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地域共創の現場 地域の力を結集する

<21>長崎総合科学大学
一流研究者を招聘し産業を創出
オンリーワン“船舶工学”で業界と連携

長崎県は、都道府県で最も島しょ数が多い。海岸総延長や漁業就業人口も全国1位である。出島、キリシタン大名、海援隊、そして、原子爆弾...日本の歴史的転換期には必ずその名が登場し、また、それだけ歴史に翻弄されてきた地域でもある。特に長崎市は、三菱重工業株式会社を初めとする造船業が盛んな企業城下町の側面を持つ。川南工業は、戦中・戦後の一時期、その一角を占める造船会社だった。創業者川南豊作社長は、1942年に川南高等造船学校を設立した。これが現在の長崎総合科学大学(木下 健学長、工学部、総合情報学部、940名)の前身である。この大学の地域での取り組みについて、野瀬幹夫副学長、平子 廉副学長、川竹成稔研究助成推進課長に聞いた。

●高い研究力

入学定員1000人にも満たないこの大学の驚くべき研究力は「大学ランキング2018年度版」(朝日新聞出版)にその一端が垣間見られる。分野別論文引用度指数(2005年~2015年)で、「物理学」第1位、「宇宙科学」第2位、2016年度版では、「教員一人あたりの被引用数」第1位、「1論文あたりの被引用数」第2位、「教員1人あたり論文数」第21位。「過去に本学学生が東京大学の教員に直談判して大学に来て頂いた経緯があり、それ以来、東京大学や京都大学などから著名な教員が退官して、フィールドを求めて本学に赴任する伝統があります。木下学長も船舶工学では世界的な権威です」と野瀬副学長。田中義人新技術創成研究所長は「集積回路システム(LSI)」の権威で、ノーベル物理学賞に結びついたヒッグス粒子発見にも大きな貢献をした世界的に著名な研究者であり産学官連携のスペシャリスト、難波 進元所長はナノテクノロジーの草分けである。後述する産学連携活動の数々は、こうした高い研究力を持つ教員に立脚している。

冒頭にも触れた通り、特に造船人材の育成に歴史的に携わってきた背景から、全国から船舶技術者を志望する若者が集まり、全国の船舶企業に就職をしていく。全国の海洋・船舶工学の一流研究者が県を挙げて造船業界を後押しする地域に集まり、また、三菱重工業や船舶企業の優れた技術者が実務家教員として赴任してくる。このようにして築かれた造船業界人脈を通して全国の船舶企業から研究・実証依頼が絶えない。全国的に船舶工学等の専門教育課程を有する大学が撤退する中で、船舶に力を入れる地域に立地し、船舶に関する教育研究を熱心に行う大学としてオンリーワンになりつつあるのである。

国土交通省の「海事生産性革命(i-Shipping)を推進する革新的造船技術研究開発支援事業」等にも採択された他、長崎県や企業との共同研究の成果の一つとして松岡和彦准教授らによる「造船技術シミュレータ」がある。若手作業者への技術伝承が円滑に進むようICT活用による教育シミュレータを開発しているもので、長崎県の技術者が持つ技術を蓄積してデータベースをつくり、蓄積されたデータを見える化している。今後、企業での新人OJT教育に活用できるよう整備していく。平子副学長は、「人材不足が続く造船業では世代交代期も迎えており、設計者も熟練者から若年者に業務の移行が進んでいる一方で、中小造船所や設計事務所の若年者には、船舶工学の専門教育を受けたことがない設計者も少なくありません」と解説する。そこで、二〇一三年度より長崎県造船協同組合に協力し、県の中小造船所に勤務する若手設計者向けの「設計技術者講座」を実施している。

