加盟大学専用サイト

特集・連載

高等教育の明日 われら大学人

<72>体臭チェッカーを開発 大阪工業大学客員教授
大松 繁さん

クンクン ボディ 加齢臭など、かぎ分ける
知的信号処理を研究  臭いを測定、スマホで確認

加齢臭なんて、ミドルには有り難くない言葉が飛び交っている。体臭を気にする男女が増え、体臭を消す消臭剤も売れているとか。大阪工業大学システムデザイン工学科客員教授の大松 繁さんは、コニカミノルタ(株)と体臭チェッカーの「クンクン ボディ」を共同開発。3種類の体臭をかぎ分けて、スマートフォンで結果をすぐに確認できる。臭いを測定しレベル付けできる技術は世界初という優れもの。大松さんは、大学では、制御工学、ディジタル信号処理などを教え、画像、音響、嗅覚という三感の信号処理を人間の脳の情報処理を模倣したニューラルネットワーク(神経回路網=脳機能に見られるいくつかの特性を計算機上のシミュレーションによって表現することを目指した数式モデル)をベースに研究を進めている。大松さんに、「クンクン ボディ」の開発の経緯、ご自身の歩み、これからについて尋ねた。

「クンクン ボディ」は、手のひらサイズで重さ約100グラム。センサーとスマホ用アプリケーションで構成し、頭や耳の後ろ、わきの下、足のニオイを測定することができる。測定したい箇所にセンサーを近づけ、約20秒かざすと?

「汗臭、ミドル脂臭、加齢臭の強さが10段階でスマホの画面に表示されます。三つの臭いを総合した臭いレベルも100段階で表示され、レベルによってニオイ対策が必要かどうかの判断ができます」。近く一般発売される。

大松さんは、1946年、愛媛県伊予郡中山町に生まれた。「いまは過疎地ですが、当時、小学校の生徒は学年で150人近くいましたが、現在は1クラス数人とか。葉タバコを中心とした農村地帯でした」

小中学校のころは、毎日が親の農業の手伝いだった。「葉タバコを取って乾燥させる夏の作業がきつかった。お盆、正月、夏と秋のお祭り以外は家の手伝いでしたが、みんながそうやっているので苦にはならなかった」

勉強のほうは?「小学校では勉強しないのに、できました。算数が好きで体育、音楽、図工が苦手だった。中学でも家の仕事ばかりしていたが、成績はトップで、町長賞の時計をもらった記憶があります」

県立松山南高校へ進学。通学に2時間かかるので下宿した。「下宿は自炊で、クラブ活動もせず勉強ばかり。成績は、入学時は中位でしたが、そのあとは10番以内で、数学の解き方がユニークと評価されました。物理は好きでしたが化学はきらいでした」

大阪大学を志望したが不合格。「先生から、浪人しないで地元の大学でいいのではないかといわれ、愛媛大学工学部電気工学科に入学しました。2期校にコンプレックスがあり、なかなか研究に身が入りませんでした」

4年生になって転機が訪れた。「数学の先生のご指導で制御に興味を持ちました。電車、自動車、ロボットなどを、数式でモデル化することによって制御できることが分かり、それまでのうっ憤がはれて毎日が楽しくなりました」

4年生の夏、大阪で開催された制御に関する講習会を聞きに行った。そこで、知己を得た大阪府立大学の先生との縁で同大大学院(工学研究科電子工学専攻)に進み、騒音環境下で特定話者の会話を抽出するフィルタリングの研究で工学博士を取得しました」

1974年、徳島大学工学部情報工学科の助手に。「徳島大学では、講師、助教授を経て、新設の知能情報工学科で教授になりました。この間、茨城県・つくば市の国立公害研究所に通い、大気汚染の拡散の制御など環境アセスメントに取り組みました。当時、瀬戸内海などでハマチが大量死、赤潮との関連性を調査。水温、塩分度など海全体の分布図を航空機を飛ばしてつくりました」。九五年には、母校である大阪府立大学工学部情報工学科教授に。

2000年、同大学院工学研究科電気・情報系専攻教授に。このころから、ニオイに関する研究が始まる。「タイの留学生が、『バンコクの街は臭い、ニオイを識別できる機器を作りたい』と言ってきたので、制御だけでなく識別の研究も一緒に行うことにしました」

