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高めよ 深めよ 大学広報力

〈69〉高めよ 深めよ 大学広報力 こうやって変革した65
 きめ細かな高校訪問
 受験者が大幅増加 「入試改革」も毎年実施 
 都留文科大学

 少子化で、どこの大学も受験生確保に苦しんでいる。そうしたなか、学生数3~4000人規模の大学の今年度入試で、受験生が前年を1000人近く上回った大学がある。都留文科大学(今谷 明学長、山梨県都留市)と高崎経済大学(吉田俊幸学長、群馬県高崎市)の二つの公立大学。不況により国公立に受験生がシフト、地元志向が強まったのが要因といわれるが、それだけではなさそうなのだ。二つの大学とも、地元の志願者は1割から2割と多くはない。就職は、都留文科大は教員、高崎経済大は地方の金融機関などに強い、というように機能別分化も進む。市の補助のある公立大学だからできるなどと羨望することなかれ。私立大学にとって参考になることはないだろうか、そんな思いで二つの大学を訪ねた。最初は、都留文科大学。(文中敬称略)

地元出身は約10% 教職に強い全国区大学

 都留文科大学は、1953年、山梨県立臨時教員養成所として発足、55年、都留市立都留短期大学に、60年に4年制の市立都留文科大学になった。09年、公立大学法人へ移行。4年制移行時は初等教育学科、国文学科の2学科だった。
 63年に英文学科を設置。長らく3学科体制だったが、社会の変化に対応、87年に社会学科、93年に比較文化学科を増設した。現在は文学部1学部、5学科、大学院5専攻に、約3000人の学生が学ぶ。
 都留市は、人口約3万3000人の地方小都市。中心部の谷村地区は、江戸時代に谷村興譲館という学校が設立されるなど、教育・文化を重視する風土があった。大学設置にも市民の力が働いた。
 その一方で、「全国区大学」といわれる。学生の出身地は地元都留市が約1%程度、山梨県に広げても約10%。残りの90%近くは他の都道府県の学生。学生の九割近くは都留市内に下宿。市民の11人に一人が都留文科大の学生になる。
 総務課長の相川 泰が説明する。「地方小都市の都留市が大学運営をしてきたというのが特徴です。大学運営には苦労があり、60年代終わりには県立移管が浮上。70年代初めには国立移管も取り沙汰されました。現在、市は『教育首都』を打ち出し、大学を政策の柱と位置付けています」
 公立大学では、唯一の教員養成系大学で、これまで多くの教員を全国に輩出。とりわけ創設以来、小学校教員養成に力を注いできた。民主党の輿石 東参院議員会長も卒業生の一人。
 卒業生に教員が多い点を、相川が語る。「50年代後半に全国の国立大学が2年制の教員養成課程を廃止、4年制に一本化し始めました。これにより、2年間で教員資格が取れる本学に北海道から沖縄県まで全国から学生が集まりました」
 相川の繰り返す「本学は全国区の大学」が不動になったのは、4年制移行直後の61年3月の入学試験から全国の大学に先駆けて、全国各都市に試験会場を設けて実施した地方試験だった。
 企画広報担当の深澤祥邦が話す。「地方試験の実施は、当時の国公立大学はもちろん、私立大学を含めても類をみないものでした。公立大学は国立大学と入試が別日程であったこともあり、地方試験導入により、本学は『教員志望者が、地元の国立大学の次に志望する大学』になりました」
 現在、推薦入試と一般入試を実施、一般入試は国立大学と同じ「前期日程」と公立大学独自の「公立大学中期日程」の分離・分割方式。2010年度の試験会場は、推薦入試が全国15都市、一般入試が全国12都市で行われた。
 教員をめざす学生に、どういう教育が行われているのか。深澤が語る。「教員一人に対して学生33.5人で、きめ細かな指導ができ、深い信頼関係も作れます。学生を市内の小中学校に派遣して実際の教育現場で学習支援を行うSAT(学生アシスタントティーチャー事業)など特色ある教員養成プログラムも成果を上げています」
 卒業生約2万7000人のうち1万人以上が全国で教職に就く「教員分布も全国区で、地元重視の国立大学とは競合しません。卒業生が、大学へ来て模擬面接の指導をしたり、学生が田舎に帰ったとき現地で相談に乗るなど就職支援しています」(相川)
 現在、教員採用は最盛期(70~80年代前半)に比べ少ないが、08年度卒業生の進路決定者のうち教員は27%で、公務員は4%、企業は57%。近年はNGO、NPOなどにも進出。90%近くが県外出身者ということもあり、卒業後、多くが地元に戻るという。
 地域に根ざした大学でありながらグローバル化にも熱心で、海外語学研修や学外交流は増えている。他大学との学生交流では、高崎経済大学との間でスポーツ交流戦「鶴鷹祭」(かくようさい:都留=鶴、高崎=鷹)は隔年で会場を変えて盛大に行われている。
 広報体制を聞いた。「法人化によって広報は若干強化され、インターネットでの広報にも力を入れています。大学案内は、3、4年ごとにリニューアル、読み手の高校生にわかりやすくするため、ここ数年はビジュアル化しています」と深澤。
 こう続けた。「これまで通り足を使った(入試)広報は続けたい。高校から『大学説明会に来てほしい』といわれれば、全国どこへでも飛んで行きます。新宿から80分と近いのに、市の知名度がないので、市の知名度も全国区にしたい」
 さて、私立大学にとって参考になることだが、受験生は08年4413人、09年4587人、10年には5454人と前年比867人も増えた。深澤は「受験生の国公立志向が強まったことも影響しているが…」としながら、こう述べた。
 「地方会場入試は、沖縄では返還前から実施するなど全国で定着。これに沿って、入試会場周辺の400もの高校を教職員が手分けして訪問して本学の良さを訴えています。受験の決め手は先生で、OBの先生が多いのは有難い。県内と全国でも受験生の多い高校は、PRとフォローアップで年に二度訪問します」
 こうした地道な高校訪問が受験生増に結びついた一因かもしれない。それだけなのか、と相川に突っ込むと、応えた。「入試改革は高校生や高校側のニーズを聞いて毎年のように行っています。AO入試を実施したり、来年度はセンター試験を利用した推薦入試を取り入れ、併願の受験生を増やしたい」
 相川が最後に語る。「今後とも、学生の粒を揃える、つまり同じ方向性を持った学生を集めるにはどうすればいいか、を念頭において、やっていきたい」。都留文科大は有利な現状に安住することなく受験生を増やす不断の努力を怠たっていない。