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大学は往く 新しい学園像を求めて

<28>女子美術大学
  来年、美術教育専攻を設置
  就業力にも力を入れる美術界支える人材輩出

   日本の私立の美術大学としては、最も長い歴史を持つ。創立以来、女性のための美術(芸術)の専門教育機関として、日本の美術界を支える人材を育成してきた。女子美術大学(神奈川県相模原市・東京都杉並区、横山勝樹学長)は、1900年(明治33年)、当時女学生の入学を認めていなかった東京美術学校(現東京芸大)に対峙して創設された私立女子美術学校が前身。これまでに、6万人以上の卒業生を送り出してきた。造形作家や教育者・研究者、美術に関わる職業人を多数輩出、社会、特に文化の振興に貢献してきた。1994年には大学院課程を設置、大学院修士課程・博士後期課程は男女共学である。2012年、美術学科に「美術教育専攻」を設置するなど新しい風も吹いている。これまでの歩みと今後、就職状況などを学長に聞いた。
(文中敬称略)

日本の私立美大の中で最も長い歴史を誇る

  女子美術大学の淵源は、1900年創設の私立女子美術学校である。設立の中心的役割を担ったのは横井玉子。玉子は、西洋式の男女共学の理念を持つ熊本洋学校で学んだ。1901年に学生を受け入れたが、入学者が少なく経営危機に。
 順天堂病院長夫人の佐藤志津の貢献によって建て直され、運営は軌道に乗った。このあたりは、二人を描いた小説「二つの星」(山崎光夫著、講談社)に詳しい。同著には〈玉子の構想力と志津の組織力が「美の殿堂」を作り上げた〉とある。
 学長の横山が話す。「創設当時、美術の専門教育機関の大半は女性に門戸を開いていませんでした。大学としての女子大学が認められ、また女性の大学進学が許されるのは、戦後、政府による『女子教育刷新要綱』の公表後です」
 女子美は、戦後の学制改革で、1949年、専門学校から大学となり、校名を「女子美術大学」とした。50年、短期大学部を併設。94年に大学院を設置し、教育研究のさらなる高度化を目指した。
 キャンパスは、1935年、女子美術専門学校時代に文京区本郷から現在の杉並区和田に移転。相模原キャンパスは、90年に開校した。現在、芸術学部の1学部に約2700人の学生が学ぶ。
 横山が女子美を語る。「建学の精神は、①芸術による女性の自立②女性の社会的地位の向上③専門の技術家・美術教師養成です。この精神を誇りに持ち、実践し、創造的な発想を持って仕事を進め、世界に希望を与えることのできる女性を育成してきました」
 2010年は女子美にとって画期的な年だった。創立110周年記念式典を挙行するとともに、芸術学部の学科・専攻課程を再編した。7学科2専攻を3学科12専攻・領域に変えた。学科再編のねらいは?
 「カリキュラムを議論する中で、学科が多いと専門分野の追求にはいいが、他分野との連携が取りづらくなる。ゆるやかな関係にして、分野横断的、総括的な取り組みも出来る体制とした。いいものは分け合おうとなった。さらにキャンパスごとの特徴を生かし、芸術を深める相模原キャンパス、芸術を広げる杉並キャンパスと位置付けました」
 学科は、▽美術学科(洋画、日本画、立体アート、芸術表象の各専攻)、▽デザイン・工芸学科(ヴィジュアルデザイン、プロダクトデザイン、環境デザイン、工芸の各専攻)、▽アート・デザイン表現学科(メディア表現、ヒーリング表現、ファッションテキスタイル表現、アートプロデュース表現の各領域)となった。
 2012年に美術学科に美術教育専攻が加わる。「建学の精神の一つに『専門の技術家・美術教師の養成』があり、創立以来、多くの美術科教員を送り出してきました。美術教育専攻は建学の精神を体現したもので、将来、高校や中学校の美術教員として、あるいは美術に関わる教育者として、社会に貢献できる人材の育成が目的です」
 キャンパスは、それまで、芸術学部の学科は全て相模原キャンパスだったのが、3学科となって、美術学科とデザイン・工芸学科は相模原、アート・デザイン表現学科は杉並キャンパスとなった。
 女子美の教育研究を聞いた。「92年から病院の小児病棟や介護福祉施設を中心に、アートの設置による心の安らぐ空間づくりを目的としたヒーリング・アート(癒しの芸術)プロジェクトに取り組んできました」

