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特集・連載

教育工学とFD

<1>教育・学習目的を考えた設計・運用を
評価を“あり方”検討に繋げる
京都外国語大学  村上正行

各大学の現場では教職員が試行錯誤をしながら、様々な教育実践を行っているが、教育の理論的背景を持ち合わせておらず、いわば、勘や経験に基づいて行われ続けているとも言える。このたびは、教育工学の専門家に、教育実践現場で役に立つ教育工学の基礎的知識について5回にわたり執筆してもらった

近年、大学教育において話題になっているテーマを取り上げて教育工学研究者が紹介する「教育工学とFD」を5回にわたり連載させていただくことになった。

連載を始めるにあたり、まずは教育工学という研究分野について簡単に紹介したい。『教育工学辞典』(2000)では、教育工学は「教育改善のための理論、方法、環境設定に関する研究開発を行い、実践に貢献する学際的な研究分野であり、教育の効果あるいは効率を高めるための様々な工夫を具体的に実現し、成果を上げる技術を、開発し、体系化する学である」と定義されている。日本教育工学会の元会長である永野和男先生が教育工学選書『教育工学とはどんな学問か』(2012)の"はじめに"において「教育工学を短絡的に、教育の機械化あるいは機械を使った教育の方法を研究する学問であると誤解してしまう人は多い」と指摘している。このように教育工学はコンピュータや技術を使った教育だけを対象にしているのではなく、教育の効果や効率を高めるための方法や技術を研究する学問であり、教育現場に研究で得られた知見を広く普及させ、活用してもらうことが大きな目的の一つである。本連載を通して、読者の皆様に有用な知見を提供したいと考えている。

第1回で、取り上げるテーマは「ラーニング・コモンズ」である。ラーニング・コモンズは「学修支援サービス、情報資源、設備を総合的にワンストップで提供する学修空間」と定義されている(呑海ら 2011)。文科省が毎年実施している「大学における教育内容等の改革状況について」においても、2011年から「ラーニング・コモンズの整備・活用」が調査項目に追加されており、ラーニング・コモンズを整備・活用していると回答した大学は、2011年に33.9%、2014年に55.6%と増えてきている。

このように近年、急速に普及している感のあるラーニング・コモンズであるが、その背景の一つとして2012年に文部科学省中央教育審議会から出された答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(質的転換答申)がある。この答申では「このような時代にあって、若者や学生の「生涯学び続け、どんな環境においても"答えのない問題"に最善解を導くことができる能力」を育成することが、大学教育の直面する大きな目標となる」とあり、「このような学士課程教育の質的転換の前提として、学生に、授業時間にとどまらず授業のための事前の準備や事後の展開などの主体的な学びに要する時間を含め、十分な総学修時間の確保を促すことが重要である。」と指摘されている。この答申によって大学教育の変革が推し進められたと言えるが、その一つとして、大学において授業外学習や正課外学習ができる学習環境を整備することが必要になってきている、と言える。

このような大学におけるラーニング・コモンズの急速な普及に伴い、教室外の学習環境としてのラーニング・コモンズを実際にどのように設計、運用していくか、それぞれの大学の特性を踏まえて考えていくことが重要であり、その情報を共有していくことも大事である。

学習環境の設計においては、なにより学生の学習を中心に考える必要があるが、教育工学の分野においては、以前から学習環境デザインに関する研究の蓄積がある。美馬のゆり先生・山内祐平先生の『「未来の学び」をデザインする ―空間・活動・共同体』(2005)は、"学習環境をどうデザインするか?"ということを、空間・活動・共同体という3つの側面から説明しており、大変読みやすく書かれている。また、山内祐平先生編集の『学びの空間が大学を変える』(2010)は、ラーニングスタジオ、ラーニング・コモンズ、コミュニケーションスペースという3つの新しい学びの空間について事例を紹介しながら解説している。この2冊は、現在のラーニング・コモンズを考える上で大変参考になる書籍である。

