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<64>広島国際大学
ニーズを基に組み立てる市民大学
健康・医療・福祉分野で地域に寄り添う

 東広島市は広島県のほぼ中央にある。広島市のベッドタウンとして発展し、現在も人口が増加している。市の中心にある西条は日本有数の日本酒の産地で、特に西条酒蔵通りは、2017年に「西条の酒造施設群」として「日本の20世紀遺産」に選定された。これを目当てにする観光客は多い。広島国際大学、近畿大学工学部、エリザベト音楽大学、国立の広島大学が立地する学園都市でもある。また、呉市は、瀬戸内海に面した天然の良港であり、帝国海軍の拠点であったとともに、戦後は造船、鉄鋼などを中心とした製造業が盛んである。県内第三位の人口規模だが、1980年代を境に減少傾向である。広島国際大学(保健医療学部、医療福祉学部、医療経営学部、看護学部、心理学部、総合リハビリテーション学部、薬学部、医療栄養学部)は、この地域において、主に健康・医療・福祉分野を重視した地域連携活動を展開する。焼廣益秀学長、堀隆光副学長、笛吹修治副学長、田中秀樹心理学部長・総合教育センター教学企画運営部門長、吉川眞研究支援・社会連携センター教授に聞いた。

○防災・減災を学ぶ医療系総合大学を目指して

 広島国際大学は、1998年に東広島キャンパスが開学。その後、呉キャンパスと広島キャンパスを設置、現在は8学部を擁する医療系総合大学にまで発展した。
 2018年7月、西日本豪雨災害で、広島県は多大な被害を受けた。東広島キャンパス周辺は土砂崩れが発生、道路は泥水にのまれ敷地内に土砂が流入した。建物への被害はなく1カ月の休講を余儀なくされたが学生、教職員、卒業生がともに泥を掻き出し再開に向けて汗を流した。さらに、大学は地域の復旧支援を行い、呉キャンパスでは学生災害ボランティアグループが結成され、現在も社会福祉協議会などに協力して社会貢献活動を行っている。「本学では、全学部の学生がAED等を操作する1次救命処置(BLS)講習の受講を必修化するとともに、2016年度から『防災・危機管理学』の授業を行い『東日本大震災』の事例、証言をもとに災害について学んでいます。2018年度からは西日本豪雨災害の経験をもとに、災害発生前に取るべき行動をマイタイムラインとしてまとめ、地域との連携も視野に入れ『危機管理の理論と現実』を学んでいます」と焼廣学長は説明する。
 次に、地域連携活動について見てみよう。この大学では、開学から様々な地域連携活動が行われていたが、2006年から全学的に社学連携・社会貢献を総括する部署を立ち上げた。「外部からの問い合わせは徐々に一本化できていますが、教員個人への電話も少なくなく、情報集約は道半ばです」と吉川教授は笑う。年間大小100のプロジェクトが稼働し、また、活動依頼は年間100件を超すという。
 具体的な取り組みを2つ紹介する。

 ○人気の広国市民大学

 1つ目の取組は、『ともにしあわせになる学び舎』を目指し、大学が運営する「市民大学」で、吉川教授が"学長"を務め学部学生たちは授業補助に入る。学生証を発行する他、入学式や修了証書授与式も行う。「学生」は、図書館やキャンパス内の様々な施設を利用することができるし、各学部の正課科目の一部を聴講できる。
 初年である2018年度はこども未来コースとIT活用コースの2コースに56人が入学した。2019年度はさらに終活に関する「いのちを紡ぐコース」を新設し125人が入学した。各コースは、概ね月に一度の割合で、全12回開催する。「こども未来コースは育児中の母親を対象としているので、託児所を設けています。今後、ストレスマネジメントのコースと『人間理解』に関する2つのゼミを新たに開講する予定です」と吉川教授は説明する。
 高齢者対象のIT活用コースでは、先述の水害の経験から授業内容を変更し、パソコンやタブレットを用い、防災サイトを活用して、台風時などに川の様子を実際に見に行かなくても概ね状況が分かるようにした。
 「一般的に、市民講座は大学のリソースありきですが、本学では、市民ニーズを基に構成を組み立てました。受講生には『大学で学ぶのは新鮮だ。楽しみ』と喜んでいただいています。教員や一般の学生にとっても、彼らの存在は緊張感があり、刺激になるようです。ゆくゆくは市民大学を、教員のみならず市民大学修了生や特技を持った地域の人、学生たちが教え合ったり学び合ったりできる「場」にして、独立した運営にしていきたいです」と吉川教授は続ける。後述するが、この取り組みについては、東広島市が強力に後押しをしてくれている。夏には、医療従事者の職業体験や科学・ものづくり体験など、子ども向け体験講座を開催。1000人の定員に延べ3500人以上の申し込みがあるなど、地域の大人気企画である。

