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特集・連載

高校進路指導室の扉―新しい高大連携・接続に向けて―

高校における進路指導の在り方
生徒の主体性を育むために何が必要か〈上〉

元群馬県公立高等学校教諭
国立教育政策研究所 教育課程調査官  飯塚秀彦

 筆者は、今年の3月末までの25年間、群馬県の公立高等学校、公立中学校、公立中等教育学校で教員をしており、そのほとんどでキャリア教育・進路指導に携わってきた。そのなかで筆者自身が見出した高等学校におけるキャリア教育・進路指導の問題点と、これまでの実践を通して考えた今後の高等学校におけるキャリア教育・進路指導の方向性について2回にわたって述べてみたい。

○いま、高等学校に求められていること

 高等学校では、令和4年度から年次進行で新しい学習指導要領による学校教育が展開される。この学習指導要領を読み解く上で重要なポイントの一つが「学校教育と社会とのつながり」ということである。たとえば、今回の学習指導要領の改訂では「社会に開かれた教育課程」という理念が打ち出されている。中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(以下、「答申」)によれば,「社会に開かれた教育課程」のポイントとして、次の3点が示されている。

① 社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち、教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと。

② これからの社会を創り出していく子供たちが、社会や世界に向き合い関わり合い、自らの人生を切り拓いていくために求められる資質・能力とは何かを、教育課程において明確化し育んでいくこと。

③ 教育課程の実施に当たって、地域の人的・物的資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし、学校教育を学校内に閉じずに、その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること。

 また,各教科・科目の「見方・考え方」というものが明確化され、各教科・科目それぞれの「見方・考え方」が示された。この「見方・考え方」は、「答申」によれば「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核をなすものとして、教科等の教育と社会をつなぐものである。子供たちが学習や人生において「見方・考え方」を自在に働かせられるようにすることにこそ、教員の専門性が発揮されることが求められる」(傍線、筆者)と説明されている。
 私たちは変化の激しい世界を生きている。多くの仕事が人工知能(AI)やロボットにより代替されるのではないかとの指摘もある。一度就職すれば退職まで働くというようなキャリアをイメージする人は、すでに多数派ではないかもしれないし、企業からも終身雇用を見直す動きがでてきている。翻って,現在高等学校で行われているキャリア教育・進路指導を,新しい学習指導要領の理念や世の中の趨勢と照らし合わせたとき,どのような問題点が浮かび上がってくるだろうか。

○学校の中だけで閉じたキャリア教育・進路指導

(1)どのようなキャリア観で指導しているか

 高等学校で行われているキャリア教育・進路指導の多くは、将来の職業(多くの場合、専門的な職業)を決め、そこから逆算して大学などの上級学校、学部や学科を決めるという形をとっているのではないだろうか。しかも、一度就職したら定年まで働くという終身雇用を、さらに言えば、結婚しても子供が生まれても関係なく正社員として働き続けるというかつての男性の働き方モデルを、高等学校のキャリア教育・進路指導は暗黙の前提としているのではないだろうか。しかし、大学へ進学した生徒は、大学卒業後に高校生のときに想定していた専門的な職業に就職するのではなく、多くの場合企業へ就職する。高等学校でも、企業への訪問やインターンシップなど行われているが、多くの場合企業での働き方(組織、キャリアパスなど)にはほとんど注意は払われず、仕事の内容(どのような商品を製造、販売しているか)に焦点があてられている。

(2)大学をどう見るか

 大学には、研究機関としての側面と教育機関としての側面の二つがあると考えられる。しかし、高等学校では研究機関としての側面が重視され、教育機関としての側面が軽視される傾向にある。確かに、面倒見のよい大学、学生が成長する大学など、教育機関としての側面に焦点が当てられたランキングや雑誌等の記事も目にはするが、高等学校で行われているキャリア教育・進路指導でそのことに焦点を当てた指導がどれくらい行われているだろうか。例えば、依然として学部・学科研究、つまり大学を調べる際に「何を学ぶか」には焦点を当てるものの、「何ができるようになるか」や「どのように学ぶか」にまで焦点が当てられることは少ないのではないか。このことは、上述したこととも関わるが、「何を学ぶか」と職業を一対一対応的に結びつける考え方が背景にあると考えられる。この考え方は、美術系への進学を希望している生徒に対する否定的な指導として、例えば「画家として食べていけるのはごく一部である」というような指導としてあらわれる。実際には、美術系の大学を卒業し企業へ就職する学生は少なくないし、企業からのニーズも決して小さくないはずだが、実際の指導の場面では全く考慮されていない場合が多い。

(3)主体性を身に付けられているか

 高等学校では、生徒が自身の成長の糧となる教育機会や教育資源を自ら獲得できるようにするための機会をどれほど設定できているであろうか。このようなことを考えるきっかけとなったのが、ベネッセ総合教育研究所「第3回大学生の学習・生活実態調査報告書[2016年]」(以下、「報告書」)である。この「報告書」によれば、「教員が知識・技術を教える講義形式の授業が多いほうがよい」と「学生が自分で調べて発表する演習形式の授業が多いほうがよい」のどちらの考え方に近いかを問うた結果を見ると、前者と回答した学生の割合は2008年、2012年、2016年の各調査年のいずれにおいても8割前後であった。一方、高校時代の探究学習の経験の「多かった群」と「少なかった群」の大学の授業への取り組み方を比較した結果では、「授業で興味をもったことについて自主的に学習する」、「グループワークやディスカッションで自分の意見を言う」など、学習意欲、グループワークやディスカッションへの取組み、自主的な学習などをたずねる項目において「とても+まああてはまる」と回答した割合は、「多かった群」の方が「少なかった群」よりも20ポイント前後高い結果であった。この調査結果は、高等学校で指導にあたっている教員こそ、深刻に受け止めなければならないのではないか。
 「答申」では、上述した「社会に開かれた教育課程」とともに、これまでの教育課程の構成が「何を学ぶか」に重点が置かれていたものを、「何ができるようになるか」、「どのように学ぶか」までを意識した指導を求めている。このことは、教科・科目の指導だけではなく、当然のことながら、キャリア教育・進路指導においても同様である。では、今後の高等学校におけるキャリア教育・進路指導をどのように改善すべきかについて、次回、これまでの実践を踏まえ考えてみたい。

(つづく)