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特集・連載

地域共創の現場 地域の力を結集する

<23>仁愛大学
地域と共に実現する高い県内就職率
自治体が大学教育を強力に支援

福井県は、古くは北陸一帯を勢力圏とした越国(こしのくに)の一部であり、大陸との交易の玄関口の1つであった。越前市は、福井市、坂井市に次ぐ県人口第3の都市である。周りを山に囲まれた武生盆地に市街地を形成している。我が国における和紙抄造の発祥の地としても知られ、現在も質・量ともに全国一の産地である。戦国時代には、前田利家によって越前府中城、佐々成政によって小丸城が築かれ、一向一揆の舞台にもなる。現在は、電子・機械・化学・繊維工業が盛んなほか、農業は稲作、スイカ、そば(昭和天皇が名付けられたと言われる「越前そば」)も有名。2022年には北陸新幹線が金沢から敦賀まで延伸し、市内には新幹線駅が設置される。その中にあって、越前市唯一の私立大学が仁愛大学(人間学部、人間生活学部、大学院人間学研究科、収容定員1324名)である。「3年間就職率ランキング(「週刊東洋経済」、2017年5月15日発行)」文理融合系で、人間生活学部が就職率97.2%で2年連続の全国第1位に、人間学部が90.2%で第11位にランキングされるなど、全国的に注目もされている。同大学の地域共創活動について、禿 正宣学長、野田政弘副学長、大野木裕明地域共創センター長、丸山智之地域共創センター次長、升田法継准教授、工藤真人事務長に聞いた。

●大学への支援が手厚い福井県

福井県は、京都まで特急で1時間半、他地域と同様に若者流出地域(高校卒業から就職時で毎年2000人が県外流出)である。また、高等教育機関数も隣の石川県と比しても8機関(私立大学は3校)と多くはない。しかしながら、こうした背景が大きな危機感となって行政・高等教育機関が一体的に動ける強い原動力へとつながっている。

県は、全ての高等教育機関に呼びかけ2016年に大学連携センターを設立。年に1度、知事は学長たちと情報交換を行い、大学のリソースを県政に活かしている。

また、県が出資して福井駅前に「Fスクエア」を整備。これは県内の全高等教育機関の学生が集う共通のサテライトキャンパスである。この拠点を通して各機関の連携のもと、FDや学生活動、生涯学習、産学連携等が行われている。県内大学の学部構成は大きくは重なっていないため、オール福井体制が取りやすく、県側もそれを期待している。

県は特に私立大学が新学部を設置する際、完成年度を迎えるまで私学助成が出ないことから、その間の財政的支援を行っている。県のここまで手厚い支援は全国的にも珍しいと言えるが、先述のように県の若者流出への強い危機感がある証左と言えよう。

こうした福井県ならではの地理的条件の中で、仁愛学園は1982年に福井市から電車で20分の越前市(旧武生市)からの誘致を受け、短期大学の一部を移転し、そのキャンパスを利用して2001年に市および県からの支援を受けた公私協力方式で大学が誕生している。従って、大学は設立当初から近隣地域への貢献を使命の一つにしており、事実そのように取り組みを行ってきた。

大学の正門には「うるわしい世を拓く灯となるために」という言葉が大きく掲げられており、学友会、同窓会ともに「世灯会」という名称を学生自らが選び名付けたことからも大学の雰囲気がうかがえる。「短大時代にも地域の生活文化の調査研究、公開講座などの地域貢献を担う生活文化研究センターを開設していました。大学もその流れで具体的な取り組みを行う土壌が整っていたと言えます」と禿学長は振り返る。

特に越前市とは、2007年には包括連携協定、2008年には災害時における協力体制を構築するなど、その強い信頼関係には目を見張るものがある。その具体的取り組みをいくつか紹介しよう。