 ○学生チャレンジプロジェクト

 2つ目の取組は、学生が社会人基礎力の向上を目指し、自主的にプロジェクトを企画運営するもので、大学が1件あたり最大50万円の支援金を支給する。この制度が始まって15年近くが経ち、毎年続く取り組みもある。2018年度には8団体、9企画のプロジェクトが採択された。
 「義肢パーツ再生プロジェクト」は、中古の義肢装具を再生し、ルワンダ、インドネシア、ガーナなど発展途上国に送り、必要とする人たちに利用してもらうもの。「LCFプロジェクト」は、呉市すこやか子育て支援センターに協力して、地域の親子に楽しんでもらえる企画を立案して実施するもの。先述の「災害ボランティアグループ」も、呉市天応地区の応急仮設団地で暮らす人たちに支援活動を行い、災害関連死予防に結び付けるプロジェクトである。学生たちは活動回数を重ね、住民から感謝されるとともに信頼関係を構築している。「地域の方々も若い学生との交流を心待ちにしており、お風呂に呼ばれたりジビエをご馳走してもらったりと、高齢者とのコミュニケーションを通して、人間力を磨いています」と堀副学長は述べる。
 文部科学省「大学COC+事業」の一環として、中山間地域の活性化にも取り組む。具体的には、高齢化率50・5%に達する広島県山県郡安芸太田町で、地元「三和友愛クラブ」が後押しする三和サロンを運営している。吉川教授のゼミ学生約10人と住民25人でスタートし、生きた証を残したいという願いを受けて2018年度には地域の昔話や文化を取り入れた影絵を制作し、2019年度は安芸太田町名所名物なぞなぞ歌留多を制作している。また、2017年以降、山間部の安芸太田町、漁師町の呉市豊浜地区、東広島市黒瀬地区の3地区の持ち回りで、合同サロンを開催し、地区間をつなぐ取り組みを行い、住民に感謝されている。
 その他にも、地域の住民に対して健康相談、健康教室、健康指導を行う「しあわせ健康センター」を開設して、地域の健康増進を図る。また、呉キャンパス内に市民と庭造り(バラ園)をして生きがいづくりに寄与するなど、地域の人々に寄り添う活動が盛んである。

