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特集・連載

大学は往く 新しい学園像を求めて

<96>日本医科大学
 愛と研究心有する医師に
 超高齢化社会に対応 新カリキュラムを導入

 創立130年を超えるわが国最古の私立医科大学である。日本医科大学(田尻 孝学長、東京都文京区千駄木)は、創立以来、1万人を超える人間性豊かな医師や優れた医学者を輩出してきた。学是は「克己殉公」、すなわち「わが身を捨てて、広く人々のために尽くす」ことで、教育理念は「愛と研究心を有する質の高い医師、医学者の育成」である。世界的な細菌学者である野口英世や、癌の免疫療法薬の一つとして有名な丸山ワクチンを開発した丸山千里、J・F・ケネディやM・モンローを検死した米国ロス郡検死局長のトーマス野口、日本医師会、世界医師会の会長を務めた坪井栄孝ら著名なOBを輩出した。2001年から小グループ学習の問題基盤型テュートリアル教育を開始、今年度からは医学教育の国際基準に準拠した新カリキュラムを導入するなど間断なく改革を進める。学園の歩み、改革、医師不足や高齢化社会における医療、そして大学のこれから、などを学長に聞いた。(文中敬称略)

1万人超える医師を輩出 我が国最古の私立医大

 日本医大は、1876年に長谷川 泰が創設した済生学舎が淵源である。建学の精神は「済生救民」・「克己殉公」で、「己の欲望を捨て、貧しく病で苦しむ人々を救う」ことへの実践を目的として創立された。
 1903年、済生学舎が廃校宣言。同年、済生学舎同窓医学講習会を組織、04年、済生学舎学生を救済するため私立日本医学校を設立。10年、私立東京医学校を合併。12年、私立日本医学専門学校に。1926年の大学令により旧制日本医科大学となる。
 戦前に大学令によって旧制大学に昇格したのは、同大と慶應義塾大学医学部、東京慈恵会医科大学と私立医大では3校だけだった。1952年の学制改革により新制日本医科大学となった。
 これに先立ち、1937年、付属丸子病院(現日本医科大学武蔵小杉病院)を開院。その後、77年、付属多摩永山病院(現日本医科大学多摩永山病院)、94年、付属千葉北総病院(現日本医科大学千葉北総病院)を開院。現在、日本医科大学付属病院(文京区千駄木)を合わせ四つの附属病院がある。
 学長の田尻が医学教育を語る。「教育理念である愛と研究心を有する質の高い医師と医学者の育成は、脈々と受け継がれています。私の信条は『人を思いやる心』です。医療現場では、病気だけでなく患者さんの心を診ることが医師には求められています。病のみならず、心まで支える真の医療人を育てていきたい」
 現在、医学部に690人の学生が学ぶ。女子が4割弱と近年増えている。千駄木キャンパス(文京区千駄木)と武蔵境キャンパス(武蔵野市)がある。また、学校法人日本医科大学系列・附属教育施設に、日本獣医生命科学大学(武蔵野市)、日本医科大学看護専門学校がある。
 教育面では、10年後を見据えた「良き医療人」育成のための改革を行っている。初期臨床研修と継続教育のさらなる充実もそうだ。6年間の学部課程と卒業後2年間の研修を一貫した医学教育と捉える。
 「時代に即した医師としての人間教育を重視しました。それとともに卒前教育充実のため基礎医学と臨床医学の一体化を推進。卒業後も、初期臨床研修期間に力を注いでいます」
 国際基準に準拠した新カリキュラムについて。「臨床実習の質の充実と、卒後教育への継続を図ります。系列の日本獣医生命科学大学の学生とともに学び、人間性を育む場も用意されています」
 大学院教育の充実にも傾注している。優れた研究心をもった医師を育成し、世界トップレベルの研究成果を生み出す環境を構築するために大学院教育の充実は不可欠。2001年に私大のトップを切って大学院の重点化を図った。
 「学部課程の医師養成に留まらず、大学院における研究を重視する大学を目指しました。09年からは社会人が大学院で最新の医学知識や技術を学べることができて、1年でも早く大学院に進めることが出来るよう昼夜開講制大学院として新たな歩みを始めました」
 医大にとって、医師国家試験の合格率は最も気になるところ。「今年度は、96.3%とよい成績でした。数年前に特待生制度を廃止して、その予算を奨学金に回しました。特待生制度は、学生の間にギスギスした雰囲気を生み、自由な学風の本学には適さなかった。廃止後は学生の気持がひとつになり、好成績につながったようです」
 日本医大は、全国の病院に先駆け、救急医療センターを設置、救急医療では定評がある。2011年の東日本大震災では、医師や看護師らが同大が保有するドクターヘリで現地に向かい、被災者の治療にあたるなど大きく貢献した。

救急医療チーム海外へ

 「救急医療チームは、海外で起きた地震などの大災害にも出動しています。一方で、甲状腺外科の清水一雄先生は、チェルノブイリ原発事故の患者さんの検診や治療・手術のため毎年のように学生を連れてベラルーシに出掛けています」
 社会・地域貢献にも医大らしさが垣間見える。「みん救」と呼ばれる課外活動がある。「みんなで学ぼう 救急救命」の略だ。「学生主体で、地元の小学校などを訪ずれ、AEDの使い方や一次救急のABCを市民に教えています」
 SP参加型教育に力を入れている。SP(Simulated Patient)は、模擬患者のことで、教育のなかで,事前に作成されたシナリオに沿って実際の患者さんと同じような症状や訴えを「演じる」患者役のこと。
 「SPは、患者役を演技する教育協力者で、患者本位の医療を実現していくために必要です。本学では、過去10年間に200人が修了、現在も約60人が活動されています。国際化を迎え、外国人のSP養成の準備を進めています」
 医師不足と03年度からスタートした新臨床研修医制度は、医学部にとっても悩ましい事態。「医師不足解決は、医学部を増やしても、確保すべき教員の数と質を考えると即効薬にはなり得ない。新臨床研修医制度は、本学は継続教育を推進して研修医に魅力ある場にしていきたいと思っています」
 少子高齢化の医療について。「目前に迫っている超高齢化社会への対応は数年前から介護施設の見学などを教育面に取り入れています。医療面では、認知症ケア、高齢者医療の地域ネットワーク構築など積極的に取り組んでいる診療科があり、そこで卒前、卒後教育を展開しています」
 海外を含めた他大学、他の研究機関との交流も活発だ。「国際化に対応できる『真の医療人』を育成する環境を整えていきたい。一方で、医療や医学教育のグローバル化が叫ばれる今だからこそ、日本人としての素養をきちんと身に付けた人間を育て上げるのも本学の役割だと思う」

「克己殉公」の精神継ぐ

 大学のこれから。「医療の第一線で現場に立つのは医師であり、その医師を育てるのが医学教育です。日本医科大学はその大切な責任の一端を担っています。これからも『克己殉公』の精神を受け継ぐ明確な意思を持った学生を入学させ、ぶれることのない真の実力を持った医師を育てたい」
 「現代の医療は、医師だけでなく、看護師や薬剤師、検査技師、事務職員など多くのスタッフによる『チーム医療』が前提です。特に医師に求められるのは『我が身を捨てて、広く人々のために尽くす』ということです。これは本学の学是である『克己殉公』という考え方にも通じています」
 学是を繰り返し述べ、こう締めくくった。「本学の目指す『良き医療人』は、病める人のために最善の治療を行う。そこには何の打算も計算も存在してはならないのです」