●市と大学の強い信頼関係

市は2012年度より、市をフィールドにした地域振興活動や地域貢献活動を支援する補助事業(1事業につき10万円以内)として、「地域貢献活動支援補助事業」を始めている。市内には仁愛大学しか大学が存在しないこともあって、仁愛大学生からの多くの提案が採択されている。「市に取り組みの提言をすると、予算措置を色々と考慮してくれます。市は大学の取り組みにできるだけ支援をしてくれています」と丸山地域共創センター次長。

この中で、具体的に取り組まれている事業の一つが、学生が選ぶ「越前おろし蕎麦」探しマップ作りである。市内には50軒もの越前おろしそば屋が点在するが、学生目線で、味のみならず、こだわりなど各店舗の特徴や魅力をチッェクする。「市や観光協会が作成するとなると、店の選定や紹介コメントにも公平性のようなものが求められますが、利害関係のない学生だと遠慮なくやれます。個性豊かな店やがんばっている店に光を当てることも可能となり、こうした評価自体が店同士の切磋琢磨に繋がればとも思います。

また、QRコードを利用してスマホで行先を探す現代の若者を意識した工夫もし、越前おろし蕎麦ファンの裾野拡大も狙っています。これらのことは、これまでの市などの取り組みではできなかったことでもあります。

さらに、学生には、インターネットを中心とした電子媒体による情報発信が拡大される今日において、情報メディアとしての紙の優位性や魅力を確認させたい考えもありました」と升田准教授はその意義を解説する。地域のしがらみの中でジレンマを解消できるのも学生ならではの強みであろう。

越前市の中心、武生駅前に「駅前サテライトキャンパス」を設置しているが、これは市が進める中心市街地活性化事業を推進するために大学が協力するものでもあり、施設の整備にも市からの補助を受けて大学が管理運営するという形態を取っている。大学は公開講座、授業・ゼミ活動を行うほか、大学の情報発信基地として活用している。地域の高齢者の憩いの場にもなっており、「(このキャンパスが)あってよかった、という声を頂いています」と工藤事務長。住民が集い、生活の生の声を知ることができる機会があるというのは、行政にとっても重要な場所であろう。

大学で開講する学部共通科目「ふくい総合学(越前市版)」は、市のほぼ全ての部局から講師が派遣され、「越前市」を様々な角度から俯瞰する。中でも「市政運営について」では、越前市長自らが講師を務める。各教員と担当部局職員は常に連絡を取り合う関係だから、市と大学のトップレベル、そして、現場レベルの信頼関係の厚さを物語る科目であるとも言えよう。

●地域が学生を育て、地域で働く

市の総合計画(平成23年度~平成28年度)には、「仁愛大学、福井工業高等専門学校などの高等教育機関と連携協定などを締結し、産業、教育、福祉、まちづくりなど幅広い分野において連携体制を築いてきました。また、平成20年度からは駅前サテライトを設置し、仁愛大学を中心に公開講座等を開催することにより、生涯学習機会の提供と中心市街地の活性化を図っています」と大学との連携成果を前面に打ち出して紹介されており、「高等教育機関は、地域の知的財産であり、地域社会との連携が重要な課題であることから、高等教育機関と地域の連携拠点として、駅前サテライトの機能充実が求められています」と大学への一層の期待が寄せられている。「奈良俊幸市長はじめ、市役所職員の方々には、市に大学があることの強みを理解してもらっています」と野田副学長は述べる。

特に人間学部コミュニケーション学科のゼミなどでは越前市をはじめ近隣市町村・企業等からの受託研究・共同研究で、学生がフィールド調査等を行う。それらをまとめた成果は、学生にとって卒業論文等でもあり、若者からの市への政策提言にもなっている。また、鯖江市の「骨董市」などは、開学以来地域連携に尽力され、昨年急逝された故・金田明彦教授(前地域共創センター長)が学生と共に中心的な役割を担ってきたように、福井県のまちづくりにも大きく貢献してきた。地域共創センターには年に3、4件程度の調査依頼などが舞い込む。「個別の教員には更に多くの依頼があり、それらを大学として把握することが現在の課題でもあります」と大野木センター長が述べるように、今後ますます大学を頼る近隣自治体は増加するだろう。

