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地域共創の現場 地域の力を結集する

<18>帝塚山大学
地域のハブをめざす
緻密な戦略に基づく地域連携活動

1300年の歴史を誇る古都・奈良。飛鳥から奈良、江戸、明治に至る幅広い時代の歴史と文化を色濃く残した建造物が点在し、この中に人々の生活が溶け込んでいる。人口の9割以上が北西部の奈良盆地に集中し、それ以外は紀伊山地が広がる。そのため、観光産業、農業などが発達しているが、総じて京阪神に働きに出てしまう若者流出県でもある。各自治体首長には人口減少の危機感があり、このための施策を数多く行っている。県内には国立の総合大学が存在しないため、県内私立大学の地域連携が重要になっている。その中の県最北部・奈良市と生駒市は、大阪のベッドタウンとして知られる一方で、ニュータウンの高齢化率上昇という都市型の課題を抱える。帝塚山大学(文学部、経済学部、経営学部、法学部、心理学部、現代生活学部)は、奈良市に立地しているが、奈良・東生駒キャンパスは生駒市との市境に立地し、特に生駒市との連携が盛んである。どのような連携をしているのか、蓮花一己学長、菅 万希子学長補佐(地域連携・産学官連携担当)・教授、多賀久彦事務局長に聞いた。

●大学が提唱する「奈良学」

初めに見せてもらったのは、大学の地域連携活動を絵巻にした横長のパンフレット。「おいしい(9件)」「たのしい(6件)」「ひろがる(13件)」「ためになる(6件)」のカテゴリ別に整理し写真を活用して紹介している。「本学は『実学』を重視しており、地域連携活動の目的も人材育成と研究成果の還元としています」と菅学長補佐。平成28年度には36の地域連携活動が行われた。「奈良にある大学ということで、奈良の歴史や文化を地域連携に生かしています」と蓮花学長が説明するように、約50年にも及ぶ地域研究の末に大学が提唱する「奈良学」を基盤にした活動が多い。その筆頭が奈良の歴史をテーマにした公開講座である。公開講座自体は、多くの大学で行われているだろうが、ここはその規模が違う。平成28年度の大学主催公開講座は全69回、のべ4305名の参加、共催講座は29回、のべ1477名の参加である。附属博物館・研究所主催は27回、のべ2094名の参加だが、このうち平成9年から開始した市民大学講座は通算で400回を超え、のべ参加者5万人にもなる。また、「奈良学」の実績の1つ、附属博物館における日韓の古代瓦の収集は約7500点と、その圧倒的な所蔵数に全国から見学者が訪れる。奈良という歴史の町において、この研究成果の発信こそが地域、いや、我々日本人全体への貢献にもつながっているのである。そして、この「奈良学」研究の幅の広さと深さこそが、同大学のブランド確立に大きな役割を果たしており、地域連携事業における強みでもあり起点でもある。

●学部間連携を基本とする地域連携活動

同大学の地域連携活動の特徴は、蓮花学長、菅学長補佐それぞれが奈良・東生駒キャンパスと奈良・学園前キャンパス、2つのキャンパスにおける教育研究情報を共有し、自ら地域連携活動の事例を作ることを可能としていることにある。2人がめざすのは、学部横断型の地域連携活動。「通常、学部が異なると研究活動フィールドや研究方法等も異なることもあって、共同して地域連携に取り組む例は多くありませんが、これが学部横断となればより大きな力を発揮できます」と説明する蓮花学長の専門は交通心理学。「心理学研究はその特徴として、他分野との連携が多いので、学問分野の連携によるメリットもデメリットも心得ているつもりです」。菅学長補佐の専門であるマーケティングも他分野との連携が多い。「文学部が得意とする奈良の文化・歴史の知識を生かしながら、経営学部がマーケティングを担い、現代生活学部食物栄養学科が地産の食材を使った商品を開発する、という活動が可能となります」。例えば、奈良県農林部が認定する「大和野菜」の片平あかねと大和まなを利用したご当地「大和ベジサイダー」(累計2万本以上の売り上げ)、地元企業との共同開発で、生駒産の米粉とはちみつと卵にこだわったロールケーキ「帝塚山ロール」は知名度が高まりつつある。郡山藩主の柳沢家が残した献立を読み解いて現代に復活させた食物栄養学科のプロジェクトもあり、学長プロジェクトとして古文書の献立に基づいて幅広く料理を再現するべく、更なる発展をめざしている。「ふるさと納税の返礼品の企画開発に大学も協力してほしい、という奈良市の依頼で、本学キャンパス内で収穫できる栗を活用した商品の開発に着手しています。順調に開発が進めば、来年度の返礼品に採用される予定です」と多賀事務局長は期待を込める。

