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<11>久留米工業大学
"車のまち" 技術・人材面で牽引
地域の高等教育機関とも強い連携

福岡県南部に位置する県内第三の都市、久留米市は知れば知るほど奥深い。まず、全国トップレベルの医師数と医療機関が集積した高度医療都市であり、農業産出額が全国でも上位と県内最大の農業生産都市でもある。世界的企業の株式会社ブリヂストン創業地で、日本有数のゴム産業の集積地。筑後川の恩恵を受け、日本酒醸造メーカーは国内第3位。これだけ多彩な顔を持つ久留米市に高等教育機関は五つ、その中に久留米工業大学が含まれる。工学部の単科で、機械システム工学科、交通機械工学科、建築・設備工学科、情報ネットワーク工学科、教育創造工学科の五学科を設置する。学部生数は約1200名、専任教員数56名、実践重視の小規模大学である。地域での取り組みを地域連携センターの白石 元センター長、佐藤興輔コーディネーター、長尾孝彦事務局長、東 大輔インテリジェント・モビリティ研究所長に聞いた。

●日本初?自動運転車いすを製作

株式会社ブリヂストンに加え、ダイハツ工業株式会社など自動車関連企業が北九州から徐々に進出していることもあり、久留米は「車のまち」という新たな顔を持ちつつある。同大学も自動車工学を教育する短期大学から発足した経緯があり、自動車メーカーからの実務家教員が多く、自動車産業における人材の宝庫との評価が高い。こうしたことが間接的に自動車産業の集積を後押ししている。
政府が地方創生の旗を掲げたとき、市、商工会議所、大学が展開した地域活性施策もやはり自動車(モビリティ)にちなんだものだった。東所長は振り返る。「モビリティは、単なる移動手段ではなく、未来を感じさせて人の心をワクワクさせるものであってほしい。そして、人や社会の役に立つものでなければなりません。そこで研究所では「対話ができるパートナーのような乗り物」の開発を推進してきました。ある時、特別養護老人ホームの方々と話す機会があり、その結果、「移動困難な人をサポートするモビリティとして、対話をしながら買い物や観光に使えるハンズフリーの自動運転車いすを開発しよう」という構想が持ち上がりました」。 目的地を独自のスマホアプリに呼びかけると、その緯度と経度の座標と、GPSに基づく現在位置情報を車いすが受け取り移動する。アプリは過去のデータをもとに音声案内や目的地の提案も行う。東所長をはじめ開発メンバーは、メーカーでの開発経験を活かし、開発プロセスの中で、GPS、地図、車いすメーカーや介護福祉NPO法人など様々なセクターとの連携を重視し、おそらく大学単独なら10年は掛かる開発を、この数年で進めてきた。「このタイプの人工知能搭載型自動運転車いすは日本初の開発です。この車いすの社会実装に向けた実地試験には地域の理解と協力が不可欠で、タウンモビリティに力を入れてきた久留米だから可能でした」と述べる。商工会議所からは「地元中小企業も参画させてもらい、企業の技術力向上も図ってもらえるとありがたい」といった声も上がっている。
このプロジェクトは、交通機械工学科と大学院自動車システム工学専攻が中心となって2015年に設立した「インテリジェント・モビリティ研究所」が中心に取り組んでいるが、全学的にも社会貢献に力を入れる。大学が策定した『2021ビジョン』では、「地域の大学・企業と緊密なネットワークを構築することで、「地域の技術基盤」として技術面での中核的役割を担う」と謳い、社会に貢献し、地域に愛される大学であることこそが生き残るための唯一の道であると位置づけている。
「1976年の大学開学以来、地場産業との連携や共同開発は個人教員レベルで行われていました。しかし、今や地方の小規模大学は地域課題に本気で向き合わなければなりません」と白石センター長は力を込める。
地域連携センターでは、企業ニーズに即した共同研究、場合によっては、学科を超えた複数の教員をプロジェクトに配置するなど、より実践的で企業との共同研究・応用研究を推進しやすい体制をとる。企業からの直接の相談に加え、リサーチパークや市の産学交流会など、地域のニーズについて大学が把握できるチャネルが複数あることも同大学の強みであろう。

●産学連携協議会の立ち上げ

こうした大学の体制づくりと時を同じくして、政府の地方創生政策が始まり、自治体からの各種委員就任依頼が増加した。例えば、築100年以上が経過する鳥栖駅の建て替えを巡る基礎調査は、検討会委員でもある建築・設備工学科の大森洋子教授が携わるなど重要な役割を果たしている。「久留米市及び近隣自治体からの大学への期待は明らかに高まっています」と佐藤コーディネーター。
企業からの期待も大きい。機械システム工学科の高山敦好准教授は、電気制御装置製造の企業と重油と水の混合燃料を生成し、ボイラー燃費を2割改善する装置を開発した。特に燃料に重油を使用する工場の多い九州などの需要を期待できるという。
こうした産学連携開発が盛んに行われているが、地域連携センターの最大の功績は「地域連携推進協議会」の立ち上げに寄与したことであろう。これは、尾﨑龍夫前学長の発案により、「大学と会員企業の連携により、地域発展に寄与すること」を目的として、2014年3月に立ち上げた大学後援組織である。「商工会議所に相談したら、声をかけるべき企業社長を数名教えてもらい、快く引き受けて頂きました。企業側も、大学との接点を探していたようです」と長尾事務局長。こうして久留米市、商工会議所、そして、38社の製造業を中心とした地場産業企業が名前を連ねた。(会長は地場産業の北原明彦北原ウェルテック(株)代表取締役社長、副会長は金子泰大金子建設(株)代表取締役社長と石丸茂夫日米ゴム(株)代表取締役社長。いずれも地域の有力企業)。
「協議会は大きな効果がありました。地域と大学の垣根を下げることを目的に、年に一度は懇親会を開き、杯を交わして胸襟を開きます。お互いの距離が縮まり、形式的な付き合いから、電話一本で相談事ができる関係になりました」。
ある社長は、文部科学省の職業実践力育成プログラム(BP)申請時における外部評価委員の就任依頼を二つ返事で引き受けてくれた。一方、中小企業だと、新製品を開発しても強度や耐久の評価・分析など様々な実証試験を独自に行うのは非常に困難である。会員中小企業からこうした試験依頼が大学に多数舞い込むようになった。

