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地域共創の現場 地域の力を結集する

<24>福山大学
養殖・ワイン…里山・里海を活かす
地域の「潤滑油」として新産業育成

瀬戸内海において大阪と山口からちょうど中間、広島県の東部に位置する福山市は、古来より備後(びんご)圏域(人口約87万人)という独自の文化圏を形成してきた。「山椒魚」等で有名な作家・井伏鱒二はこの地域の出身である。また、海を見れば、尾道市から西瀬戸自動車道(しまなみ海道)が愛媛県今治市まで伸び、豊富な沿岸域(藻場・干潟)を擁する。戦前から織物物産、木工産業等を中心に栄え、戦後は製鉄、自動車、電子機器、食品産業、半導体、建設、包装、印刷業など、独特の「丘陵型の機械工業集積構造」を形成してきたものづくりの街である。これら業界には世界的にオンリーワン、ナンバーワンの中小企業も数多く存在する。福山大学(松田文子学長、経済学部、人間文化学部、工学部、生命工学部、薬学部)は、この特徴的な地域において、備後圏域で唯一の総合大学である。松田文子学長、松浦史登副学長、冨士彰夫副学長、大塚 豊副学長(大学教育センター長)、仲嶋 一学長補佐に話を聞いた。

●地域活性に熱心な市民

 福山大学は、1975年、経済学部・工学部の2学部で発足、当初より地域人材の育成を視野に入れており、その後も薬学部、人間文化学部、生命工学部と、この地域にはない分野を開拓し地域の人材育成を行っている。見方を変えれば、第1次産業(生命工学部)、第2次産業(工学部、薬学部)、第3次産業(経済学部、人間文化学部)、そして、学部間の連携による第6次産業...と地域産業に貢献する分野を揃えているとも言える。
 また、備後圏域の人々は、独自の文化圏を形成していることに矜持を持ち、進取の気性にも富んでいる。産業界は先述の通り、世界的なオンリーワン中小企業があり、自治体も将来への危機意識が高く、地域活性や人口流出の歯止めに積極的である。そのような地域性のある市民と、大学は連携している。
 例えば、福山市職員は、熱心に教員と地域政策を議論する。教員もこれに応え、依頼は断らず取り組みも早い。お互いが出す提案には前向きな姿勢で応えるなど、双方の信頼関係は強い。近隣の府中市や笠岡市等備後圏域の自治体とも活発に連携活動を進めており、市の総合計画には大学の協力を前提とした事業がいくつもある。広島県とは県警と防犯分野やインターンシップ事業で連携している。「市や町の職員からは頼りにされているという実感はあります。最近は特に人口減少が進む地域から連携依頼が増えています」と松田学長は述べる。
 一方、地元産業界も熱意にあふれ、100社以上の企業が大学の課題解決型学習(PBL)に協力し、企業懇談会には地元企業300社以上が集まり、「ビジネス交流会:福山未来」は73社・団体の会員を擁する。「20年前に社会連携センターを設置した時、1週間で地元企業約50社が参画してくれました」と松浦副学長。経済学部で開設する「備後経済論」では、地元の経営者が講義し、学生による経営者インタビュー演習にも喜んで応対してくれる。
 多くの教員が自治体の委員会委員を務める一方で、商工会議所会頭は大学の評議員であり、企業懇談会には副会頭と共に必ず参加し、「備後圏域に貢献している大学だ」と期待の声をかけてくれる。

