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<63>函館大学
函館のシンクタンクへ
コーディネーターが連携の“潤滑油”に

 函館市は、大正時代から北洋漁業の基地として、イカや昆布など水産業を基幹産業として道南の中核都市として発展した。ブランド総合研究所が行う「市区町村魅力度ランキング2019」では2年連続の1位。一方で、日本総合研究所がまとめた2018年版「中核市幸福度ランキング」では、全45市中42位と下位が続き、人口は著しく減少している。函館大学(野又淳司学長、商学部)を擁する学校法人野又学園は、幼稚園から大学まで幅広く地域で活躍する人材育成を行っている。大学の地域連携について、田中浩司学部長、大橋美幸地域連携センター長、高橋和将地域連携コーディネーターに聞いた。

 ○商学実習とマーケティング研修会

 1965年、開学すぐに経営研究所と北海道産業開発研究所を設置、主に行政等から地域調査事業を受託してきた。大学として地域連携活動が本格化したのは2009年あたりから。
 「本学は早くからアクティブラーニングを導入してきましたが、それがここ10年くらいで、より実践的で地域密着型になってきました。2008年に、人口減少への危機意識や学生の地元志向、政府の「地方創生」政策などをうけて、函館の8高等教育機関と市(2018年には函館商工会議所も加盟)の連携組織であるキャンパス・コンソーシアム函館(CCH)」が発足し、その活動の中で、函館が抱える問題が大学・行政・地域(企業、市民)で共有化されていき、急激に地域連携の取り組みが増加しました」と田中学部長は振り返る。CCHは、市内の人文系・理工系の単科大学があたかも総合大学のように機能することを目指した。
 函館の中小企業家同友会や商工会議所が主体となった産学連携「クリエイティブネットワーク」は、CCH発足以前から、個別に大学や高専と研究交流をしていたが、CCH発足後は、高等教育機関と企業の接点が更に増え、現在では企業関係者が大学の研究発表の場に気軽に訪れるような関係になってきた。こうした動きに対応するため、2015年、函館大学は地域連携センターを設置。研究所と共に、地域連携活動の受け皿となった。
 この大学が地域活動を推進するユニークな教育システムが2つある。
 一つ目が、1・2年次必修の『商学実習』で、学生が課題の設定やグループワーク、現場アンケート等調査活動、データ分析やプレゼンテーションまでを1年間をかけて行う科目である。1グループ10~11人で、担当教員がつく。テーマは道南(函館)を中心としたものが多くあり、地域に学生達が出て関係者はもちろん、住民、観光客等にも調査(インタビューやアンケート)を行う。「現場感を持つこと、(外部の方々と話すこと)で実社会に触れることを重視していて、3年からのゼミや卒論に結びつけます」と田中学部長は説明する。
 道南地域や函館市内、その他地域の様々な、もの・ことが調査対象であり、本年度では、函館マラソンの経済効果、縄文遺跡群の世界遺産登録の影響、北海道農産物の輸出拡大に向けての取り組み、若者の旅行離れと函館観光の影響、函館に住む学生の幸福度について、青森県おいらせ町の移住支援に向けた提案など多岐にわたっている。
 もっとも、学生達の主体的な学びや、地域課題の解決を目的としたPBL(Problem/Project-Based-Learning)科目は早期から導入していた。
 二つ目が、2016年より始まった「函館アジアマーケティング研修会」である。国内外の企業や団体、教育機関と調査を行い、海外的視点から地域課題を研究する。研究レポートは関係団体等と共有して議論するとともに、地域に対してフィードバックを行い、海外の姉妹校や提携校と情報を共有しあいながら継続的な交流のきっかけとしている。研修会においての研究費や海外への渡航費用などを大学が支援。学生の国際的な視点での学びや経験、地域に対しての提言など大きく貢献している。

 ○数人に一人は野又学園の卒業生

 こうした調査活動を中心とした教育を地域で行うにあたり2つのアドバンテージがある。
 一つ目が、地域連携コーディネーターを設置したことである。「学生の調査活動といっても、担当の教員が地域との調整やフォローアップを行うのは非常に大変でした。そこで、2年ほど前に、本学卒業生でもある高橋コーディネーターに地域連携活動の調整や活動先の開拓をお願いしました」と大橋センター長は述べる。高橋コーディネーターは、東京出身で大手ゲーム/玩具メーカー勤務ののち起業、函館へ移住とともに会社を移転、地域イベントやキャラクターの企画や販売等を行ってきた、いわば地域連携活動・マーケティングのプロである。「同じようなテーマやタイミングで、複数のチームが調査を行うと、地域内で混乱が生じてしまったりするので、学内で調査の"交通整理"などを行います。また、今までの調査研究の結果をある程度把握していますので、別の教員や学生による研究の際、参考データとして新しい調査研究に結びつけるということはよくあります。また、学問的資産である今までの調査研究をアーカイブ化し、多岐の研究や地域課題に活用することは、地域における大学の役割としてとても重要なことだと思います」と高橋コーディネーターは指摘する。
 二つ目が、卒業生の存在である。大学の設置法人である野又学園は、他にも短期大学、調理製菓専門学校、歯科衛生士専門学校、看護専門学校、有斗高等学校、柏稜高等学校、幼稚園、自動車学校を擁する。大学だけでも卒業生は約1万人である。経済界では函館の基幹産業である観光や水産業、中心的な経済団体の要職や市議会議員などを複数輩出している。「二代、三代揃って野又学園に、というご家族もいらっしゃいます。道南地域に住まれている方の多くが、本学園に何かしらの関係があり、そういった関係性が、地域での活動をスムーズに進めることでできる大きな要因だと考えます」と高橋コーディネーターは語る。
 近年の大学と地域との共同による具体的な取り組みをいくつか紹介しよう。
 一つ目が、ムスリム向けの礼拝堂設置である。これまで台湾・中国・韓国からの外国人観光客が中心だったが、近年はムスリムが多いマレーシアやインドネシアからの観光客が増えてきた。次世代の観光戦略として、ムスリムが安心して訪れることができる地域にしようと研究が始まった。「その成果として、本学のベイエリア・サテライトにサラートと呼ばれる儀式ができる礼拝所を設置しました。また、ムスリムやベジタリアンに対応飲食店のマップの作成を発案し、英訳は学生が行いました」と大橋センター長。礼拝所には、北海道知事も視察に来た。
 二つ目が、地元・湯の川温泉の夜市である。湯の川温泉での大規模な観光客へのアンケート調査から「夜に楽しめる場所が少ない」との結果を得て、学生が台湾の名物である夜市を参考に発案した。その後、地域の商店街や移動販売車組合、温泉組合などと連携し、夜市開催にこぎつけた。毎年、7月中旬の連休時に開催され4日間で約5000人を集める地域での名物イベントにまで成長した。

