特集・連載
私大の力
<53> 大学の地域連携にクマの影
急増する死傷者
経済にも大打撃
■コミュニティ脅かす「アーバンベア」
クマの出没が、各地の大学に影響を及ぼし始めている。
東北では、監視体制を強化して通学バスのルートを変更したり、交換留学生を対象にクマ対策講座を実施したりと、クマの活動が激しくなる冬眠の時期を控えて緊張感が高まっている。
環境省によると、今年度の全国のクマ被害者は10月末で110人を超え、死者はすでに12人と過去最多だった2年前の6人の2倍となっている。学齢の若年層の被害は報告されていないが、今年の異常さはクマの目撃件数が際立っていることだ。
秋田大の調査によると、死傷者が出た場所は里地や居住地など人の「生活圏」が約6割を占める。いわゆる「アーバンベア(市街地に現れるクマ)」は、隠れる場所を探しながら移動する傾向があり、出合い頭に人を攻撃するケースが目立つ。
このため、登山や農林業従事者だけでなく、通勤・通学の途中など市街地で遭遇するリスクも高まっている。
国は緊急措置として9月から、市街地でクマを駆除する際に市町村の判断で猟銃が使用できる「緊急銃猟」を認めた。10月中旬、宮城県・仙台市で初めて市長の許可で猟友会がクマに発砲したのを皮切りに、各地で緊急銃猟が実施されている。
クマの出没が、地域コミュニティに深刻な問題を突き付けている。人口減少による耕作放棄地の増加などでクマの生息範囲が広がったことで、農林業や地元産業の在り方をも見直さざるを得なくなった。
大学にとっても深刻だ。地域の活性化に興味を持ち、農林業や「食」を学ぼうという学生たちが増え始め、学部・学科を新設したり検討したりしている大学にとって、クマ被害のリスクが「さまたげ」となりかねない。
「観光」でも10月初め、岐阜県の世界遺産・白川郷でスペイン人観光客が襲われて負傷した。さらに岩手県北上市の温泉旅館では、露天風呂を清掃中の従業員がクマに襲われ死体で見つかっている。
こうした事件がどこで起きてもおかしくない状況が地域経済に大きな打撃となる。各地で次々に野外イベントが中止になっているのも心配だ。
地方の大学は、エッセンシャルワーカーを中心に地域に必要とされる人材育成を掲げて地域連携を進めようとしている。自治体や地元住民、産業界と連携して、クマ対策に知恵を絞ることが求められる事態となっている。
■「局面は変わった」県全体で緊急対策
秋田県では、10月中旬の県議会でクマ対策の強化を求める意見が相次ぎ、知事は「これまでとはフェーズ、局面が変わった」との認識を示した。そして人の生活圏へのクマの出没を抑えるため、自衛隊に援助要請し、市町村とともに「管理強化ゾーン」の設定を調整する。
ホームページによると、秋田県の「クマダス(ツキノワグマ等情報マップシステム)」には今年、県内で5300件を超えるクマの目撃情報が寄せられ、とくに10月に入って深刻化している。
「子どもが犠牲になったら大変だ。逆に、子どもが犠牲にならなきゃ行政が動かないのかって話まで市民の間から出てくる。県も市も、もう完全にフェーズが変わったという認識を持って対処しないと、本当に大変なことになるんじゃないか」
地元テレビ局は、こんな県議の声を伝えている。
秋田市では、秋田大の敷地内で複数回、クマが目撃されている。同じ市内のノースアジア大の記念講堂の近くでもクマの出没が確認された。
市中心部から離れた林間にある国際教養大では、交換留学生を対象としたオリエンテーションの一環として「クマ対策講座」を実施した。県の鳥獣保護管理チームの技師を講師に招いて、クマとの遭遇を避けるための方法、万が一遭遇してしまった時の対処法などについて英語通訳で説明している。
大学によると、講座のなかで「自転車と100メートル走の元世界王者、ウサイン・ボルトと比べても、クマの走る速度が最も速い」と聞かされた時には、会場から驚きの声が上がり、学生から多くの質問があった。
クマを撃退するスプレーには「どこで購入できるか」「おすすめのブランドはあるか」など具体的な質問のほか、「キャンパス周辺でランニングするのは安全か」「クマの子どもに遭遇したらどうすべきか」「カメラのフラッシュはクマを怖がらせるか」と、大学での日常生活や生活環境を心配する姿も見られたという。
