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地域共創の現場 地域の力を結集する

<35>西九州大学
自治体と連携した認知症予防
先進的な教学マネジメント改革

佐賀県は、唐津・伊万里・有田など陶磁器の産地として有名である。人口は横ばい。南北を海に囲まれ、佐賀平野では農業、特にコメ、大豆、大麦の生産が盛んである。明治維新の立役者「薩長土肥」の1つに数えられ、多くの偉人を輩出してもいる。「葉隠れ」で有名な山本常朝、早稲田大学の始祖・大隈重信、日本赤十字の創設者・佐野常民、北海道開拓の父・島義勇らは、佐賀(鍋島)藩出身である。西九州大学(福元裕二学長)は、健康栄養学部、社会福祉学部(社会福祉学科、スポーツ健康福祉学科)、リハビリテーション学部、子ども学部(子ども学科、心理カウンセリング学科)、看護学部を設置する佐賀県唯一の私立大学である。地域連携について、井本浩之副学長・リカレント教育・研究推進本部長、横尾仁美コーディネーターに聞いた。

●CSO活動が盛んな地域

創設は食物栄養から始まり、その後は社会福祉の大学として地域では名が知れていた。「社会福祉を志す学生が全国から集まり、学生主導の地域ボランティア活動が盛んでした。大学は専門領域を活かし、障がいのある方や高齢期の方々に対する支援、子どもたちへの食育支援などに取り組みました」。しかし、徐々に志願者は減少していく。当時、入試広報部長だった井本副学長が特色として打ち出したのがキャリア教育だった。学生のボランティア活動をキャリア教育として教学に位置付けたのである。この仕組みが、文部科学省の2010年度「大学生の就業力育成支援事業」に採択され、教学改革がスタートした。
建学の精神になぞられ科目は「あすなろう体験」と命名、社会人基礎力を育成する学部共通教育科目に位置付けた。1年次はボランティア活動や地域活動、2年次は企業インターンシップや学外体験活動、3年次と4年次は課題解決型学修や地域活動型プログラムを行う。なお、1年次は全学部生必修である。「活動的な学生のみならず、全学生に体験型学修の機会を担保しました」と井本副学長。多くは1日のみの参加が多い。しかし、この体験を通して1年生は成長する。2年次以降は選択だが志のある学生が参加する。
事前に社会人基礎力を意識させ、事後はウェブ上での報告義務があり(これとは別に修学ポートフォリオ作成も義務付けている)、この中で活動のPDCAを意識させる。活動にはポイントが付与され、取得数に応じて評価される。「地元のNPO法人鳳雛塾との共同開発により、年2回、コンピテンシーの伸長を独自テストで計測します。直感的に答えやすい設問になるよう工夫をしました」。地域体験活動を意識的に学生自身の成長に結び付ける仕掛けが埋め込まれている。
活動は、小学校支援ボランティア、夏休みの宿題補助、高齢者サロン補助、市内商店街のイルミネーションイベント「サガ・ライトファンタジー」の企画運営など大小様々である。2013年度には依頼件数が400件を超え、参加者数のべ3,200名、学生1人当たり8回程度の参加となる。市民からは「どこのイベント会場でも西九の学生さんを見かけますね」と声をかけられるという。
佐賀は地域活動や公民館活動が盛んな地域であり、多数のNPOやCSO(Civil Society Organization:市民社会組織)が存在する。高齢化が進む地縁社会だが、従来の地縁組織では解決が難しい課題にCSOを形成して地域活動の母体となるなど、市民の街づくり意識が高い。「地域のCSO会長とは気軽に話し合うし、寄り合いではお酒を交わしながら親交を深める仲です」と横尾氏。市民は学習意欲も高く、以前より教員や学生が教える社会人向けのプログラム(エルダーカレッジ)にも参加している。「現在は120名ほどですが、多い時では200名の社会人学生が在籍していました」。
社会課題解決に関心のある若者が佐賀に多数移住しており、彼らが新しい課題に対するアンテナを張っている。「県は税制優遇・補助金等で全国のNPO/CSOを誘致し、最近は福岡など大都市圏からの支部が増えています」と井本副学長は述べる。そこに学生の受け入れを呼び掛けて回った。徐々に学生を望む依頼が増え、現在はほぼ全てのNPO/CSOと繋がった。「年々、地域側の期待値が上がっていくのを肌で感じます」。
2年次のインターンシップにも特徴がある。「中長期実践型インターンシップ」では、1か月から半年ほど関わる。弁当・惣菜会社の㈱クックチャムプラスシーでは、マーケティングから新商品開発、販売促進まで学生が手掛け喜ばれた。何より社員のモチベーションが向上した。この取り組みは、日本インターンシップ学会第2回槇本記念賞を受賞。インターンの受け入れ組織は、佐賀市等行政も含めて4、5件ある。ボランティア受け入れ組織との信頼関係が構築され、その後さらに踏み込みインターンシップへと発展していく。無理のない教育プログラムの拡大と言えよう。

