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特集・連載

教育工学とFD

<終>学習支援の“個別化”も可能に
ログを通じて学習行動を分析
九州大学  山田政寛

高等教育において、教育の情報化が進み、学習管理システムの利用が広がっている。大学によっては、入学時に学生にラップトップ端末の購入を課し、授業で利用するBring Own Your Device(BYOD)の導入を行っており、学習管理システムを中心として、授業にICTを積極的に導入している。

教育にICTを導入することで、インターネット上の教育リソースを扱うことができることや、授業資料や課題提出管理がしやすくなる、ディスカッションボードを設定して、授業外でも議論ができる環境を構築することができるといった点に目が行きがちであるが、教育にICTを導入することの大きなメリットは、学習者による学習活動記録、つまりログが蓄積されることにある。少人数の授業であれば、学習者の学習活動は目視で確認できるものの、30名、40名、50名...100名を越えてくると、目視では限界はある。また、どのような順番で、どのくらい時間をかけてデジタル教材を見ているのかといった学習プロセスや授業外の活動についてもログが蓄積され、分析することで授業の改善や学習支援の参考にすることができる。このような研究分野をラーニングアナリティクスといい、近年、Learning Analytics and Knowledgeといったラーニングアナリティクス専門の国際会議が開催されるなど、世界的に注目されている。

通常、学習管理システムに蓄積されたログの分析というと、システムのエラーなど異常検知のために使われることが主流であり、大量にある通常の操作ログについては読み流すことが多かった。しかし、ラーニングアナリティクス研究は、通常の操作ログも含めて分析することで、学習者の学習行動の特徴を分析し、授業の改善や学習支援を様々なアプローチで試みるのである。

これまで授業改善を行うために、授業評価アンケートや成績データを分析し、その結果に基づいて行うことが多かった。この方法は、学習者の授業に対する心的な状況(授業の雰囲気や満足度など)や学習活動のアウトプットの評価、成績のばらつきを評価することは可能であるが、実際に学習者がいつ、どのような教育リソースに対して、どういう操作を行ったのかといった学習活動まで評価することはできない。ラーニングアナリティクスでは、学習活動まで含めて分析を行う。ラーニングアナリティクスによって、たとえば成績不良になりそうな学習者を推定することや、授業前に宿題の取り組みや理解の状態を把握し、授業の流れを変えるといった、柔軟性のある授業設計も可能となる。

事例を紹介する。海外では、ミシガン大学(University of Michigan)DigitalInnovation Greenhouse(DIG)は注目すべき事例の一つであろう。ミシガン大学DIGは個別化(Personalization)をキーワードにした教育改善のためのソフトウェアをデザインし、開発するプロジェクトである。開発されたソフトウェアを用いて、授業や学習支援を展開している。たとえば、どういう学部の学生が受講し、どういう成績を収めているかなど、教育の様々なデータを可視化するツールAcademic Reporting Tool 2.0、ピアレビューを通じた論理的文書作成支援ツールM-Writeといった学習支援ツールの開発を行い、実際に授業に利用している。DIGでは科目群(化学など)でチームを形成し、ラーニングアナリティクスが可能となるツールを開発・利用・評価も行っている。そのチームで、DIGで行う研究グラント獲得も積極的に推進している、教育と研究が連動した注目すべきラーニングアナリティクスのプロジェクトである。詳しくはミシガン大学のDIGサイトを参照してもらいたい。

国内の先端事例として、九州大学が挙げられる。九州大学では2013年4月よりBYODを、2014年4月に新しい教養教育プログラムである基幹教育をスタートさせた。同年10月には九州大学の学習支援システム群である"M2B(みつば)システム"を稼動させた。M2Bシステムとは、学習管理システムであるMoodle、eポートフォリオシステム"Mahara"、そしてデジタル教科書配信・閲覧システム"BookRoll"の頭文字を合わせた総称である。BookRollは九州大学が独自に開発を行ったシステムであり、デジタル教科書を閲覧することができる他、ブックマーク、メモ、マーカーを付けることができる。スマートフォンでも利用可能である。

2016年2月にはM2Bシステムに蓄積された学習ログやさまざまな学習に関するデータ分析研究、その分析に活用するためのツール開発研究を行うラーニングアナリティクスセンターが基幹教育院配下に設置された。ラーニングアナリティクスを専門とするセンターは日本の大学では初である。2014年10月から2017年8月までに約4000万件のログが蓄積されている。これらのデータを活用し、ラーニングアナリティクスに基づいた学習支援ツールの開発と利用を行っている。数多くのラーニングアナリティクスのためのツール開発がされているが、たとえば、Moodle、Mahara、BookRoll上での活動状況を、授業全体平均と個人別に可視化するアクティブラーナーダッシュボードをMoodleのプラグインとして開発し、教員・学生双方へ提供しており、学習状況の把握に役立てている。ラーニングアナリティクスには"Learning analytics at risk"という研究分野があるが、本学においても、出席状況、小テストのスコアなどの情報から、その授業の最終GPを推定するMoodleプラグインを開発し、試行的に利用されている。このプラグインによって、成績が悪くなる予兆を推定することで、その予兆を見せた学習者への学習支援を早めに検討することが可能となる。またBookRollにて学習者によって引かれたマーカー集約ツールを開発し、学習者がどこにどういう色のマーカーを引いているのか把握することが可能である。たとえば、授業開始一週間前に授業資料をあらかじめ公開しておき、学習者に予習の段階でわからない箇所にマーカーを引いてくることを指示することで、事前に学習者がわからないところを把握することができ、授業で重点的に説明すべきところがわかる。このことで、学習者の事前学習の状況に応じて、適応的に授業を運営することが可能となる。

他にもeポートフォリオに蓄積された日誌の内容を分析し、どう書かれているか内容の傾向を分析するツールも通常利用可能となっている。これらの分析結果をレポートとして教員にフィードバックもしている。このレポートを情報系の科目群では、FDに利用されており、デジタル教科書の内容改善に活用されている。

近年、高等教育だけではなく、初等中等教育でも能動的な学習(アクティブラーニング)の推進が行われているが、ICTを活用することで、授業形態そのものを変えるという観点だけではなく、講義型授業であっても、学習者がアクティブになる点はどこかを把握する手段としてラーニングアナリティクスは有用な知見を提供するのである。

ラーニングアナリティクスは、その名前を冠するというレベルにおいては、研究分野としてはまだ日が浅いが、情報工学研究の発展によって、その知見の蓄積は急速に進むものと思われる。最近では、グループ学習の分析として、センサーネットワークを活用し、対面の教室空間における学習者の動きを捉える研究もされている。

ウェアラブルデバイスも広まってきている現在では、センサーネットワークを使ったラーニングアナリティクスが通常の技術として使われる日も近いかもしれない。

そうなると、ICTと対面両方の学習活動を客観的に評価することができ、ますます教育実践の発展に寄与することができる。今後も教育工学が中心となる学際研究領域として注目してもらいたい。