●テッポウギスの養殖

 そのような地域性の中で、総合大学として文理様々な産学連携事業を行っている。その集大成ともいえるのが、平成29年度「私立大学研究ブランディング事業」の採択である。この事業は、瀬戸内の自然共生社会、生物多様性保全、持続可能社会を目指す「瀬戸内の里山・里海学」という全学挙げての大テーマの一部であり、事業計画書には、「瀬戸内海中央部・芸予諸島の周辺浅海域を舞台に、先端技術を用いて藻場・干潟および周辺生態系を解明し、沿岸生態系に眠る多面的機能を洗い出すことで、新産業創出に資する知見を得ると共に、備後圏域の産業の活性化と島の過疎化改善を目指す」とある。
 2015年から始まる、海洋生物科学科有瀧真人教授による「地元産テッポウギスの完全養殖プロジェクト」はこの事業の中核の一つでもある。大型になると通常の2倍の高値で取引され、経済効果も高いテッポウギスの養殖に成功、しかも、成魚になるまで通常3~4年かかるところを1年半に短縮させた。養殖されたテッポウギスは、地元の回転ずしと協力し、握りずしや唐揚げとして、現在試験的に提供されている。なお、大学創設者宮地 茂氏の故郷である瀬戸内海の因島にもキャンパスを持ち、内海生物資源研究所(1989年創設)と併設の水族館を置いて島の活性化も狙う。冨士副学長は「過去にフグやヒラメなど様々な魚種の養殖を試みた結果、テッポウギスにたどり着きました。我々は近海の魚を高付加価値化してやっていこうというポリシーを持っています。稚魚の放流は地元小学生に協力してもらい教育的効果を狙います」と語るように、あらゆる場面に「地域連携」を入れ込んでもいる。
 また、2014年から始まった、生物工学科による「福山大学ワインプロジェクト」も産学官連携による主要な成果と言えよう。福山市は「ふくやまワイン特区」に認定されており、特産であるブドウを学生たちの手で栽培し、同じように福山を象徴するバラの花から分離した酵母を使い、長年培ったバイオ技術を駆使して、オリジナルワインを作るプロジェクトを進めている。同様にバラの花から分離した酵母を利用した新しい食感を持つパンも開発している。
 構造・材料開発研究センターには、西日本最大級の大型構造物耐震実験設備が整っており、地元の土木系企業はもちろん、大手建設会社や京都大学等とも共同研究を行う。ほかにも、福山の特産だったイ草の保存・栽培、養殖アサリの食害への対応、笠岡市教育委員会との連携協定に基づくカブトガニの保護と生態研究、瀬戸内の果実を用いたジャムの開発...まさに備後圏域の里山・里海を保全するとともに活用した地域活性を全学上げて取り組んでいるのである。
 市民との連携も盛んである。最寄りのJR松永駅近くにM亭と呼ぶ学生の拠点を設けて活性化も手掛け、特産である下駄を利用した地元住民団体によるゲタリンピックに参加。地域の水田を借りて学生が地元農家ともち米を作り、学園祭で餅を地域の子どもに提供したり、地元の「東村町かかし祭り」で学生がかかしを作り出展し、また近隣地域の祭りの神輿の担ぎ手になるなど、大学生たちは地域文化の担い手として必要不可欠な存在となっている。

●未来創造人の育成

 大学創設時に掲げた地域貢献の旗を再び高く掲げるようになったのは、2000年前後、当時の西崎清久学長が政府の産学官連携政策を受けて、知的財産や社会貢献を推進するように全学に呼び掛けたことが大きい。福山大学社会連携センターを発足させ、現在は「産学連携部」「知財部」「地域連携部」「高大連携部」の四部門体制を図り、各部門長及び運営委員19名で構成される。
 更に、2008年には「福山大学教育システム」および「福山大学における共通教育」をまとめ、翌年にはカリキュラムを一新してアクティブラーニングに舵を切り、地域を見据えた目標設定型教育システムを構築した。松田学長は更にこの方針を学則に盛り込み強化。2017年には「未来創造人の育成」を目標に掲げた。同年の長期ビジョン委員会によれば、「備後地域の産学官民連携を推進し、地域の教育資源を最大限に活用して人間性を高め、地域を愛し、地域で活躍し、地域から国際社会につながる「未来創造人」を育成します」とある。「現在はこの方針に理解のない教職員はいません。全学一致して取り組めています」と大塚副学長。まさに地域の大学である。
 繰り返すが備後圏域にはオンリーワン企業が多く、海外との取引を行う場面も少なくない。外国語に強い人材が求められるため、留学プログラムも豊富である。これも地域のため、という明確な目的意識のもとに行っている。
 備後圏域には四つの大学がある。福山市立大学、尾道市立大学、福山平成大学、そして、福山大学である。福山平成大学は、福山大学と同一法人の姉妹校であるので、実質的には二つの市立大学と一つの総合私大があると考えても良い。つまり地域唯一の総合大学であるから、特に他大学にはない工学部や薬学部などは地元の期待も大きいと言えよう。2013年には福山市と包括協定を結んでいる。「フットワークの軽さは、本学の強みだとも思います」と仲嶋学長補佐。