●久留米絣の生産課題とは

地方創生政策が掲げられ、自治体は大学を重要なパートナーと位置付けている。しかし、その本気度は、各自治体の規模や人口等に大きく比例する。同大学は近隣の八女市や八女郡広川町などからも熱心な相談を受ける。八女市の幹部は大学に「今、手を打たないと町が衰退していく。大学に助けてほしい」と訴えた。広川町は、日本三大絣「久留米絣(くるめがすり)」の生産で有名である。生産工程は分業化、機械化されているが、それゆえの問題点もあるのだという。「機械の安定稼働が困難であることや、機械が老朽化し、補修部品の確保が困難なのです。そこで、本学のプロジェクトとして、老朽化した制御用パソコンソフトを更新したり、3Dプリンタなどを用いて補修部品を製作するなどしました」と白石センター長。織機の見た目はそのままだが、内部は最新の技術を導入した。また、現代的な素材や技術で伝統は大切にしながら、新しいデザインや機能を付与するといった可能性、あるいは、この技術を自動車や医療など異分野に適用できないかといった模索も始まっている。こうした地域貢献は工業系大学ならではと言える。
「しかし、我々は製作はできても販売はできません。そこで久留米大学とも連携して文理双方で盛り上げられないかと話しています」。久留米には総合大学がない。文系、医学部の久留米大学、工学系の久留米工業大学、そして、久留米工業専門学校である。この三者は志願者が競合しないため連携が取りやすい。全国的にも域内で住み分けができている珍しい地域と言えるだろう。

●地域に飛び出す学生たち

自治体・産業界からの学生ボランティア活動の要請により、多くの学生が地域に飛び出している。学生たちは丹念に市民の話に耳を傾けニーズを知る。この中で学生は、自身の技術や知恵を使って解決策をひねり出す。大学ではそこに一定額の予算を付け取り組みを後押ししている。
「ある学生は八女市からは農業に関する依頼を受けました。地域の就農者に実際に話を聴いてみると、畑が中山間地域で大型機械を入れられない、農作業を続けていると腰を痛めるとのことでした。そこで手作りの農作業道具を作成しました。アイディアを形にすることで、市民に喜ばれ自信につながりました」と佐藤コーディネーター。こうした課題が"自分ごと"になると学生は真剣に解決策を調べたり、他の講義をまじめに受講したり、教員に質問にも来る。地域課題解決を中心に、学生の成長が促される。来年からは選択必修科目「ものづくり実践教育」として、地域実践をカリキュラムに取り込んでいく。
就職率は大きく向上(98.2%、2016年度)。「中には国立大学院生と競合しながらも大手企業の内定を勝ち取った学生もいます。地域の中小企業、特に協議会参加企業では後継者として採用を考えているようで、問題解決を自発的に行える本学の学生は理想の人材なのでしょう」と胸を張る。入口の大学志願者もここ2年で大幅に増加した。
地方創生政策が始まり、久留米市は地場産業・中小企業を紹介するリーフレット「くるめで働こう!」を作成、学生にも紹介するようになった。「よくよく調べてみると、ある分野の製品で世界シェアの四割を占めている企業や新幹線・航空機の部品を供給している企業などもありました。BtoBの企業がほとんどであるこれらの製造業は、若者にその力を知ってもらう機会が多くないのが実情です。大企業出身教員も地場産業のことはよく知りません。こうした企業の、「強みをアピールして人材を集めたい」という想いと産学官が連携して求人情報が流通するようになったことで、地元就職率も大きく向上しました」と白石センター長。学生と地場産業を橋渡しするのも大学の役割である。

●信頼構築はアウトプットを出すことから

大学は事業所や市民向けに工具や3Dプリンタ、レーザーカッター等の貸し出しや、使用のためのシニアなど社会人向け、あるいは、小中学生のための講座等を行って地域に開放している。「ある時、地域のケーキ店が3Dプリンタの利用法を学びに来ました。その後、そのケーキ店では、チョコレートを素材に3Dプリンタで好きなメッセージを作成し、ケーキの中に埋め込んだらとても人気が出たようです」。専門家が想定していない使い方で全く新しいケーキが生まれた。まさに大学を解放したことによるイノベーションと言えよう。
また、先述のBP事業では「デジタル時代の機械設計技術者育成講座」という履修証明プログラムを開講したら、定員五名枠に10名の応募があった。「企業人の学習意欲は高いのですが、地域に学ぶ機会や機関がなかったのです」と長尾事務局長。
白石センター長に聞いた。地域との信頼関係はどのように構築しますか。「言葉だけではなく、アウトプットを出すこと。地域への貢献度を誇れる大学になりたい」と述べる。双方の依頼に対して迅速に成果を出すことが信頼関係構築の基本だという。佐藤コーディネーターも、「解決できないとは絶対に言いません。ツテを頼りながらもできる人や組織は誰なのかを探します。そうして巻き込んで繋がっていき、ネットワークを広げていきます。それが重要なのです。"連携"ではなく"一体"ですね」。地方の小規模大学だからできるのだと口を揃える。「小規模」は弱みではなく強みなのだ。