教育の場と位置づけ、人格の完成を目指した教育活動を実践している。
 本校は令和2年に創立60周年を迎えた。60周年を迎えるに当たり、様々な学校改革を進めていくはずだったが、その矢先に未曽有のコロナ禍に見舞われた。本来であれば改革に邁進すべきところを休校対応や感染防止対策など、従来とは異なる業務に追われる毎日であった。しかし、このコロナ禍によって、本校における様々な教育活動が、思い描いていた形とは異なるものの、見方によっては想定以上の形で進化・発展を遂げたのもまた事実である。
 スマホ持ち込み禁止の中学校・高等学校におけるオンライン授業の実際
 令和2年3月からの休校期間中に、本校では多くのオンライン型教育活動が導入されることとなった。しかし、コロナ禍以前の本校は、決してICT関連機器の整備状況が先進的であったわけではないし、今も先進校とは比ぶべくもない。一人一端末の所持どころか、校舎内ではスマートフォン等の端末の持ち込みが禁止されており、寮で生活している生徒もこれらの端末を利用できるのは週末の限られた時間のみ、中学寮生に至っては寮への持ち込み自体が禁じられている。今でこそ即座にオンライン授業への対応ができる機器を備えることができたものの、コロナ禍以前は授業においてICT機器やオンラインを活用した取り組みは、一部の先進的な部署・教員に限られたものとなっていた。
 昨年の臨時休校期間に、本校でも4月の段階で一部の授業でオンデマンドの映像配信を開始していた。ただしこれはあくまで「見られる環境にある人が見ればよい補助教材」という位置づけであり、部分的な取り組みに過ぎなかった。
 4月末になり、休校期間がさらに1か月延長されることになると、「生徒の学びを止めない」という新校長の大号令の下、全教職員、全生徒を対象にしたオンライン授業を実施する方針が打ち出された。「端末を持っていない生徒に不利益が生じる」「授業を配信すればWi-fi環境のない家庭とっては通信量が膨大なものになる」「教員の授業準備の負担が大きくなりすぎる」など、導入以前は全授業をオンライン化することを危惧する声もあった。しかし、学校改革において協力関係にあった株式会社ミエタの手厚い支援を受けつつ、使い古しの端末をかき集め、各家庭のネット環境を調査しながら、5月12日にオンライン授業を実現させる運びとなった。もちろん教員も生徒も手探りの取り組みであったため、「授業が分かりづらい」「先生が機器や機能を扱いきれていない」「視聴ストレスで肩や首、目が痛くなる」といった生徒の声に反映されるように、導入当初から万事がうまくいったわけではない。しかし、週ごとに生徒アンケートを実施し、課題を洗い出して授業内容や日課そのものの見直しを図ったり、授業運営のルールを設けたりして随時改善を加えていった。その結果、オンライン授業開始から2週間もすると教員、生徒ともに大きな違和感なく授業が進行できるようになっていた。6月に入り、分散登校や時差登校が実施されるようになると、一部の生徒は対面式で、そうでない生徒はオンラインで授業に参加する「ハイブリッド型授業」を展開するに至った。これらの期間の取り組みに関する生徒アンケートの回答も概ね前向きなものが多く、校外模試においても偏差値の大きな落ち込みは見られなかった。
 その他、コロナ禍に対する登校不安を抱える生徒にハイブリッド型授業で授業風景をオンタイムで配信したり、地域の感染状況を見ながら長期休暇後の始業の時期を遅らせ、その分をオンライン授業でカバーしたりと対面授業一辺倒では想像も出来なかった柔軟な対応が可能になった。コロナ禍により、本校全体のICTリテラシーが大幅に向上し、教員のICTスキルもわずか半年ほどで見違えるほど向上した。もちろん、対面型の授業を軽視するわけではないが、オンライン授業によって教員、引いては学校全体の柔軟性が増したのは間違いない。

学校活動のオンライン化

 一方、3月からの3か月間に及ぶ休校期間で、生徒たちが被った影響は学習進度や大学入試対策の遅れにとどまらない。学校行事の中止や規模縮小による自由な発想力、表現力や創造力を発揮する場の喪失、また外部講師を招いたり、実際に現地に赴いたりして進路意識を高める機会の著しい減少もその一部である。そのように失われたり減じたりした学びの機会を創出するために力を発揮したのも、オンラインによる様々な活動であった。
 手始めに行ったのが、希望者を対象にしたオンライン特別講義である。前述の株式会社ミエタの全面協力の下、社会の第一線で活躍する若手フロントランナー考案のワークショップ、講義を通じて今日的、また世界的な課題と向き合う機会を得ることができた。希望者のみの参加であった特別講義は好評を博し、学年単位、更には全校生徒を対象にした講演会やワークショップへと発展していった。これらの活動から刺激を受け、自らフロントランナーと連絡を取り、その活動に賛同して自ら行動を起こす生徒の姿もあった。また、地元瑞浪市の市民協働課による学習会の実施や大学主催のビジネスコンテストへの参加など、これまでは物理的な距離によって敬遠されてきた、学校外の企業や団体と協働した探究的な取り組みが次々に実現していった。岐阜県という決して地理的には恵まれていない環境の中にあっても、東京などの都市部在住の、更には世界を股にかけて活躍する社会人や大学生と気軽に交流できるようになることは、オンラインならではのメリットである。オンラインの活用が、教育の地域格差を是正する一助となることは疑いようがない。
 これだけ様々な取り組みが実施されるようになった今も校舎内は端末持ち込み禁止、中学寮生の端末所持は禁止、高校寮でも端末の利用は週末に限られている。しかし、現在の本校をICT後進校と捉える教職員は皆無であろう。ICT化の進度は端末の所持・不所持の問題ではなく、ICTリテラシーの有無にあると改めて実感している。

できることに目を向ける

 コロナ禍で失われた教育活動は無数に存在する。特に本校の場合は人間同士の密なコミュニケーションを下地とした生活の中で実践されていく寮教育が思うに任せないというのは、大いなる痛手である。しかし別の方面に目を向ければ、業務のスクラップが苦手とされる学校現場において通常業務や学校行事の一切を見直す機会を得ることができたのは事実である。特に本校にとってはICT化、外部に開かれた探究活動を促進する一助となったことも間違いない。
 オンライン化を実施した当初から、このような結果がもたらされると予測していたわけではなかった。しかし、失敗や不具合があることを前提に、できることに目を向けて生徒・教職員が一丸となって修正を繰り返しながら挑戦を続けたことに、本校の現在の姿があると実感している。
(つづく)