加盟大学専用サイト

特集・連載

地域共創の現場 地域の力を結集する

<20>福島学院大学・短期大学部
温泉街を変えた学生の発想
“課題解決”と“興味・関心”を合わせる

福島県は奥羽山脈と阿武隈高地によって会津、中通り、浜通りの3区域に分かれる。中通りの中央には阿武隈川が流れ、白河市、郡山市、福島市と主要都市を縦貫して宮城県に抜ける。福島市は県最北の市でもあり県庁所在地で、江戸時代には生糸、織物で栄えた。また、桃や梨などの栽培が盛んで、果樹王国としても知られる。こけし発祥の地の1つでもあり、温泉街が市内に3か所ある、第1次産業と観光業が盛んな地域である。このような中に福島学院大学(小松由美学長、福祉学部、短期大学部保育学科・食物栄養学科・情報ビジネス学科)が立地する。東日本大震災後に転機を迎えた大学の地域共創について、小松学長、木村信綱学長補佐、梅津俊彦総務部長に聞いた。

●「若旦那図鑑」が温泉街を変えた

福島第1原子力発電所事故が残した爪痕は大きく、福島市内の3つの温泉街も客数を大きく落とした。最も落ち込みが激しかったのが市内から車で30分の土湯温泉。5軒の旅館が暖簾を下した。土湯温泉の若旦那たちが大学を訪れたのは2014年のそんな折だった。小松学長は振り返る。「とにかくゼロから大学と企画して温泉街を盛り上げたいと。情報デザイン学科の学生を交えてワークショップを開き、議論を重ねました。メインターゲットを首都圏在住の女性にしたことで学生が発案したのが、「恋愛シミュレーションをイメージした図鑑」。旅館の若旦那たちが温泉や町をPRするフリーペーパーでした」。土湯温泉の旅館経営者は、ちょうど若手層が厚かった。学生はそこに目をつけたのだった。

構成、若旦那へのインタビュー、編集からデータ入稿まで全てを学生が作成した。第1号完成後、土湯温泉観光協会の関係者と首都圏を中心にPR活動を実施しツアーを企画。これが瞬く間に話題となり、2号までの予定が最終的には4号まで発行した。2015年度からは食物栄養学科と組んで、秋の温泉街で食べ歩きをして楽しむ「土湯ぶらっと温泉バル」にも参加協力。同年、東京の出版社から漫画化の提案がありこれも実現した。一連の取り組みの効果もあり、温泉街は賑わいを取り戻し、2016年度には協会と大学の相互協定が結ばれることとなった。

協会や若旦那たちは当初、学生とのコミュニケーションの取り方が分からず企画にも懐疑的であったが、学生たちの熱意に押され、最後には、学生のことを"福島の若い仲間たち"という意識で見るようになったという。なお、若旦那図鑑は全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会で賞を取り、「じゃらん」などでも取り上げられた。他地域の温泉街でも発行され、全国に広まり、2015年度からは「若旦那サミット」まで開催されている。

土湯温泉との連携事業は、大学が地域で頼りになる存在であることを地域に知らしめた"事件"ではあったが、当然、それ以前にも地域連携事業は多数行われていた。「情報ビジネス学科には実務家出身の教員がいることもあり、依頼する側も相談しやすかったのだと思います。ただ、依頼内容は質的に変化しています」と木村学長補佐。震災前はポスターや商店街マップの作成など、依頼内容は具体的だった。震災後には、ゼロから学生に企画に関わって欲しいという依頼が増加したという。なぜだろうか。「震災後は若者をはじめ人口流出が加速しました。風評被害を払拭するために、ここで頑張っていることを知ってほしいという地域の思いはあるものの、震災前までの情報発信の手法ではなかなかうまく発信できませんでした。そこで本学に協力の依頼があったのだと思います」と分析する。