五條市の道の駅「吉野路大塔」のレストラン「TEZUCafe」は、休業中のレストランを復活させた。食物栄養学科の学生が地元野菜を使ったメニューを開発、同学部居住空間デザイン学科の学生が内装リフォームを手掛けた。2016年の5~9月の純利益は前年度比で3倍になり、「過疎化が進む地域の再生の後押しにつながった。(読売新聞、平成28年12月9日付)」と高く評価されている。

蓮花学長は振り返る。「文部科学省GP(「心理福祉分野の学士力基準構築と人材の育成」)の採択を機に学生が地域で活動を始め、学生が大きく成長したのを目の当たりにしました。それ以来、地域連携活動の意義を認め、学内でも賛同の輪を広げて、学内態勢を整えていきました」。そして、2017年の学長就任以降、この態勢をさらに強化するべく舵を切ったのだった。

●戦略的な地域連携組織

同大学の地域連携組織は非常に戦略的だ。蓮花学長が運営方針を定めると、菅学長補佐と多賀事務局長がこれに基づいて実務管理や諸調整を行う。トップダウンではあるが、あくまで一つひとつの地域連携活動は、現場の教員たちの自由な取り組みから始まることが多い。地域連携推進委員会は、各学部や研究所等に所属する教員と事務局長、広報課長で構成する教職協働組織で、各活動の集約をしつつ、大学として資金補助の承認を行う。事務組織は広報課が地域連携活動の情報収集を担い、この委員会と広報課で地域連携推進センターを構成、学外からの窓口となる。事務組織を広報課と兼任させることで、大小様々な活動の情報が漏れなく集約され、また、広報課の本来業務である情報発信にスムーズにつなげている。

また、広報課として学内広報(インナーコミュニケーション)にも力を入れる。「様々な取り組みを報告書にしたり発表会を開いたりと、学内向けに情報発信することで大学として地域連携活動を重視しているというメッセージになっています」と多賀事務局長。

例えば、2012年度から行われている多摩大学(連携協定大学)と合同で実施している「実学×プロジェクト」実践学生発表祭。ここではなるべく全学科の学生から発表を募る。「発表会に学生が参加することで、他学生はもちろん教員の参加も増えました。発表を聴いてみると、意外と面白そうだな、と考える教員もいて、彼らに地域連携活動の"ベテラン教員"と一緒に取り組みを始めてもらって、その効果や楽しさ、学生の成長を実感してもらいます。このようにして徐々に地域連携活動を行う教員が増加していきました」と蓮花学長。また、教員個人の研究内容を周知するために教員紹介の冊子を作成しているが、「裏の目的は実は学内向けなのです」と多賀事務局長。確かに、学部間連携を行うには、まずは隣の研究室で何が行われているのか知る必要がある。しかし大学という組織はなかなか難しい。そこで学内にこそ各教員の研究内容を周知したのだった。

多くの大学がそうであるが、地域連携活動については、次の2つの意識を忘れがちだ。すなわち、コスト意識と危機管理意識である。コスト意識については、例えば、連携先とどのような比率で活動予算を負担するのか、どのような教育効果や研究価値があるのか、連携の受益者は誰になるのか等を検討し、活動予算を、①主催者負担、②自己負担、③個人研究費、④地域連携予算に区別して、それに基づいて大学からの予算額を決定する。また、予算の運用、利益相反、コンプライアンスなども組織としてチェックする。危機管理意識については、地域連携活動に取り組む際の学生や教職員の安全管理であり、危険なことはしないか、怪我をしたらどうするのか、保険には入っているかなどを確認する。