●私学ならではの企業への貢献

 研究成果の地域還元において、福山大学の取り組みから二つの特徴的な示唆がある。
 一つが、行政、産業界、大学の関係である。福山市には、企業のニーズを捉えて大学のシーズとマッチングさせる部署があるという。担当者が大学を訪問したり、産業フェアなどを開催し、定期的に大学のシーズを把握している。大学側も公開講座や年に一度の研究成果発表会を開催し、問い合わせ窓口を明確にし、敷居を低くするように努めている。情報は発信すればよいというわけではない。その情報をかみ砕き本質を理解し、相手企業の事業の本質も理解して意識的にマッチングを行わなければ無意味となってしまう。その力量が行政にあるというのは非常に心強いことであろう。  二つが、国立大学等との差別化である。国立大学とは異なり大規模な基礎研究を行うことは難しいが、地元企業に最新技術情報を提供し導入を促すことなどは地方私立大学(主に理工系学部)として行いやすい。「地域の玉子屋さんに遺伝子操作手法を利用したサルモネラ菌の検出キットを提案し、修士課程の院生が開発しました。その院生はその会社に就職し、その後、この成果で博士学位を取りました」と松浦副学長。中小企業は、新商品を開発しても実証実験・検証するための十分な機器を保持していない。そのような時、大学の機器を利用してもらう。「地元中小企業が新商品を開発したり、より効率的な取り組みを行う際に貢献できるのが地方私立大学の理工系学部ではないかと思います」と仲嶋学長補佐は述べる。
 こうして培われた大学と企業の信頼関係の下、企業とのインターンシップも備後圏域が一体となって行われている。2010年、「BINGOチャレンジインターンシップ」として始まり、現在は、「BINGO OPENインターンシップ」として備後圏域の他の3大学にも開放し、広島県や県内各市、商工会議所や企業家同友会などとも連携している。この背景には、やはり受け入れ企業の想いもあろう。都市部の大企業のインターンシップなどとは異なり、地域の活性化、存続のため、地域の未来を担う人材を教育機関と共に育成していこうという、特別な思いが結実したものが、このインターンシップ事業とも言えるのではないだろうか。福山はものづくり、オンリーワン企業が多数集積する地区としてその思いが特に強いようにも思う。
 これまで紹介してきた通り、総合大学として全てのリソースを最大限に地域に振り向けているのが福山大学である。こうした成果が地元進学率約6割、地元への就職率が6割に近いという高い比率に結びついている。その背景には、備後圏域の多層な資源、意欲旺盛な備後の人々がいる。「今後、大学が地域の潤滑油となって新産業を育成していく仕組みをOpen Incubation Lab=OIL(オイル)というコンセプトでまとめました」と松田学長は述べる。一年間に取り組むプロジェクトは大小合計100以上はあり、すでに道筋が見えているともいえる。現在の大きな課題は外部資金の獲得。一時期は1学部の研究に合計億円単位の外部資金を獲得したこともあった。現在、その水準を目指して取り組んでいるという。
 こうした取り組みを見るにつけ、地域に根差し備後圏域の将来を担う「未来創造人」は、順調に育成されているようにもみえる。