産業界との連携もある。福井駅から武生駅まで走る福井鉄道の利用客を回復するため、大学も様々に協力をしている。月に1度の鉄道イベントの出し物を企画するほか、2012年には、新型低床型車両のカラーデザインを決定する県民の投票にも協力。健康栄養学科は、その領域の特性上、農業試験場や県の栄養調査、地元飲食業のレシピ考案などを行う。

升田准教授は、ゼミ活動の一つに域学連携を掲げ、ふるさと納税の返礼品のアイデアの検討及び提案、市の広報紙リニューアル時の学生による意見具申、市PR動画の制作、地区の振興会や観光協会の依頼で活性化アイデアを出しイベントを行うなど、地域づくり、政策提案に積極的に学生を参画させる。「大学を地域のシンクタンクとして機能させ、地域の課題解決に貢献するとともに、地域の未来を切り拓く人材を養成することが狙いです」と話す。

一連の地域での体験を通して学生たちは地域への愛着が増す。それが、県内進学者は8割、北陸3県への就職者は人間学部で89%(福井県81%)、人間生活学部で82%(福井県68%)という高い数値(2016年度)にも表れる。「学生の1人は、県外での就職を希望していましたが、結局は越前市職員になりました」と升田准教授。講義で地域を俯瞰し、行政との関わりを通して町や地域での生活について深く考え行動し、その後行政・地元企業に就職をしていく。そして、今度は行政・企業側から大学に関わり教員と共に学生を育てる。こうした循環が生まれつつあるという。

●あるべき地域の大学の姿

こうした取り組みを可能とするのは、何度も紹介しているように、地域との深い信頼関係である。市も若者流出に強い危機感を抱いており大学の存在も重要である。大学設置と共に発足した「参与会」は大学の応援団であり、参与には副知事や市長、県や市の商工会議所会頭らが名前を連ねる。そもそも仁愛学園は設立から120年が経過しており、卒業生は県内各地、あらゆる仕事に関連し、そのネットワークは網の目のようである。加えて、地域連携に熱心な教員たちも豊富な人脈を活かしてゼミ活動などを行う。「現在の同窓会の会長は市の職員です。毎年、現役・中途で市役所に就職する卒業生もいるので、十数年後には市の重要な役職になり、更に市との連携は進むでしょう」と野田副学長は期待する。

特に県庁所在地から離れた市町村であるほど、その危機意識は高い。住民も行政にその打開策を期待するが、行政には若者を引き付けるアイデアがない。そんな折に声をかけるのが、若者の創造力が集積する大学なのである。学生はもちろん教員の強い熱意が、逆に地域側をも動かす。若者は時に行政、そして、教員にすら気づかない(あるいは理解ができない)アイデアをひねり出す。

仁愛大学は、人口減少が進む福井県の市町村・自治振興会からの依頼に真摯に応え、各学部の専門領域という角度から最大限に取り組む。その中心になるのは学生である。学生は様々な地域活動の中で自分の故郷を見つめなおし、地域が好きになる。その中で、大都市よりも、地域や人々の魅力に惹きつけられて地域で就職することに決める。そのような取り組みを地道に続けている地域の大学と言える。

「現在は、越前まるごとキャンパスという理念のもと、2年生から4年生までが合同でプロジェクトに取り組む一貫教育科目が進行中です。カリキュラム化することで、一過性で終わらせず、また社会に出れば当たり前である「縦と横の関係」による取り組みで学生を育成することができます」と升田准教授は述べる。

昨今、私立大学の公立化が多くみられるが、仁愛大学は公立化せずともここまで行政の期待に応え、あるいは、行政は私立大学を支援し、そして、地域に貢献できる、地域共創ができることを教えてくれている。