●国私大学で共同申請

2013年の学園をあげての「地域大学宣言」と、文部科学省「大学COC事業」の採択によって、今度は専門教育も含め全学として「地域志向の大学」を目指すこととなった。
まず、ディプロマポリシーを「地域生活を支援する人材」等に設定、それを13項目の資質・能力に分節化し、各学科のカリキュラム、シラバスで、育成する資質・能力を明記した。こうして大学の教育方針からカリキュラムを通して個別授業(シラバス)まで1つに繋がったのである。「学生に身に付いた資質・能力の偏りを算出して、次年度の教育改善に結びつける教学マネジメントを構築しました。学生には、到達度をルーブリックによって自己評価して成果を可視化してもらい、ディプロマサプリメントを発行する計画です」と井本副学長は解説する。全国的にここまでの教学マネジメント改革を進める大学は珍しいと言える。地域連携のみならず、教学改革の先進事例でもある。
大学COC事業は、佐賀大学と共同申請し、国私共同採択は全国初となった。両大学学部の特性に応じてAからLまでのプロジェクトを実施、西九州大学はHからLまでを担当する。その内容は、H:介護(認知症)予防事業に着目したリハビリテーション教育プログラム、I:保健・医療・福祉・子育て支援体制の充実プログラム、J:「街なかサポーター」活動を通した安心生活づくり、K:産学官連携による機能性食品の開発プロジェクト、L:地域住民と連携した交通UDプロジェクトである。
2016年「私立大学研究ブランディング事業」の採択にも結び付いたHの介護(認知症)予防事業に着目したリハビリテーション教育プログラムは、認知症予備軍とされる「軽度認知障害者」に焦点を当てた予防システムを構築し、地域ニーズに応えられる高度な保健医療福祉専門職の養成を目指すものである。
提携する自治体は、キャンパスが立地する佐賀市と神埼市、そして吉野ケ里町、小城市等で、リハビリテーション学部の教員が学生と共に地域住民に心身機能検査を実施。そこで「軽度認知の疑い」が確認できた場合、地域の保健師を介して当事者と家族に対して生活上のアドバイスをする。「この結果、「物忘れの検査」での疑い者は約一割、「うつ検査」での疑い者は約3割でした。これらの結果を自治体にフィードバックし、当事者に面談や受診を促し初期集中支援を行いました」と井本副学長は述べる。
私立大学研究ブランディング事業では一歩進め、4つの研究プロジェクトを行っていく。①認知症疑い者の早期発見、②認知症予防早期対応、③認知症の家族や介護者への支援、④地域支え合いシステム構築である。全国的な課題として、認知症予防は手探り状態だが、自宅生活を営む認知症疑い者とその家族に特化した認知症予防推進プログラムの構築こそが必要となっている。4つの研究がこの構築の基礎となり、連携自治体と協力して県民の認知症予防を具現化していく。
平成29年度地(知)の拠点整備事業成果報告書には、「ある自治体職員さんからは「また、西九大が面倒な企画を持ち込んで...と最初は思っていたが、地域の高齢者の方が、学生との交流をあれほどに喜ぶとは予想できなかった」と話してくださった」と書かれている。「学生はレクリエーションのプロフェショナルです」と言うように、地域の高齢者は学生との交流をとても楽しみにしている。高齢者にとっては、大学生の「医療従事者の卵」という側面よりもむしろ、「一緒に時を過ごす若者」という側面こそが重要なのかもしれない。

●長崎との広域連携

プロジェクトKの「機能性食品の開発」では、安田みどり健康福祉学部教授、神埼市等とのコラボで、特産品である和菱(わびし)を利用する食品等を開発した。「菱の外皮には緑茶に匹敵するポリフェノールが含まれていました。この抽出法について特許を申請しています」と井本副学長。また、JA佐賀と協働して、規格外のアスパラガスを利用した「Saga vege soup」を開発。菱の皮も規格外のアスパラガスも、これまでは産業廃棄物として有償廃棄していたが、一転、利益を生む商品に生まれ変わったのである。
大学が立地する佐賀市や神埼市は大学を大切にしており、地域活動に対して弁当の差し入れや交通手段の提供を行う。他自治体との関係も良好で、職員をはじめ各首長とは町の飲食店でも顔を合わせ声を掛け合う。この大学のキーワードは「地域生活支援」である。地域包括ケアの領域と学部領域が重なる部分が多く、高齢化地域の自治体としては、これほど心強い味方はいない。「地域と大学双方の提案に対して快く応じる関係でもあります」と横尾氏。
この大学は佐賀大学との連携も強い。学部構成が保育、看護以外は重ならず、ゆえに新規事業などではお互いに声を掛け合う。大学COC事業への共同申請は、佐賀大学からの提案である。県東地域は西九州大学、県西地域は佐賀大学という緩やかな分担にもなっている。設置者の違いはあれど、県内に2つしかないからこそ、協働して一緒になって地域の未来を創造できる。設置者を超えた大学連携が模索される中、西九州大学と佐賀大学は好事例になるだろう。そんな両大学を県も大事にしている。「長崎とも良い関係です。元々は鍋島藩という1つの地域でしたので、経済や文化が似ています。両県を中心にした国公私立大学、地方公共団体、地域経済界は連携して、「私立大学等改革総合支援事業」のタイプ5に採択されました。今後は、医療福祉の分野で両県の大学、自治体、産業界を巻き込んだ展開にしていきたい」と井本副学長は意気込む。
この大学の最大の特徴は、地域実践型の先進的な教学マネジメントである。地域を巻き込んだ教学改革は、井本副学長はじめ、5、6名の教員から始まった。現在は、学長主導のもと短大部の平田孝治教授と井本副学長の2名を中心に構想を練っている。「文部科学省の就業力育成プログラムや大学COC事業に採択されたことで、「改革をやらなければならない」というメッセージを全学に発した。改革スピードを緩めることなく、全国的にも先進的な取組に邁進している。
九州の中でも地味に見られがちな地域でありながら、地域を盛り上げ、未来を創ろうという熱意をしっかりと内に秘める。こうした地域において、若者を確実に育成し、教育研究の社会実装化に取り組む西九州大学は、まさに名実ともに「生活支援大学」である。