●PRアニメが地域活性イベントを変えた

その1つが隣接する伊達市霊山町中心市街地の活性イベントである。「当初はご当地メニュー開発やチラシ・ポスター作成と具体的な依頼が本学にありましたが、徐々にゼロから企画の立案に加わってほしいと依頼がありました」と木村学長補佐は振り返る。学生たちは、まず、伊達市が有名アニメ制作会社と作成したPRアニメ『政宗ダテニクル』を前面に出した提案を行う。出演声優のトークショーやキャラクターイラストコンテストのほか、YouTubeの有名歌手の起用を目玉企画とした。「実行委員会の皆さんはやはり懐疑的でした。バスで片道40分のところに本当にこれで若者が何百人も来るのですかと」。そのような不安を払しょくするかのように、当日は1000人を超える来客があり、大いに盛り上がった。

福島東郵便局からは、郵便局通販カタログの企画商品としてご当地ラーメンの開発依頼があった。「学長直轄プロジェクトとして食物栄養学科と情報ビジネス学科の連携で発足し、商品コンセプトからパッケージまで学生が担いました」と小松学長。県北の郷土野菜「信夫冬菜」を具材とし、ポップなイラストのパッケージをデザインするなどインパクトがあり好評となった。大学側も手ごたえを感じ、継続してラーメン開発を行い、喜多方市の五十嵐製麺と「減塩ラーメン」を試作した。食べてみると、通常の塩入り麺と全く遜色ない。むしろ減塩麺の方が美味しいとの声も上がった。「ラーメンにはかなりの塩が含まれています。福島は喜多方に代表されるラーメン県で、食塩摂取量が全国トップ。健康増進の観点からも減塩麺開発を推進することに意義を感じました」。

このように、中通り・福島市周辺の市民はアクティブで様々な取り組みを行う。それは行政も産業界(特に観光業)も同様で、原発事故後の人口流出の危機感もあり、その動きは加速している。大学と行政機関の関係については、「福島市・伊達市の商工観光課などを中心に「垣根を越えて何かをしなければ」と考える職員は多く感じます」と梅津部長。伊達市とは2016年に相互協定を結んでいる。「何かしたい」というバイタリティあふれる市民の気持ちを上手に具現化し、また、マーケティングによって成功への道筋を立てている役割を福島学院大学は担っているといえる。

●地域の駆け込み寺となった大学

「取り組みは全て地域からの依頼によって行われています。全ての依頼を断らず真摯にお答えしていった結果、本学は『地域の駆け込み寺』と認識されているようです」と木村学長補佐。毎年10本ほどの大型プロジェクトが走り、細かいプロジェクトまで含めた依頼件数は50本にも及ぶ。中通り一帯はもちろん、会津からも依頼がある。連携成果がメディアに載ると、それを見た人が大学に依頼を、と倍々で増えていく。もちろん、学生数約800人の小規模大学では限界もある。「地域連携センターなどはありません。私と学長が依頼内容を吟味して各学科の教員に振っていく体制です」と木村学長補佐は述べる。依頼者との打ち合わせは、学生の授業外に合わせた時間に学内で行われるか、学生たちを迎えに大学に車を出してもらっている。このことは、地域側からの大学への信頼の表れとも言えよう。

もちろん、教育的効果も重視している。小松学長は、こうした取り組みはボランティア活動ではないと言い切る。「依頼に対しては依頼以上の成果を出すというプロ意識を持つことが必要です。学生だからと甘えずに最後までやり通すことで大きく成長します」。学内での学習成果が地域連携事業でさらに鍛えられ、この往還が学生の成長に相乗効果を生む。「地域側が真剣で真摯に学生の声に耳を傾けて頂いていることも学生が大きく成長する一因です」。真剣な大人を前にすれば、真剣にプレゼンせざるを得ない。大人が学生を軽く見れば、やはり学生も手を抜いたプレゼンをするのだろう。