 ○ビジネス企画研究室

 津金孝行准教授(顧問)と高橋コーディネーターがサポートを行う「ビジネス企画研究室」(以降、ビ研)は、地域課題や学生達が行っている研究テーマなどから、ビジネスや起業につながる様なシーズを見つけ、具現化に向けた活動を行っていくサークルである。現在"道南野菜の輸出拡大に向けた実証実験"が進行中で、今年の初め、ビ研の学生メンバーが台湾へ現地調査に行き、スーパーや百貨店などで日本の青果品の導入状況や価格などを調査してきた。特に青森県産のリンゴが高値で販売されていたのを受けて、学生達から「台湾(台北)と直行便のある函館で、道南産の果物や野菜をお土産品として手荷物で持ち帰ることで、食の輸出拡大に結びつけられるのでは?」というアイデアがでた。そこで、両地域の植物検疫基準をひたすら調査し、書類の準備や一定の検査を受ければ、生の状態で手荷物として持ち込むことができることが分かった。
 「今年9月に函館からの定期就航便に再度乗り、手荷物で道南産のサツマイモやネギなど野菜10種類を台湾に持ち込む実証実験を行いました。持ちこんだ野菜を台湾の姉妹校の学生たちに試食をしてもらい、日本の野菜に関する嗜好の調査などを行ってきました。このように、まずは大学でプロトタイプを作り、それらの結果や展開方法を今後は行政や市内企業にフィードバックする予定です。ビ研は、地域からの相談や学生自身がテーマを拾ってくるなど、自由に研究できるビジネスインキュベーション組織です。メンバーは60人程度おり、自由で多岐な活動を行っています」と高橋コーディネーターは解説する。現在は6つのプロジェクトが稼働中である。
 こうした現場主義、調査主義の教育について、野又学長は、「商学が地域産業を題材にして実践的に学べる学問であるからだと思います。自分のためだけではなく、ヒトのため、社会のために学ぶことが、学びの密度を高めるのではないか」と分析する。
 その他、地域の魅力度と函館に住む若者における幸福度の関係調査、インバウンドのお土産開発、クーポン券の効果検証、函館マラソンの経済波及効果、北海道新幹線開業の効果、市電の利用調査、コミュニティバスのルート調査、高齢者の積雪対策調査、若者の車離れ、金融機関離れなど、様々なテーマで、年間約30プロジェクトが稼働している。こうした研究結果は、学内での発表会や函館市長とのタウントーキング、函館市内の高等教育機関の学生が一堂に会し、研究成果をポスター展示や口頭発表などによって発表しあう場である、CCH(キャンパス・コンソーシアム函館)主催のアカデミックリンクなどで発表される。
 金融においての政策提言を学生が競う、日本銀行主催第14回日銀グランプリにおいて、優秀賞を受賞したことはメディアにも大きく取り上げられた。「日銀グランプリの優秀賞受賞は、多くの教職員、地域の企業の方々からのご指導、すなわち、教職員・地域「連携」の賜物です」と野又学長は学内報で綴っている。

 ○学生の街、函館

 このように行政や産業界との繋がりは極めて良好な関係である。既に函館市とは、2015年に相互協力協定を締結、「函館市のシンクタンク」としてますます大きな役割を担うようになった。大学においての取り組みや教員の専門領域の知見を函館市民へ周知しようと、函館新聞紙面にて「函館大学講座」の連載を開始した。国際、経済、文化など幅広いテーマで、月1回、1テーマ6回、各担当教員が執筆する。「地域との懸け橋のような役割を担えればと思います」と田中学部長は説明する。
 「調査研究により学生を成長させ、地域の様々なことを数値化、可視化していくには、函館は適度な大きさです。地域の皆様が函館大学と連携をして頂くことで、お役に立てることもあるかと思いますが、本学としても産学連携を学生の成長に繋げています」と高橋コーディネーターは述べる。
 まさに函館をはじめとした道南地域は、地域をフィールドに学生が学びを得ることができる街でもあるのだ。そして、大学も地域を活性化させる種をまきながら、様々なセクターが「地域のため」というベクトルで団結している。
 地域が学生を育て、大学が地域の活性化の核になる...まさに文部科学省が大学COC事業で提唱していた仕組みをすでに行っていたのが函館大学と言えるのではないだろうか。