04年のノーベル賞生理学・医学賞に「におい分子を感知する嗅覚受容体の遺伝子発見」が選ばれたのも刺激になった。「臭いの識別研究では、それまでの知的画像処理によるボケ画像の修復、紙幣識別の高度自動化などの研究が活きました」

ニオイの研究によって、2011年、「ニューラルネットワークによる認識と制御の知的高度化の研究」で文部科学大臣表彰・科学技術賞(研究部門)、「香りセンサ香り計測装置および電子調香師の開発」で電気学術振興賞・進歩賞(電気学会)をそれぞれ受賞した。

世の中では、加齢臭が話題になっていた。加齢臭は、2001年に資生堂研究員が、高齢者の体臭の原因の1つが2―ノネナール(C9H16O)と突きとめ命名した。主に中年以降の男女にみられる特有の体臭の俗称。

化粧品メーカーは、加齢臭の消臭剤の開発を競っていた。また、コニカミノルタ(株)は、三大体臭の汗臭、ミドル脂臭、加齢臭を測定し、数値化できる機械の開発を目指していた。

「大学と企業のイノベーションマッチングで、五感の測定で、嗅覚に注目したコニカミノルタ(株)と結びつきました。私たちは、開発したニオイ計測装置や恒温槽によって、珈琲やワインの香り測定と識別などを基にニオイの成分を検知し、強度を測定して定量化(電子化)することができました」

若い人の汗臭は、アンモニア(イソ吉草)、中年のミドル脂臭は、ジアセチル、中年の加齢臭は、ノネナールがそれぞれ成分。「若い人は、新陳代謝が激しいので酸っぱいニオイ、ミドル脂臭は、使い古した油、加齢臭は、枯れ草のようなニオイです」

こうした研究を、コニカミノルタ(株)は、「クンクン ボディ」で商品化した。同じ臭いをしばらく嗅いでいると、その臭いを感じなくなる「マスキング現象」もニオイを可視化することで認識することができるようになった。

「自分の臭いは分かりにくいという人にとっての長年の悩みを解決するツールにもなりました。数値の表示や計測システム小型化、商品のネーミングなど思いもつかなかった。産学共同がつくり上げた商品で、我々だけではできなかった。ほんとうに嬉しかった」

2010年、大阪工業大学工学部電子情報通信工学科特任教授に。今の学生は?「おとなしい、言ったことはやるが、自分からあまりやろうとしない。もっと積極的になってほしい。イノベーションを起こすには今までとは違う、自らの殻を破ることが必要」

大松教授の知的信号処理研究室では、「聴覚・触覚・嗅覚・味覚という情報処理を上手く融合して、知性豊かな生活をしている人間のように賢い行動や判断ができるために必要な情報処理を行う知的信号処理手法を開発しています」

同大学の地域産業技術プラットフォーム(OIT―P)に所属。「企業への技術シーズの提供や共同研究の推進、デザイン思考に基づく開発や実装に向けた知的財産戦略面からのサポートまで行っています。引き続き、地域のモノづくり企業の支援活動に取り組んでいきたい」

これからを聞いた。「子どもの頃、葉タバコの乾燥作業で手に付いたタバコのヤニの臭いが落ちなかった。いまでも、このにおいの記憶が残っており、タバコを吸わない人が嫌がる気持ちを良く理解できる。このタバコの臭いを検出し、それを消す技術開発など、臭いの研究もまだまだ続けていきたい」。研究心は、子どものころから少しも衰えていない。

おおまつ しげる

1946年12月、愛媛県に生まれた。地元の小中学校から県立松山南高等学校に進む。1969年、愛媛大学工学部電気工学科卒業、大阪府立大学大学院工学研究科修士課程、博士課程修了(工学博士)。徳島大学工学部知能情報工学科教授、大阪府立大学工学部情報工学科教授を経て、2010年、大阪工業大学工学部電子情報通信工学科特任教授、2017年4月、同大学ロボティクス&デザイン工学部客員教授となり現在に至る。これまでの担当科目は、電気回路演習、制御工学、ディジタル信号処理など。学会は、システム制御情報学会、計測自動制御学会、電気学会、信号所処理学会、IEEEなどに所属。