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<14>東京理科大学
長万部経済活性の一翼担う
卒業生活かす仕組みの検討も

北海道の長万部町の海岸線の長さはちょうど東京23区の直径に等しいという。昔から道南の交通の要衝で、過去には「国鉄のまち」として栄えたが、民営化により大規模な合理化が実施された。人口は急速に減少し、現在は約5500名にまで落ち込む。主な産業は酪農や毛ガニ・ホタテの水産業、そして温泉・観光。2025年に北海道新幹線が倶知安まで先行して開通する予定で、長万部は停車駅になることが決まっており、町は観光客増加に期待をかける。ちょうど国鉄民営化の一九八七年、当時の西田君雄町長や現・木幡正志町長(当時は町議)、そして、橘高重義大学理事長らが将来的な人口減少を見込んで東京理科大学基礎工学部(定員240名(当時。現在360名、教員数18名)のキャンパスを新設した。1年次のみの特徴ある全寮制教育(学寮)は本紙2687号(平成29年5月24日付)で触れた。それでは、長万部との地域連携はどうなっているか。村上 学准教授に聞いた。

●教育事業で地域に貢献

長万部駅を降りると幹線道路沿いの柱に「歓迎東京理科大学」のタペストリーが並ぶ。新入生たちが新千歳空港からバスで長万部町に入る静狩峠で花火が打ち上り、長万部商店街のパレード歓迎を受けることはこの30年の伝統行事。学内には地域の温泉も引き入れた。木幡町長は事あるごとに「大学があって本当によかった」と語り、退寮式では「長万部を第2の故郷と思い、これからも町民と交流を続けて(北海道新聞2016年2月24日付)」と呼びかける。事務職員、警備や食堂、メンテナンス等に関わる20名弱の職員は町での採用。「「理科大さんが来た」という感動が30年続いている感じです。毎年若者が来てくれる。町民にとっても励みです。(略)学生の力ってものすごいなと思います(創設30周年記念誌)」と木幡町長。大学は間違いなく町に大きな活気と経済効果をもたらし続けている。

高齢化率30%を超える長万部において、町人口の5%を占める同大学生は、町の恒例行事の担い手にもなりつつある。ハートフルコンサート(合唱団)、毛ガニ祭り、桜まつり、ソフトボール大会...特に球技の大会は人数不足のため、学生チームが参加しなければリーグ戦が成立しない。

キャンパスの特性として教養系と基礎科目の教員のみであるため、教育分野の地域貢献が多い。外国人教員による英会話教室や小中学生向けの理科教室(科学少年団)は、教育委員会や保護者からも高く評価されている。中でも小学生から高校生を対象とした寺子屋形式の自習教室「ピタゴラス」は、榎本一之教授が1991年から毎週2回の夜間、ボランティア学生を伴って多目的活動センターに集まり、生徒の質問に答える取り組みで(同キャンパスはアルバイトが禁止なので、あくまで質問に答えるという形式をとる)、町の子供や保護者によく知られている。2016年にはピタゴラスで勉強に励んだ高校生が、志望の公立札幌医科大学に推薦入学したことが北海道新聞(3月29日付)で報じられた。

長万部高校からは「理科大があることは最大の強み」と受け止められており、大学との連携が強く望まれている。2015年には基礎工学部と同高校は連携・協力の覚書を交わした。生徒が日ごろから大学生と接することで、「大学生になること」のイメージを掴むことができることは大きなメリットになるのだという。

●毛ガニとホタテ

教育委員会委員を務める村上准教授は、自身の子供も長万部の学校にお世話になった。教育者としても、いち町民としても、町の教育に抱く想いは強い。「幼稚園から大学までの教育機関が長万部に揃っているのですから、それぞれ連携して「理科(サイエンス)教育に強い長万部」にできればという想いがあります。本学としても、「理学の普及」という建学の精神に基づき、長万部における理科教育の発展が、長万部の子供たちの「理科なら負けない」という自信や町の魅力に繋がっていけば」と語る。町に出れば教育関係者から声をかけられ、スーパーや飲食店で町民から気軽に相談を受ける。先述の榎本教授は学校のPTA会長や評議員を務め、地元での認知度は断トツに高い。多くの教員が、それぞれの得意分野で同じような信頼関係を構築する。こうして理科大は長万部に広く根を張っている。

しかしながら、大学が組織として地域貢献に乗り出したのは最近のことだ。当時の友岡康弘長万部担当理事が「理科大にはもっと(人口減少する)長万部にできることがあるはずだ」と理事会で地域貢献の重要性を訴えた。友岡理事の呼びかけに多数の教員が賛同。早速、学部横断の学内組織「総合研究機構」に、「長万部地域社会研究部門」を立ち上げ(2015年度に終了)、"研究機関としての"長万部への貢献が検討された。「同部門は自然科学分野と社会科学分野からなり、前者は毛ガニやホタテの研究(後述)、後者は北海道新幹線開通の影響などまちづくりが研究テーマになりました」と村上准教授。時流を同じくして政府は地方創生政策を推進。こうして2015年、長万部町と学校法人東京理科大学は包括連携協定を結ぶ。長万部の教員は、「学外貢献委員会」という非公式組織を発足させ、これまで個人が行っていた取り組みを「組織として」行う受け皿を作った。

