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高等教育の明日 われら大学人

<89>中部大学創発学術院応用生物学部教授 牛田一成さん
中部大学創発学術院特任講師 土田さやかさん

野生動物の腸内細菌を研究
野生動物のフンから謎を解明
チンパンジーやライチョウ 野生と飼育で大きな違い

 野生動物や家畜の腸内細菌を研究。世界各地を飛び回り、野生動物のフンからその謎を解明する。中部大学(石原修学長、愛知県春日井市)創発学術院・応用生物学部教授の牛田一成さんと中部大学創発学術院特定講師の土田さやかさんは、人呼んで「うんちハンター」。牛田さんは、食品会社との共同研究がきっかけで、腸内細菌に興味を抱いた。「腸内環境を整えようと言うが、他の動物の腸内環境はどうなっているのか」と疑問をいだき、2000年頃からチンパンジーのフンを調べ出した。同じく野生動物の腸内細菌を研究していた土田さんは、先達である牛田さんの存在を知り弟子入り。2人は、アフリカでチンパンジーやゴリラの腸内細菌の研究を続ける。最近注目しているのが、特別天然記念物のライチョウ。絶滅危惧種のひとつで、人工飼育などの対策が急がれている。腸内細菌を調べ、野生のライチョウと飼育されているライチョウには極端な違いがあることを突き止めた。そんな2人の特異な研究に迫った。