●産学連携に熱心な教員たち

2000年代に政府が推進した産学官連携政策を、長崎という地域、とりわけ同大学は九州ではいち早く、また、実践的に展開した。当時の山邊時雄学長は京都大学で初期のリチウムイオン電池開発など盛んに産学官連携に取り組んだキャリアがあり、この大学も産学官連携の推進にかじを切った。2002年、大学院には新技術創成研究所を設立し、2003年には文部科学省学術フロンティア推進事業の拠点として「学術フロンティアセンター」が研究所内に設置された。当時、国策として推進された大学発ベンチャーの創出、特許取得によるライセンシングなども大学として熱心に取り組んだ。環境・エネルギー、情報、ナノ・新素材、バイオテクノロジー、生産技術・複合新技術などが網羅された。「山邊元学長はノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生の流れをくむ世界的にも著名な研究者で、当時から、それまで主流であったハードテクノロジーから21世紀型ソフトテクノロジーに向けて、再生医療やVR(仮想現実)、AI(人工知能)、組込ソフトウェアなど最先端科学技術に携わる研究者を長崎に招いては講演、啓発していただいていました。県議会でも県の新産業創造をアピールし、政財官、地元工業会を巻き込みました。長崎の自治体や産業界関係者、地元の方々も非常に刺激になったと思います」と川竹課長。いわば、山邊元学長が精力的に自治体、産業界、そして他大学をも巻き込みながら県全体の産学官連携を主導していった。

2006年、同大学、長崎大学、県立シーボルト大学(当時)が、県と市に対して、医工連携をテーマとした大学シーズの技術移転のインキュベーション施設誘致を要望して誕生したのが「ながさき出島インキュベータ(D―FLAG)」である。このインキュベーション事業は、九州では福岡、熊本と同施設のみである。川竹課長は「当時の本学の取り組みが刺激になり、周囲の大学の新事業にも繋がっていたと感じています」と振り返る。これまでに入居企業延べ80社、退去企業57社で、同大学でも7つの大学発ベンチャーが誕生した。特許取得にも力を入れる。

同施設は現在、中小企業基盤整備機構九州本部が運営しており、九州経済局と連携したり、福岡県から知的財産や会計、輸出関連の専門的支援が直接受けられるため、長崎においては貴重な施設でもある。全国的には一時的な盛り上がりにも見えた政府の産学官連携推進政策は、ここ長崎においては15年の時を経てようやく開花しようとしているともいえる。いくつかの事業を紹介する。

三菱重工業出身の坂井正康名誉教授の研究チームは、農林水産省の委託研究で、農業・食品産業技術総合研究機構と連携し、間伐材や稲わらなどの草木バイオマスを高温下で水蒸気と反応させ水素やメタンなどの可燃性ガスを作る「農林バイオマス3号機」を開発した。「バイオマスエナジー株式会社」として大学発ベンチャーを創業して開発を続け、2009年度からは更に同省補助事業として、メタノール燃料の製造も行う実用機の整備と技術の実証実験が行われた。バイオマス分野での発電効率は世界最高水準であり、この取り組みは産学官連携の好事例として「科学技術白書」に掲載された。

大学と三菱長崎機工株式会社は、下水汚泥減量化の過程で発生した残渣の肥料化に成功。自然においては数百年かけて腐植土、海洋堆積物や土壌に化合されていくフルボ酸鉄・フミン酸を豊富に含む完熟肥料を1~2週間という短期間で製造する技術を発明した。長崎市の農業センターで実証試験したところ、多くの野菜、果樹、花卉類において非常に良好な効果があった。現在は更に返流水のバイオろ過技術、液肥利用技術も開発し、藻場再生の実験や潮流下可動型海洋ロボット開発に着手するなど、まさにオール長崎で県離島等の地方創生に生かす試みを行っている。

同大学が長崎の新産業創出の重要な役割を担ってきたと言っても過言ではない。

●県や市のプロジェクトを牽引

県や市はどうであろうか。西九州地域では唯一の私立理工系大学であることに加え、船舶工学や建築など、県内でもオンリーワンの専門領域を持つため、市はもちろん県からも頼られる存在となっている。ここで紹介する事業は全て自治体の関連部局との連携があり、強い信頼関係が構築されている。市とはD―FLAGのほか、2014年に包括連携協定を結んでおり、県とは人材育成の連携協力協定を締結している。

