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<12>成安造形大学
地域の文化振興の最前線に
近江の風土・文化を芸術・デザインに活かす

 随筆家・白洲正子が「近江は日本の舞台裏(近江山河抄)」と評したように、滋賀県は古代から多くの街道が合流する陸上交通の要衝でもあり、主に商業が発達してきた。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしで知られる近江商人の発祥の地であり、戦災や大災害が少なかったため歴史的文化財の宝庫でもある。県庁所在地・大津市を擁する湖西や湖南は、京都にも近く人材の流動が激しい。この大津市に立地するのが成安造形大学(岡田修二学長)である。芸術学部芸術学科の単科大学で、学生の興味関心に合わせ五領域・一九コースを設置している。収容定員八二〇名、専任教員数四三名の小規模大学。このたびは地域の取り組みについて、岡田学長、加藤賢治准教授、橋詰英樹総務部長に聞いた。

●地域学×芸術・デザイン=?

「滋賀県は長年、近畿のベッドタウンというイメージが強く、最近まで人口増加県であったためとりわけ危機感が強いわけではありませんでした。しかし、長期的には人口減少になることがわかっています。今後は、県としての魅力を発信していかないといけません」と岡田学長は切り出した。そこで県が注目したのが滋賀の歴史・文化の振興だった。県は2009年、滋賀県文化振興条例を制定し、「文化で滋賀を元気に!」の合言葉で(このロゴマークは同大生が作成)、滋賀県立近代美術館や滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールのリニューアルに乗り出すなど、文化面のブランディングに力を入れている。
一方、大学では2008年に附属近江学研究所を開設した。「当時の木村至宏学長(現・同研究所顧問)は、大津市職員時代に近江の歴史・文化を掘り起こし、1990年に大津市歴史博物館を設立した近江文化の第一人者です。木村学長時代に「近江学」を開き、その拠点として研究所を開設しました」と加藤准教授。学内関係者からは「なぜ、造形大学に」という声もあったが、当時の国際的な芸術の潮流も、地域の民族性や歴史文化の特性など地域色の強い作品が注目され始めていたため、時流にも合致し徐々に学内も地域志向にシフトした。研究所は、調査研究はもちろん、会員制の「近江学フォーラム」を運営、現在250名の会員が公開講座や会員限定講座などを受講する。加えて、文化誌「近江学」、紀要の発行などを行い、地域に配布して観光等にも役立ててもらっている。2014年には「大津市文化奨励賞」を受賞した。
また、2011年の開学90周年を機に、地域連携推進センターと「キャンパスが美術館」が設置された。センターは、大学の基本理念「芸術による社会への貢献」を具現化し、地域・社会・企業と学生をつなぐことを目的としている。「キャンパスが美術館」は、学内の大小九か所のさまざまなギャラリーを展示空間とする回遊式大学美術館である。学外の作家や団体による展覧会や教職員、学生、OB・OGの展覧会、芸術月間には各ギャラリーを一つのテーマで括り、総合芸術祭も開催している。2015年度には年間57件の展覧会を行っている。
こうした仕組みの中で生まれた具体的な成果の一つが、「仰木ふるさとカルタ」である。比叡山麓に位置する大津市仰木地区は、多数の社寺、石仏や祠、共同墓地が点在する農村集落で、地元の写真家・今森光彦氏が里山文化を紹介した地。研究所と学生たちは、老人クラブ連合会へのアンケート調査や聞き取りを行い、丁寧に地域の文化・風土を掘り起こし、これをもとに「いろはカルタ」を制作した。例えば、『早乙女の 横一列に 棚田植え』は、小さな棚田が何枚もある同地域の特徴をよく表している。このカルタは、同地域の関係者や教育機関などに配布、地元の夏祭りや小学校の授業で使用されている。いわば、地域学と芸術が融合した成果である。日本中の限界集落とされる地域では、文化の語り部たる高齢者もいなくなり、文化や風土が失われつつある。しかし、カルタなどの形で残すことで、子供たちは遊びながら郷土愛を育むことができる。各地の集落で行うべき事業でもあろう。
もう一つは、びわ湖ホールとの連携事業である。演出家の中村敬一氏と、オッフェンバック「天国と地獄」、ドヴォルザーク「ルサルカ」をそれぞれ全編、プロジェクションマッピングの演出を手掛けるというもので、当時3年生だった大内清樹さん(メディアデザイン領域映像・放送コース)は、その腕を買われ、2度にわたり演出を担当した。中村氏は地域連携推進センターの報告書「ちれん」の中で、「地域の大学の学生と一緒にオペラ製作に取り組めたことにこれからの可能性を感じています。(略)大内君をこちらの世界に引き込みたいと思いました」と述べ、大絶賛した。
その他、ロゴマーク・ポスター・リーフレット制作をはじめ年間80件程度を受注している。堅田のデイサービス施設の壁画デザイン、滋賀県立琵琶湖博物館の展示物や内装のデザイン、京都醍醐寺の国宝五大尊像の復元模写、大津市・草津市の連携プロジェクトにおける「東海道」ロゴマーク等のデザイン、400年続く「大津祭」の公式キャラクター「ちま吉」(同大学学生がデザイン)の活用企画、また、大学の専門領域紹介紙の制作や学生寮「YOHAKU」のデザインなど大学に直接寄与するプロジェクトも数多く進行している。
近江学研究所が、近江の祭礼や伝承、芸能や産業、食文化など全般の歴史・風土の研究・理論化を担い、その成果を芸術家やデザイナーである教員や学生が作品にするという、県内を見ても、全国の芸術系大学を見ても、オンリーワンの仕組みが構築されつつある。