学生の地域連携へのモチベーション維持も大事だ。学生の気持ちを次に繋げる方法として、活動写真をSNS等で発信してもらうことにしている。これらは就職活動にも使えるし、それを見た他の学生を呼び込む効果も生む。「参加する学生の固定化を防ぐ狙いもあります」。短大から始まるこの動きを、徐々に全学に広げようとしている。

こうした取り組みがメディアで取り上げられ、また、オープンキャンパスなどで紹介することで、入学後に取り組みに参加したいと希望する志願者が増加した。「彼ら/彼女らは震災当時は中学生。当時は何もできなかったという悔しさを抱えています。そこで本学の取り組みを知って、これだと。そんな思いにも本学は応えていきたい」と木村学長補佐。依頼者の課題解決を最も重視するが、学生の成長も最大化させる。小松学長と木村学長補佐の頭にあるのは常にそのことだ。この二律背反を何とか打ち破ろうと日々現場に向き合っている。

小松学長はビジョンを語る。「点と点が全て繋がれば、地域全体の活性になります。そこに「地域に根差した大学」を標榜した意味が出てくるだろうと考えています。本学は福島県北部の学生が多いので、在学中からこの地域と関わる経験は、地域を支えることに他なりません。今後は郷土愛を育てる授業も開講していければ」。そんな2人に刺激されて教職員も地域と関わり始めている。小松学長と木村学長補佐はFDやSDも担当し、地域連携のワークショップを重ね賛同者を徐々に増やしている。

伊達市との取り組みでは、東京の東京工芸大学の学生有志を招き、東京の学生の視点からフリーペーパーに使用する写真を撮ってもらったりした。福島と他地域の学生交流によって福島の風評被害を払しょくすることも大学が取り組める好例となろう。

●まずは自分が楽しむ

地方創生政策の中で、学生ならではの発想が求められるケースは多いが、「ゆるキャラ」制作などどこかで聞いたようなアイデアで終わってしまうことが多いのではないだろうか。それはどこか「自分ごと」ではない、気持ちが入っていない、その場での思い付きだからでもあろう。この福島学院大学のケースが成功した要因は2つ考えられる。

地方創生政策の中で、学生ならではの発想が求められるケースは多いが、「ゆるキャラ」制作などどこかで聞いたようなアイデアで終わってしまうことが多いのではないだろうか。それはどこか「自分ごと」ではない、気持ちが入っていない、その場での思い付きだからでもあろう。この福島学院大学のケースが成功した要因は2つ考えられる。

2つ目が、大学と若旦那たちも、この学生提案を受け入れたという「勇気」である。若者からの提案が欲しいと言っても、自分たちが全く知らないジャンル、知らないキャラクター等が登場すれば、却下してしまうケースは多いだろう。しかし、大学、そして、若旦那はそんな学生たちの想いに乗り、まずはやってみようと手を取り合ったのである。こうした大人側の勇気も、実は学生の成長を一層促すものであろう。

しかし、プロジェクトを成功させられるかどうかは、ハンドリングする教員の力量が問われる。学生と地域との間でプロジェクトを方向付け、双方のニーズとシーズを引き出して形にしていける教員の存在が不可欠である。

「地域の課題解決」とよく言われる。しかし、「課題解決」には終わりがない。よって徐々に疲れて苦しくなることも多い。そうであれば、地域の課題に学生の興味・関心を組み合わせてみればよい。よく「共感」が重要だと言われるが、「(自分が)楽しんでやっていれば、周りの人も参加したいと思ってくれる。まちの発展には若い人の力が必要。『自分もやりたい』と思う人が増えてくれば、可能性が広がりますから(産経新聞、2016年11月28日付)」と若旦那の1人、渡邉利生さんが述べるように、社会の共感が得られるものを探すのではなく、学生がまず「自分が楽しい」と取り組みを始めれば、大人は集まり協力してくれる。本気になればこその成長もある。「課題解決」から「興味起点」へという発想の転換も必要なことを、福島学院大学の事例は教えてくれている。