ラーニング・コモンズの設計、運用を考える際には、教育・学習目的や想定される学習活動をしっかり考えておくことが重要である。これは、設置する大学の状況、運用体制、所管部署によっても異なってくる。例えば、京都産業大学雄飛館ラーニング・コモンズでは、授業外学習の支援、促進に加えて、FD活動の一環として、教員に対する支援も展開しており、一部の授業を雄飛館で実施することもある。対して、関西学院大学神戸三田キャンパスアカデミックコモンズでは、授業外学習に加え、正課外学習の支援を積極的に行っており、アカデミックコモンズ・プロジェクトを実施している。このプロジェクトでは、学生が自分たちの掲げた授業外の活動を通して、コミュニケーション能力や課題解決力の向上、リーダーシップの育成、企画・提案力の発揮など社会で必要とされる能力を身につける事を目指している。

また、学習目的を明確に定めた上で空間設計を行っている場合もある。例えば、広島経済大学アカデミック・コモンズ「明徳館」では、10階建てでフロアごとに目的が異なっており、2~4階がスチューデントコモンズとなっている。ここでは、経済学部の特徴にあわせた学習支援を目的として、すべてのゼミに対して、年間を通して利用できるゼミごとのスペースが準備されているのが特徴的である。また、京都外国語大学では、自律的な学習者の育成を目的として、外国語自律学習支援室NINJAを設立し、アドバイジングエリア、コラボレーションエリア、ラーニングエリアを準備して、外国語学習の支援を行っている。

ラーニング・コモンズを運用していけば、当然、その評価について考えることも必要になってくる。評価観点としては、コモンズの利用状況、学生の学習成果などさまざま考えられる。ラーニング・コモンズの利用状況に関する調査研究として、東北学院大学ラーニング・コモンズ「コラトリエ」についての調査研究がある。開設後の半年間の利用状況に対して、入退室ゲートの記録、施設予約記録、観察調査から、ラーニング・コモンズの利用状況を分析している(嶋田ほか 2017)。施設予約記録から、予約利用の約85%が自主的な学習を目的とした利用であったこと、1日の平均利用時間は3.27時間であり、図書館やコンピュータ室等の他の学内の自習スペースの平均利用時間(0.57時間)に比べ非常に長かったこと、オープンなスペースより個室等の仕切られたスペースの利用時間が長いことが分かった。観察調査からは少人数のグループ利用が六割、個人利用が四割であったこと、約半数の利用者がPCを利用していたこと、資料作成や話し合いの利用行動が多かったことなどを明らかにしている。これらの結果を踏まえて、学習支援のあり方の検討へとつなげている。

また、ラーニング・コモンズにおける学習プロセスの評価に関する研究として、正課外の学習活動に参加する学生を対象に、その活動への参加プロセスがどのようなものだったのか、ラーニング・コモンズに配置された物理的あるいは人的なリソースが学生の活動への参加にどのように関与していたのか、について調査、分析した研究も行われている(山本ら 2017)。

また、ラーニング・コモンズの運用に関わる教職員の情報共有の場として、筆者らが発起人となり「関西ラーニング・コモンズ担当者ネットワーク」を2015年6月に発足している。目的を「ラーニング・コモンズの普及とともに増えてきた大学・短大における学習支援担当教職員の実践知を共有し、交流することを目的とした緩やかな人的ネットワークの形成」とし、ラーニング・コモンズに関わる大学教職員のコミュニティを形成することを目指している。2017年8月現在で、24大学59名が登録しており、メーリングリスト、Facebook非公開グループによる情報共有、3か月に1回程度の研究会を実施している。研究会は、参加者メンバーが所属している大学が持ち回りで会場を担当し、ラーニング・コモンズの見学、会場校からの話題提供、グループ議論という内容で行っている。他大学のラーニング・コモンズをゆっくり見学する機会のない教職員にとって、実際に見学しながら設計、運用について議論、情報共有できるいい機会になっている。現在、参加者を関西に限定していないので、ご興味がある方は村上までご連絡いただきたい。

ラーニング・コモンズに関する研究はまだ緒についたばかりではあるが、教育工学の分野としても、これからさまざまな研究を行い、教育現場に対して有用な知見を提供できるようにしていきたい。