ヒーリング・アートも

 ヒーリング・アートとは?「癒しについて、実技と理論を通して考え、新たな提案をしていきます。具体的には、キャラクターデザイン、絵本、ぬいぐるみ、玩具、壁画などの作品制作や空間デザイン、ワークショップ、プロジェクトの体験を通して、ヒーリングを目的としたアートとデザインの表現を追究します」
 このヒーリング・アートによる医療・福祉施設の環境改善の取組みは、平成16年度の文部科学省のGPに採択された。「美術の小さな単科大学ですが、文科省のGPには今まで7件が採択されています」と横山。

就職希望は6割程度

 平成22年度の「大学生の就業力育成支援事業」(GP)に採択された「職業的自立と美大の就業力リテラシーの養成」について説明した。
 「コミュニケーションスキルとプレゼンテーション力等の養成が目標。大学が企業や自治体と協働し、『女子美e―コミュニティ』を形成、在学生を支援して、国内や海外での学生の就業力を高めていくものです」
 その就業力だが、一般大学とはちょっと異なる。「就職を希望する学生は全体の6割程度。学生はみな目的や夢を持っています。作家の夢もすぐには実現できません。卒業後もアルバイトなどをしながら制作活動を続ける卒業生も結構います」
 進路希望は学科・専攻によって異なるが、デザイン系の学科・専攻は就職希望者が多く、絵画などのファインアート系は大学院に進学する者が比較的多い。
 就職の業種は?「修得した技術と知識を活かせる就職を希望する傾向が強く、専門知識を活かした職に就きます。業種別では、広告・デザイン、服飾、玩具・文具、印刷・出版・書籍、報道・マスコミが上位を占めています」
 いわゆる総合職に進む学生も増えつつあるという。「芸術系ですので発想力や創造力、そしてプレゼンテーション力は秀でています。企業は、こうした人材を求めており、総合職での就職も視野に入れるよう指導しています」

OGに女優や音楽家

 さて、卒業生だが、日本画家の片岡球子、郷倉和子、洋画家の三岸節子、皮革工芸家の大久保婦久子などの文化勲章受章者および文化功労者らのほか、洋画家の佐野ぬい、丸木俊、日本画家の堀文子、荘司福らがいる。ファッションデザイナーの桑沢洋子、造形作家の多田美波も。
 女子美のユニークなところは、女優や音楽家らがいる点だ。女優では、岡田嘉子、奈良岡朋子、樋口可南子、ミュージシャンではイルカ。客員教授もユニークで、演出家の蜷川幸雄、女優の桃井かおり、漫画家の萩尾望都、OGのイルカも。
 地域貢献も美術大学らしさがある。2001年に相模原キャンパスに完成した女子美術大学美術館。女子美出身の著名な作家の作品や小袖など染織コレクションを1万3000点以上所蔵。「相模原市との文化促進協定も締結し、地元の小中学校の展覧会に協力、市民に開放し、地域の人々に親しまれる美術館をめざしています」
 横山は女子美のこれからを話した。「07年度からキャリア形成科目を1・2年次に開設し、キャリア意識の形成に取り組んでいますが、さらに就業力に力を入れたい。もうひとつは、キャンパスの国際化です」と国際化を語った。
 「キャンパスは、社会の紐帯。優秀な韓国などの留学生と競い合って国際性を感じ取ってもらいたい。“そこへいくと、世界がある”というようなキャンパスにしたい。日本の伝統を守りながら、人だけでなく海外作家の作品も紹介していきたい」
 女子美は、建学の精神を誇りに持ちながら、これからも日本の美術(芸術)と文化を世界に向けて発信していく。