長万部地域社会研究部門から生まれた2つの研究を紹介しよう。1つが毛ガニの完全養殖である。毛ガニの生態は実はまだよくわかっておらず、卵から育てても1、2年で死んでしまう。一説には完全養殖は50年掛かるとも言われているが、町役場や漁業組合からは大きな期待が寄せられている。

もう一つが、同じく産地であるホタテ貝殻の活用である。同大学大学院理工学研究科博士課程1年の三原史寛さんは、粉砕したホタテの貝殻が海水中の物質を吸着することに着目。現在は、汚染水処理での実用化を目指し研究に取り組んでいるという。

●町長「卒業生が戻ってくれば...」

町役場との関係はどうか。「多くの教員が町の委員会委員に就任しています。連携分野に関係する町役場職員の信用は得られていると思います」。木幡町長は、「キャンパスと町との交流はもっと進めなきゃならんと思っています。そうしたところに卒業生が戻ってくると最高だね(創設30周年記念誌)」と連携強化を訴える。しかしその一方で、新しい提案が実行に結びついていないものも少なくない。その理由として、町の活性に大学をどのように活用できるのか、あるいはそもそも「大学にお願いなどしてはいけないことなのでは」と町役場側も測りかねているようにも感じる、と村上准教授。町民から見た「大学の敷居の高さ」もまだ十分には解消されていないという。これまで大学に馴染みのなかった町民からすれば、大学の存在はありがたいが、中で何をしているのか分からない場所。「大学が待ちの姿勢ではなく、あれもできます、これもできますと提案をしていかなければとは思いますが...」。

得意分野である教育連携では、新しい動きも起こり始めている。隣町の黒松内町から中学生を対象とした「ピタゴラス」的学習支援の依頼があり、今般、受託することが決まった。きっかけは、長万部町と黒松内町の教育委員長同士が知り合いで、大学の理科教室を紹介したことだった。また、厚沢部町からは卒業生の繋がりで、また、今金町からはスキー実習で生まれた繋がりを機に、学生に夏季休業中(農家の繁忙期)、農業の手伝い依頼が来ている。「食の研究」に力を入れる大学として、フィールドが持てることは教育・研究上も意義がある。基礎工学部のみならず、全学的に北海道の課題解決に当たることは、大学にとっても益があることであろう。

当然のことながら、これまで全く関係のなかったものを身近に感じて、と言うのも無理な話だ。まずは地元の人々に、キャンパス内に足を運んでもらったり、教員に相談できる機会を作る。そのことが地域に口コミで広がり、大学に行ってみようかな、と思ってもらう。あるいは、まだ大学へのイメージが定まらない子供の頃から大学に馴染んでもらい、帰宅後に家族に話してもらう。そうやって大学は、地域の人たちに身近な存在になっていくのかもしれない。有望なとっかかりがあるとすれば学生である。学生が地域行事に参加する中で、町の人々と交流する。まじめに、しかし楽しそうに参加する学生の姿を見て、大学と町の繋がりを再確認してもらえるかもしれない。

そして将来の長万部の経済活性に大きく貢献できそうなのも学生(卒業生)である。「卒業生と町を結びつける仕組み作りは、大学側が現在検討している地域貢献の課題の1つです」。

●元気な地域が大学維持に不可欠

キャンパス創設から30年間で卒業(寮)生総数は約7000名になり、2年前には町民総数を超えた。長万部での学びに9割以上の学生が満足していることから、単純計算で6300名の卒業生が年1度でも「第2の故郷」に足を運ぶ体制を整えれば、地域経済に貢献ができる。もっとも、すでに家族を連れて訪れる卒業生もいる。学寮の寮母として21年間勤務し、学生全員の名前と顔を覚えているという今田輝子さんの自宅には、卒業生が時々遊びに来るという。また、ふるさと納税を活用して、仮に1割の卒業生が1万円を寄付すれば630万円の効果が見込める。「町側にこうした仕組みを検討するよう提案はしています」と村上准教授。

町は2015年、「長万部町創生総合戦略推進協議会」を立ち上げ、町の振興施策を徹底議論した。必ず話題に上る「長万部の強み」では、隣町にない独自の大きな資源こそが東京理科大学基礎工学部であると認識してもらっている。同協議会副委員長の大橋宏朗長万部中学校長(当時)は、「日本最先端の技術を持ち教育・研究している大学が本町にあることは大きな「財産」です。協議会としてもそこに目をつけ「東京理科大と共に成長する長万部」を柱として町の創生に繋げていく(科学フォーラム2015.12)」と明快に述べる。

2015年9月5日、6日に、同キャンパスで「長万部地方創生サミット」が開催され、石破茂地方創生担当大臣(当時)は、講演の中で「町民の意識改革こそ重要だ」と何度も強調した。地域活性は大学が一方的に行うものではなく、大学と町の「意識」と「歩調」がそろって初めて動き出す。

2017年7月26日の「地方大学の振興及び若者雇用などに関する有識者会議」で発表に臨んだ藤代博記学部長は、長万部キャンパスの課題として、人口減少で病院等がなくなると、教職員・学生の生活環境を維持することが困難となることを挙げ、「元気な長万部町が、大学の教育・研究の場の維持・発展に不可欠であり、大学の活動がまた、さらなる町の発展に寄与している」と訴えた。これこそが地域の大学が地域と共に生きていくことの本質なのであろう。長万部町と東京理科大学長万部キャンパスは一蓮托生なのである。