一方、宮城県名取市の尚絅学院大ではこの2、3年、大学構内に相次いでクマが侵入し、大学が設置したカメラがその姿を捉えている。この8月にも大学裏山のカメラでクマの姿が確認され、後期授業開始を控えた9月のホームページには、学生・教職員への注意喚起の文章を掲載した。
注意事項には「尚絅の森やサークル棟など森林に近いエリアでの単独行動を避ける」「屋外で人が少ない状態での移動時は会話や足音で音を出す」とあり、「後期授業は予定通り実施するものの、学内活動は安全対策を徹底し、必要に応じて実施場所やプログラムを変更する」とあった。
■クマ出没の予測モデルで地域に貢献
各地の大学では、独自の研究力を活かしたクマ防御策で地域に貢献しようというところも増え、ホームページなどで公開している。
上智大(東京都)の大学院応用データサイエンス研究室では、秋田県でのクマの出没を予測するモデルを開発した。
出没時の周辺状況には、人口分布や標高・気象、道路の有無や食料となるブナの実の豊凶情報など多様な要因が関係していることが分かった。今年はとくに、ブナの実の凶作が影響していると考えられた。
予測モデルは、日時別に特定範囲に区切って調査を繰り返し、63・7%の正答率を達成した。この性能は、他の未知の場所での予測でも確認されており、「(秋田県に限らず)クマの出没リスクが高い地域を事前に把握し、警戒情報や対応策を講じることに役立つ」と自信を深めている。
会津大(福島県)ではAI(人工知能)を活用する技術を活かして、クマを認識すると光や大きな音で追い払う警報装置を開発した。県とともに4地域で実施した実験では43・6%の割合で成功した。
また、岡山理科大の研究チームは、民間企業と共同開発した高周波音による鳥獣害抑止装置「鹿ソニック」をクマ対策に転用して富山県内の学校近くに設置したところ、周辺でのクマの目撃をゼロにすることができたという。
日本に生息するクマはヒグマ(北海道)、ツキノワグマ(本州・四国)の2種類で、九州を除くほぼ全域でクマ対策が課題になりつつある。
関西でも、兵庫県は9月に初めて「県ツキノワグマ対策連絡会議」を県庁で開き、関係部局の担当者らが被害状況などを共有し、注意を呼びかけた。三重県では昨年から出没件数が急増しており、今年度、AIを活用した監視システムを導入している。
中国地方でも、クマ生息数が過去20年間に約3倍に増えているという。今年も、広島市内の住宅地でもクマらしき動物が目撃されるなど、人間の生活圏に進出している。
■学生たちも「地域協力」に動き出す
クマ対策に悩む地域に貢献できることはないか、一般学生のなかにも立ち上がる姿が見られるようになった。
札幌市では学生たちが数年前から、「クマとまちづくりを考えるプロジェクト」という集まりをつくり、クマの専門家や市の協力を得ながら活動に取り組んでいる。北海学園大や酪農学園大、北海道大の学生たちも参加している。
「自分にも何かできることが見つかるかもしれない。クマ出没を『他人ごと』と思っていた僕が、初めてクマと向き合ってわかった」。北海学園大のある学生はSNSにそんな書き込みをして、仲間の輪を広げようとしていた。
この学生は、自分の住む札幌の住宅地にヒグマが現れ、ショッピングセンターや学校の近くを駆け抜けるクマの映像に衝撃を受けたという。
札幌市のあるNPO法人は3年前から、住宅地へのクマの出没を防ごうと、隠れ場所や通り道になりやすいところで、やぶの草刈り活動を実施しており、今年も学生や市の担当者ら30人ほどが作業をした。
「大学近くでもクマが出たという話を聞き、問題を身近に感じるようになった」「草刈りやゴミ拾いといったクマを近づけない事前防除の取り組みを一歩一歩進めてクマとの共存につなげたい」。現地では、そんな声が聞かれた。
こうした活動は学生たちにとっても、大学と地域の関係を考えるうえで貴重な経験になるだろう。大学側はクマ対策を、自治体や地元住民・産業界、ひいては他の大学との連携を深めるチャンスと捉えることはできないだろうか。