●県との連携が多い

大学は県内の各市より県、特に文化振興課との連携が多い。「県が「文化振興」の方針を掲げたことと政府が地方創生政策を掲げたことも大きいです。比較的大型の案件の相談が寄せられます。小規模私立大学として臨機応変、フットワーク軽く、また、デザイン系教員の層の厚みを背景に依頼に迅速に応えているので、何かあればまずは本学に相談となるようです」と岡田学長は説明する。大学はいわば、県の文化振興政策の最前線に立っているのである。
2011年、県の文化振興を目指し、県内の文化、経済関係団体などが連携する「文化・経済フォーラム滋賀」を立ち上げたが、木村元学長や加藤准教授も要職に就き、びわ湖放送株式会社や琵琶湖汽船株式会社といった県を代表とする企業などと連携の道を探る。加藤准教授らはあらゆる会合に顔を出し、色々な相談を持ち掛けられる。それをセンターに持ち帰り、依頼内容に適した教員と学生を選定し受け入れを決定するという役割も担う。
加藤准教授、そして、石川 亮助教のコーディネーターとしての資質の高さと地域での各セクターとの信頼関係の深さが、同大学の地域連携を支えているのである。学外関係者からは「成安と言えば、加藤さんと石川さんやなあ」と信頼も厚い。コーディネーターという「役職」でなく、人と人を繋ぐコーディネーター的な人材が学内にいるか、そして、彼らが「自由に」動ける組織かどうかが、大学の地域連携に幅や深みを与える。加藤准教授は大学職員だったが、宗教民俗学の学位を取り教員となった。職員時代に近江学研究所の立ち上げに従事しており、地元の関係者をはじめキーパーソンと強く繋がっている。
委託事業は「プロジェクト演習」として学生が正課科目の中で参加し、1年または半期を区切りとして計画的に開講される。また、学生が得意とする分野をセンターに登録しておくことで、依頼を割り振る「学生クリエーター制度」も整備した。学生たちはこうした仕組みの中で、積極的に物事に取り組む力や最後までやり遂げる力、課題解決に向けた思考力、柔軟性や規律といった社会で必要な能力を身に着ける。プロジェクトに参加する次の学生の感想が印象的だ。「小手先だけの美しいビジュアルではなく、インタビューやフィールドワークなど、面倒くさいプロセスを踏んで制作するデザインは自分自身の納得度が段違いでした」、「クライアントとデザイナーという立ち位置を意識し、自身の価値観をデザインに出すのではなく様々な立場を理解しデザインに落とし込むことが本当の仕事だと感じることができたと思います」。学生の成長が感じ取れる声である。
課題もある。岡田学長は次のように述べる。「芸術やデザインの魅力を滋賀県民に伝え、芸術大学である本学にどのような役割や価値があって、どのように地域で芸術系、もっと言えば、創造性豊かな面白い人材が"使える"のか、どのように貢献ができるのか、県に芸術大学があってよかったと思ってもらえるようにPRしていかなければなりません」。
デザイナーは下請けではなく、芸術家も好きなものを作っているわけではない。文化振興には、地域文化の掘り起こしと共に、県民の文化・芸術に対する価値観醸成も合わせて行う必要があるという。

●来年度から地域実践コースを新設

学生の意識の変容もある。入学時には絵が好き、イラストを描きたいという動機の学生も多いが、プロジェクトなどを体験し、社会に役に立てるという自信や地域への愛着が生まれ、自分のスキルで何ができるのかという課題意識も持つようになる。それは地域の人々によるキャリア教育でもある。
県内入学者比率は2割弱と高くはなく、西日本を中心に広く学生が集まる。「芸術に関心がある高校生は一つの普通科高校の1学年に1人いるかどうかですから、学生募集は大変です。地域連携は必ずしも学生募集には結びついていません」と橋詰部長は苦笑いをする。しかし、この「広く集まる」点は、地域連携においてユニークな特徴を生む。例えば、大津市から依頼が入り、プロジェクト授業で学生にも参加してもらう。県外出身学生は大津の知識がないので、加藤准教授らが丁寧にその背景を解説する。県内出身者も説明して初めて魅力に気づくこともある。「よそ者・若者」である学生は、客観的にデザイン案を作成していく。県外出身だからこその視点を、うまく新しい創造に生かすのである。
学生のスキルアップ、自治体や産業界など連携先の発展、地域社会全体の活性化のためと、まさに三方よしである。
2018年度から「地域実践領域 クリエイティブ・スタディーズコース」を新設し、地域の更なる期待を背負う。これまでの成果やノウハウ、人脈や資源を生かし、正式な学生育成プログラムとして稼働させる。地域×芸術・デザイン。このコラボレーションは、滋賀県を更に元気にするのであろう。加藤准教授は京都新聞(2017年2月12日付25面)で、「まず足元にあるもの(文化資源)を見つめなおし、その価値を認識し、地域の人々が楽しみながら知恵を結集させて活動を続けていく、そのような活動が結果として他地域から人を集め、持続的な地域活性化活動となるのではないか」と論じ、岡田学長も大学案内の挨拶で、こう呼びかける。「さあ、おもしろいことをやろう。芸術はおもしろい。難しく考える必要はありません。ちょっと楽しいことをやればいいのです。でも考えているだけではつまらないですね。その手で何かワクワクするものを作ってください...」。地域活性化といっても、当事者たちが義務感のみでやっていては広まらないし続かない。当事者が楽しむ。「楽しさ」は人を惹きつける。それが大きなうねりとなる。成安造形大学は、そうやって地域を盛り上げていくのである。