加盟大学専用サイト

特集・連載

教育工学とFD

<3>大学改革に活用される教育工学
学会開催のFD研修会も盛況
東京工業大学  渡辺雄貴

連載「教育工学とFD」、今回はその3回目。「教育工学とFD」について、大学を取り巻く環境の変化と教育工学会FD特別委員、SIG(Special Interest Group)委員としてのFDの取り組みと、また教育工学者としての実際の大学内でのFDの取り組みについて、その両面から書いてみたい。

(大学を取り巻く環境の変化と教育工学)FD(Faculty Development)は、その名の通り、大学教員団の専門性の開発であり、教授法開発、個人的能力開発、カリキュラム開発、組織開発など多岐にわたる。特に複雑化した現代社会の大学においては、その人材開発も多様化していると言える。日本の大学において、その教授法開発として授業改善活動がFDとして議論されるようになったのは、1991年の大学設置基準の大綱化の基になった大学審議会答申「大学教育の改善について」である。それ以来、1999年には、大学設置基準において「授業の内容及び方法の改善を図るための組織的な研修及び研究」と定義された上で努力義務化され、次いで2008年に実施が義務化された。こうした時代の流れの中で、政策や、社会からの期待・要請から大学教育は教育改善を迫られてきている。

一方、教員側はどうだろうか。一般的には、大学教員になるためには教職課程も教育実習もない。今まで教育は、KKD(勘・経験・度胸)のようなものとして、各教員の経験に依存している部分が大きかった。「教育は再生産される」という言葉がある。授業を行おうとしたとき、自らが習ったように教えるのが、教員にとっては負担が少ない。しかし、学生は、当時の教員自身とは違うのである。こうした流れから、一部研究大学では、プレFDとして大学院博士後期課程に教授法開発を目的としたプログラムを用意しているところもある。

坂元は教育工学という学問分野の定義は、その日本における黎明期において、「教育におけるあらゆる名人芸を分析し、その秘密を明らかにし、分析された構成要素を工学的に究明して実践に移そうとする。それによって名人芸を万人のものにすると同時に、名人芸自体の改善、向上を狙うものである」としている。そこから時間が過ぎ、確立期においても、「教育改善のための理論、方法、環境設定に関する研究開発を行い、実践に貢献する学際的な研究領域であり、教育の効果あるいは効率を高めるためのさまざまな工夫を具体的に実現し、成果を上げる技術を、開発し、体系化する学である」とあるように、教育改善を、いかに行っていくかについて、さまざまな知見をもとに行ってきたと言える。

このように教育工学においては、時代とともにテーマを移しながらも、実践を重要視し、工学的な観点に立ち、実際の教育に役立つ手法やシステムなどを用いて教育改善を行ってきたことからも、FDとの親和性は高い。年に一度開催される、日本教育工学会全国大会は、1000人近い参加者があるが、その大会においても、近年、大学教育に関する発表の増加が見られ、より関心の高まりが窺える。そこで、教育工学会では2009年にFD特別委員会を設置し、学会に蓄積される知見をもとに、学会の内外の大学教員を対象に、授業改善を目的としたセミナーを開催し、その後FD特別委員会は発展的に解消され、2014年、現代的教育課題に対するSIGにおいて、高等教育・FDを扱うSIGを立ち上げ、精力的に活動を行ってきた。

(学会活動としてのFD活動)教育工学の一分野に、授業設計(Instructional Design、インストラクショナルデザイン:以後ID)がある。IDは、授業をシステム的に捉え、授業の効果、効率、魅力を高めるためには、どのようなことが必要かを議論する分野である。効果とは、学習到達度の向上を意味している。効率とは、費用対効果を高めることを示している。費用だけではなく、学生や教員にとっても効率が良いことが望まれるため、学生にとっての学習時間の短縮や、教員にとって授業の都度、教材を作成するのではなく、過去の教材の利活用も含まれる。魅力とは、学習意欲の調節である。

こうした概念を用いながら、「授業の再生産」を打ち切り、学習者を中心に捉え、どのような授業をデザインするか。それが、授業改善に繋がると考え、2012年から「大学教員のためのFD研修会 大学授業デザインの方法―一コマの授業からシラバスまで―」というワークショップ形式の研修会を年1回開催している。講師は、日本におけるID研究の第一人者である、鈴木克明氏(熊本大学教授システム学専攻専攻長、現日本教育工学会会長)に引き受けていただいた。セミナーは、教育工学やIDに対する研究知見を学ぶだけではなく、その基礎概念を応用し、自らの授業についての改善アイディアを具体化することを目的にした。授業を作る、行う、改善するのスキルを身につけるとともに、基本的概念の確認は、事前の動画視聴により行い、当日はワークショップ形式で参加者同士がコミュニケーションを取りながら、互いの授業の前提や問題を共有し、改善に向かっていくという内容になっている。新たな授業方法である、反転授業や、アクティブラーニングの手法も取り入れ、新たな授業方法の体験も兼ねている。受講後にレポート課題を提出することによって、日本教育工学会から認定証が送られる。

なお、このセミナーについての詳細は、教育工学選書「大学授業改善とインストラクショナルデザイン」としてまとめられている。この授業改善・授業設計の具体的内容については、次回の「授業改善・授業設計」で詳細な説明があるかと思う。

(大学でのFD活動)大学でのFD活動は、大学としての取り組み(マクロ)と、教員個人の取り組み(ミクロ)と大別できる。マクロの取り組みとしては、FD機能を持ったセンターや委員会を設置し、授業改善を目的としたアンケート調査を個々の授業で実施したり、その結果をフィードバックしたり。カリキュラムを見直したり、セミナーを企画したりと、授業に関わる、大学の方針を具体化することがミッションとなる。東京工業大学では、「将来、科学・技術の力で世界に貢献するため、学生が自ら学び、鍛錬する"志"を育てたい」という三島良直学長の号令によって、2016年から教育改革を行い、専門分野だけでなく、「人や文化を理解する人文社会系の教養」や「世界中の人達と対話する異文化コミュニケーション力」を身に付けた人材を目指すべく、大学のシステムやカリキュラムを大きく刷新した。それに先立ち2015年4月に、教育能力開発、教育学習環境開発、教育の質保証などの実践や研究開発をする組織として、教育革新センター(Center for Innovative Teaching and Learning:以下CITL)を設置した。同ミッションを持った諸外国のセンターでは、Center for Teaching and Learningと名付けるところが多く、CTLと呼ばれている。これに倣いながらも、教育は創造的で革新的であるべきであるという、初代センター長松澤昭教授の思いから、後発ながらInnovativeを入れている。CITLでは、日本教育工学会のセミナーを例に、教授・准教授を対象に授業設計を目的としつつも、東工大のカリキュラムや学生観など特有の前提条件を加えたセミナーを月1回開催している。開設初年次からの2年間で約400名の受講者があった。また、主に助教を対象に「初めて授業を担当する」ための授業観の構築、シラバスを書くことなどを目的としたセミナーも昨年度から開催し、1年間で90名の参加があった。

このように、教育工学的思考をもって、大学教育を捉えることは、他分野の研究者にも新しい視座や共通言語が増えていくことになると信じ、日々活動を行っている。