 ○睡眠教育プログラム

 自治体・行政との連携は、これまでも活発に行ってきたが、ここでは東広島市との取組を紹介する。
 東広島市とは、2019年5月に「健康なまちづくりに関する連携協定」を締結した。「市長はじめ、市の職員からは期待の言葉をかけてもらっています。各教員と行政の担当部局職員とは信頼関係が構築されており、本学の得意分野での連携はますます深くなっていくと思います。特に医療費のひっ迫対策については自治体からの要望もあり、予防の観点からできることに取り組んでいます」と焼廣学長は説明する。
 市の政策については、市が掲げる目標に対して大学が裏付け調査を行い、市役所が具体的な事業に繋げるといった形で、役割分担が明確である。こうした関係は、日頃の信頼から生まれたと田中教授。「事業に関連する自治体担当者と、市の方針や事業計画に合致する企画を一緒に考えながら提案しています」と説明する。市民大学と同じく、自治体との共同事業も、ニーズをうまくくみ取ってかゆいところに手の届く提案ができるかが重要になる。最近では、行政側から積極的に取り組みの依頼があるという。
 2016年に市に誕生した「こども未来部」は、子育て等に関わる部署であり、こども未来部長は市民大学のこども未来コース長を兼ねたり、子供向けのイベントや育児セミナー開催など、大学の取り組みにも深く関わっている。
 大学と地域の関係は特筆に値する。「東広島市は、現在も人口が増加しており、子育てに優しい町を掲げています。また、学校長や小学校の先生を務めていた方が一定数住んでおり、定年後にも積極的に地域に関わりたいと考える方が少なくないようです。大学にも関心を持っていただいておりますが、まだハードルを高く感じていらっしゃるようなので、ニーズに合わせた講義を提供しつつ徐々に関わって気軽に大学を使って頂きたい」と笛吹副学長は語る。
 東広島市黒瀬地区の住民自治協議会長は、「市民大学に行く子どもやお母さんがいたら参加費は全額出す」とまで述べ、黒瀬商工会は、特に青年部に危機感があり、大学には「もっと黒瀬を面白くしたい」と持ち掛けてくる。地元飲食店を活性化させる運命共同体として、大学の存在を認識してくれているということだろう。
 また、東広島市では、市内立地大学を対象とした「大学連携政策課題共同研究事業」を展開し、田中教授が提案した「地域で行う妊娠期から子育て期における、切れ目ない睡眠支援体制確立のための睡眠教育プログラムツールの研究開発」が採択された。これは、周産期・子育て期における切れ目のない睡眠教育支援プログラムを導入し、その効果の検証、人材育成を目的とするもの。「妊婦のメンタルヘルスや胎児の発達の観点から、睡眠への理解が必要なのです。これを眠育として、美容や健康、旅行・観光業、教育、スポーツ、貧困支援にまで結び付け、最終的には眠育のアプリ等のソフト、眠具のハードの制作に関わる『眠育ソリューションズ』に携わる企業、人材を育成、支援していきたい」と田中教授は展望を語る。
 このように、大学は地域ニーズをうまく吸い上げ、また、きめ細やかな取組によって地域の信頼を得ている様子が分かる。「相手に期待するだけではなく、地域の関係者と一緒になって考え動くからこそ、良い取り組みになると思います。もともと実学志向なので、現場に出るのが好きな教員は多いと言えます」と焼廣学長。

 ○地域丸ごと実習の場に

 各学科の学生たちが混成のチームとなって学ぶ専門職連携教育では、健康・医療・福祉分野におけるサービスの利用者や家族のことを中心に考え、お互いの職種を理解、尊重し、連携できる人材になることを目指している。初年次では、専門職間の理解とコミュニケーションを重視した演習を全学必修、西日本最大規模の約1000人で実施している。また、高学年では、多職種でケアプランを検討し、さらに一部では学外での演習も実施する。病院の他にも大学と連携してくれる自治体を募集し、包括的な「地域実習」を行う。
 「専門分野の学修のみならず、地域の人と関わり、共に生活する中で、現場を知ることができればよいと思います。教員にとっても地域課題を探索する機会となります。また、大学として地域の高齢化対応に協力していく、そんな関係が築ければ」と田中教授は述べる。すでに、少子高齢化に危機感の高い江田島市、竹原市が手を挙げ、主に島しょ地域での連携が進められている。
 また、2020年度に開設する健康科学部、健康スポーツ学部では、学部、学科の枠を超えた多くの学科間横断プログラムを準備している。その一環として、地域(竹原市など)や企業と提携した「ウエルネス・ビジネス論」という社会実装を視野に置いた科目も展開する。「竹原市では、本学医療福祉学科の卒業生が、市内関係機関をまとめて連携の道筋を整えました。健康科学部では、彼にもこの授業をもってもらいます」と田中教授は続ける。連携する自治体から高校生を預かって、先述の連携の中で知識やスキルを身に付けさせて、公務員や専門職としてまた地域にお返しするというプランもあるという。大学と地域が互いに強みを持ち寄り地域課題に向き合うなかで、実践力のある人材の育成を行う。こうしたwin-winの関係を広島各地に構築しており、これら地域において、広島国際大学は健康・医療・福祉を支える「砦」となることが期待されている。
 「本学は、健康・医療・福祉分野で地域に寄り添う大学として多くの人に認知されています」と焼廣学長が説明するように、地域のライフライン、インフラを担う、地域になくてはならない大学であると言えよう。