 牛田さんが腸内細菌について語る。「腸内細菌は、一つの臓器にも匹敵する役割を果たしていて、動物は、それなしで生きて行くことはできない。無菌の生き物は自然界では想定されていない。何十億年も前の太古の時代、微生物は動物の体内に入り込んで栄養を摂取する方法を学んだ。一方の動物も、置かれた環境の中でどう生き延びるかを試行錯誤する中で、微生物と手を結ぶことを選びとった」。ロマン溢れる話ではないか。
 牛田さんは、兵庫県西宮市に生まれた。小さい頃からリビングストンやスタンレーら探検家の探検記を愛読。高校1年のとき、京大教授の伊谷純一郎の『ゴリラとピグミーの森』(岩波新書)を読み、「これだ、京大へ行こう」となった。
 京大農学部に進み、山岳部に所属。「1、2年の時は授業に出ず、年間100日近く山に登った。大学院に進み、消化管に生息する原生動物などで栄養生理機能の研究を続け、フランスに2年間留学、微生物学を研究しました」
 1986年、京都府立大学に助手として赴任。1990年代、食品会社との共同研究から腸内細菌に取り組むようになった。当時、人間には人間のビフィズス菌(善玉の腸内細菌)があり、人間とビフィズス菌の関係が喧伝されていた。
 「この根拠がよくわからず、動物はどうなのか」と興味を抱き、飼育されているチンパンジーのフンを調べた。結果は、人間と同じだった。「野生のチンパンジーやゴリラを調べないと駄目だ」と2004年からアフリカの奥地へ。
 土田さんは、生まれは愛媛県で、滋賀県高島市で育った。琵琶湖まで車で10分の豪雪地帯。「子どものころから生き物が好きでした。釣りに行ったり、オタマジャクシからカエルを育てたり、家には犬もいて可愛がっていました」
 地元の高校から、日本獣医生命科学大学応用生命科学部動物科学科に進む。「動物科学科の1期生で、動物のことを学べると思ったら主体は畜産でした。大学院で、自分が飼育を担当していたチンチラで腸内細菌の研究をしました」
 腸内細菌の研究を深めるため2010年に京都府立大学大学院に進む。2009年、「実験動物の腸内細菌を調べているうち、野生動物の腸内細菌が研究したいとネットで調べたら、牛田先生の研究室が行っていることとわかり、押しかけました」
 ゴリラ研究の第一人者、山極壽一京大総長(当時理学部教授)とも牛田さんを通じて知り合った。「山極先生のアフリカ・ガボンでの研究プロジェクトにも参加。生態学や人類学、民俗学が主流のプロジェクトで腸内細菌の研究はマイナーでした」
 2011年から、土田さんは、「飼育動物のフンには人間が与えたエサ由来の乳酸菌が混じっていて参考にならない」と牛田さんとともに、アフリカに行って乳酸菌を分離するためにチンパンジーやゴリラのフンを集め出した。
 ゴリラのフンを集める作業は、さながらハンターのよう。早朝から獣道を張り込み、個体を特定して追跡。ゴリラがフンをしたらすかさず駆け寄って、雑菌が混ざりこまないように容器に採取。それを分類・分析、その数は3万種になる。
 「土田さんは、僕より腸内細菌のバックグラウンドがしっかりしているし、体力勝負の調査でも頑張りました」と牛田さん。
 「アフリカで2か月以上も調査をしたとき、牛田先生は1か月で帰ってしまったことがあり寂しい思いをしました」と土田さん。
 ゴリラの調査では、世界で初めて野外で野生のゴリラの腸内細菌を分離することに成功。ウガンダのマケレレ大学及びガボンの熱帯生態研究所と行った共同研究で、飼育下のゴリラよりも野生のゴリラの乳酸菌の方が、病原性大腸菌への抗菌性が高いことを突きとめた。
 2人が最近、注目しているライチョウ。植生変化や登山者のごみを餌とするキツネやテンなどによる捕食の影響を受け、個体数が減少。環境省は2013年からライチョウの保護増殖事業を開始した。
 環境省で開かれたライチョウ保護増殖検討会で、牛田さんは「野生の個体と人工飼育した個体では腸内細菌の構成が異なり、将来的な野生復帰の妨げとなり得る」と指摘。腸内細菌を希少動物の保全に活かす取り組みに臨むことになった。
 北アルプスの立山や南アルプス北岳などの生息地でライチョウを追いかけフンを採取。フンに含まれる細菌や化学成分を網羅的に調べたところ、野生のライチョウと飼育されているライチョウとでは極端な違いがあった。
 野生のライチョウからは、飼育下のライチョウが持っていない野生特有の乳酸菌がみつかった。ライチョウがエサにしている高山植物には、他の動物にとっては毒になる成分が含まれている。
 「野生動物は、生き抜くために様々な能力を持っている。ライチョウは毒を解毒する微生物を腸にすまわせている。その腸内細菌は親のフンをヒナがついばむことで受け継がれていくのです」
 高山の栄養に乏しい餌食物でも生き延びられる方法を、ライチョウは腸内細菌と組むことで獲得していた。ところが、飼育する人間側は自然界で必要な栄養素の量がわからず、たっぷりやってしまう。
 「動物園で飼育されている動物は、自然界で生きている動物よりも短命の場合がある。高エネルギー高タンパク飼料によって成人病のような状態になっている可能性がかなり高い」
 ライチョウを絶滅から救えるだろうか。「まずは、実際に食べているものを消化分解吸収していくには何が必要か知るところからスタートして、腸内細菌を分離して、それぞれの機能を検定してストックするという作業を続けています。将来は、野生に復帰させる前に、腸内環境を置き換えることを構想しています」2人の研究に、大きな期待が寄せられている。
 これからのことを2人に聞いた。牛田さんは、「野生動物の腸内細菌が、動物にとっていかに重要なものかをわかってほしい。飼育された動物をいかに野生に戻すかも腸内細菌によってかなり解決できる。動物園の役割も変わりつつある。地球上の動物の保護、そして動物園の役割維持に腸内細菌研究は欠かせない。この研究は途中でやめられない、次の世代に引き継ぎたい」
 土田さんは、「牛田先生がおっしゃるように、腸内細菌研究は、続けていくことが大事で、そこで成果を出したい。細菌学や微生物学の科学的知見を増やし、その応用となった時、動物の保全や保護に役立つのではないか。これから、ラボワーク(実験)とフィールドワークを融合した研究をやっていきたい。フィールドワークでは、アフリカには行き続けたい」
 最後に、牛田さんが学生にエールを送る。「"only one"になるために、やるべきことを真面目に考えてみよう。私も、人のやっていない、他人から見てくだらないことを一生懸命やっていたら、いろいろな出会いにつながってきた。この自分の培ったパイオニア精神を若い学生たちにつないでいきたい」パイオニア精神は、土田さんも持ち続けている。

 うしだ・かずなり 

 1954年、兵庫県出身。京都大学農学研究科畜産学専攻博士後期課程修了。京都府立大学助手・助教授・教授を経て、2017年10月に中部大学に着任。創発学術院教授。同大応用生物学部教授も兼務。腸内細菌研究の第一人者。腸内細菌の研究成果は、食品メーカーと共同で開発した健康ドリンクやサプリメントにも役立てられている。主著『ゴリラの森でうんちを拾う―腸内細菌学者のフィールドノート』(アニマルメディア社刊)

 つちだ・さやか 

 2008年、日本獣医生命科学大学応用生命科学部動物科学科卒業、10年、同大大学院博士前期課程修了。同年、京都府立大学大学院生命環境科学研究科応用生命科学専攻博士後期課程入学。14年、同大学院で博士(農学)取得。京都府立大学学術研究員、京都大学野生動物研究センター共同研究員、京都府立大学特任助教、同大特任講師などを経て18年から中部大学創発学術院特定講師、19年から創発学術院特任講師。16年、「朝日21関西スクエア賞」受賞。