県は「海洋再生可能エネルギー」の促進を掲げ、離島をはじめ、ほぼ全ての自治体で風力や潮力発電の実証実験などに取り組んでいる。我が国の海洋エネルギー推進の中心機関である「海洋エネルギー資源利用推進機構」を立ち上げ牽引しており、木下学長率いる同大学は県の重要なパートナーとして活躍している。2013年には県北の平戸市とも包括協定を締結。黒田成彦平戸市長は締結に当たり、「行政の限界を大学の専門的な知見と知恵で克服したい(西日本新聞、2013年12月25日付)」と期待を語っている。やはり船舶工学では著名な池上国広名誉教授がアドバイザーとして参画する「長崎海洋産業クラスター形成推進協議会」は産学官連携組織として2014年に発足した。

NPO法人産業技術推進機構長崎は、「長崎県科学技術振興ビジョン」策定の原動力になった県内有志企業が中心となって設立され、長年に亘り山邊元学長が理事長として、産からのニーズ発信による産学官連携に努めた。現在では長崎県連合工業会の設立によりその役目を終えたものの、国・県の科学・産業技術による社会経済の活性化政策に対応した活動を展開し地域を先導した。

東長崎エコタウンプロジェクトは、東長崎地区住民のニーズに基づき、二酸化炭素や廃棄物の排出を抑える地域の資源・エネルギー循環構想として貴島勝郎前学長が提唱した。2009年から住民、地元企業、自治体約100団体を交えて地域連携研究会や東長崎エコタウン協議会を立ち上げ、大学としても異なる領域の教員の産学官連携成果をこのプロジェクトに結びつけている。この取り組みは文部科学省大学発グリーンイノベーション事業「緑の地(知)の拠点事業」に全国で初めて採択され、3年で約1.2億円のプロジェクトとして、潮流発電や先述のバイオマス技術などハイブリッド電源の最適化をシミュレーションするマイクログリッドシステム開発などを実施。また、2012年3月には、国土交通省下水道革新的技術実証事業(B―DASHプロジェクト)に採択され、約6億円で長崎東部下水処理場でのゼロエミッション計画がスタート。2013年までに、大学敷地内に風力・太陽光発電を利用した電動バイク用充電ステーションやスマートハウスが建設され、実証実験を行った。

●研究力の高い教員を招致する

同大学の地域連携事業から学べるポイントは主に2つある。

1つ目が、研究力の高い教員の招聘である。長崎特有の海洋・環境・エネルギーなどをテーマとした新しい研究開発の実証の場を整備する自治体、新産業創出を求める地元産業界の熱意に惹かれ、各領域の第1人者がこの大学に集う。そして、こうした教員が、逆に地域を巻き込み地域を刺激する新しい知見を絶えず県外から持ち込む。これは学生の成長にも効果的だ。教員のグローバルな視点や人脈を傍で体験しながら、将来は地域を引っ張るリーダーに育っていく。いわば外部の研究者と長崎という地域を結ぶハブとしての機能を大学は有している。

2つ目が、やはりオンリーワンの分野を作るということである。繰り返すが、船舶工学では全国有数の大学であり、建築学では県内唯一である。県内外の無数の歴史的建造物の調査・保存にも建築学コースの教員が寄与し、「長崎の教会群を世界遺産にする会」の会長は林 一馬元学長が務める。地域も自治体も産業界も、この大学を頼りにしている。

同大学は、研究型大学から産学官連携部門を切り出したような大学とも形容できるかもしれない。それだけの技術力と地域産業界との深い信頼関係が築けているのである。受託研究の八割は地元中小企業である。1000人にも満たない小さな大学でも、新しい産業を興すことができる。全ては地域のため。長崎総合科学大学の役割は地域でますます求められていくと言えよう。