この2つの意識の制度化は菅学長補佐の存在によるところが大きい。一般的に大学の地域連携は良いことで大いに推進すべきだとして、このような経営的視点からの細かい取り決めを先送りしてきた面がないとは言えない。同大学は、いち早く制度整備に取り組んできたのである。

また、地域連携活動を行ううえで、この大学には大きな利点がある。大学を設置する帝塚山学園全体の卒業生の多さだ。1941年に旧制中学校が設置されて以来、高等学校、幼稚園、小学校と総合学園へと発展する中で、卒業生総数は奈良県を中心に10万人を超える。学園理事長室に地域連携推進課が設置され、学園全体としても地域連携事業に積極的に取り組んでいて、奈良・学園前キャンパスを中心とした地域連携型事業「学園前アートフェスタ」を毎年開催している。「企業の社長や自治体の中核メンバーとして本学園卒業生が幅広く活躍していることも、連携や協定などがスムーズに進む強みにもなっています」と多賀事務局長は述べる。

●トップと現場が自治体と連携

もちろん、大学の誠意ある態度の積み重ねであることは間違いない。周辺自治体との連携では、蓮花学長、菅学長補佐をはじめ、多くの教員が自治体の各種委員会委員に就任している。特に生駒市とは30年にも及ぶ公開講座の連続実施のほか、保育の現場で学生がボランティアを行う「サンデーひろば」や、「地域高齢者対象の健康教室」など、市の職員が非常勤教員となって学生の前に立つこともあるし、連携事業と並行して各種のインターンシップも行われている。また市とは、「何か困ったことがあれば帝塚山大学へ」という関係をめざしているので、菅学長補佐は市からの相談には常に前向きに対応しており、双方向での信頼関係が連携事業実施の基盤となっている。当然、連携協定を結び、次年度の事業についても意見を交わす。トップと現場が一体となり自治体との間で「面としての信頼関係」が結ばれているといえる。

県との関係はどうであろうか。平成27年度「県内大学生が創る奈良の未来事業」公開コンペで優秀賞を取った「不登校の子供たちに大学生ができること」の取り組みが実施されるなど、県との複数の連携事業も始まっている。また、2017年に奈良西警察署とは、「警察署使用不能時における施設利用に関する協定書」を結んだ。この協定では、大災害の発生時、自治体、消防、地域、警察が緊密に連携しながら防災情報を共有し、警察施設が被災して使用不能になった場合には、大学を代替施設として災害警備本部を置くこととしている。「公共施設としての私立大学」という地域での役割を明確にした形だ。

「本学のリソースを有効に活用するため、連携先は戦略的に考えていく必要もあります」と菅学長補佐。奈良県には12市7郡15町12村の自治体がある。将来的にはこの半数程度と連携したいと考えているという。奈良県内の各市町村が大学と結んでいる協定は大きく重なるわけではないので、大学の地域連携という文脈においては、同大学が県内外の国公私立大学間で、奈良県の課題に対して協力して解決に当たるハブとなることも可能になろう。特に理工系学部が少なく、経営学部が他にない奈良県においては、同大学にそうした期待が高いのではないだろうか。

このように、卒業生の存在や教職員・学生の連携活動により、「帝塚山」の網の目が地域に張り巡らされている中で、改めてトップ間で協定を結ぶ。すでに実績と信頼がある中での協定なので、「名ばかり」にはならない。「明日香村との包括連携協定の締結にあたり、これまでの実績を調べてみると、すでに多くの教員が地域連携活動を進めていた、ということもありました」と蓮花学長は苦笑する。

「地域のハブをめざす」。同大学は、大学、そして奈良という地の利、また、学部構成による強みをしっかりと認識し、教職員連携、卒業生との連携、学部間連携、大学間連携をうまく活用しながら、奈良らしさを武器に、活動に最大限の成果を求めている。この中に学生をうまく組み込んで実学教育として高度化していく。蓮花学長は、「一見何のつながりもないように思える学問が出会うことで、さまざまな化学変化を起こし、良い結果をもたらすことも多い(奈良日日新聞、平成29年5月26日付)」と述べるが、まさにそれこそがイノベーションの本質である。地域連携は組織対組織で、というのは簡単であるが、より高度な成果を求めて異なる領域の教員を巻き込み続けていくことが、帝塚山大学の挑戦なのである。