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<59>武庫川女子大学
多様な学部が約100の活動を展開
女子学生が団地・駅・地域等で活躍

 兵庫県西宮市は大阪と神戸のちょうど中間にあたる。えびす神社の総本山である「西宮神社」が鎮座し、また、その立地の良さから大正時代には住宅開発が行われ、当時は「阪神間モダニズム」と呼ばれるライフスタイルが本市でも広まった。古くから灘五郷の清酒製造で知られているほか、物流拠点としての条件もよいことから、運輸・通信業が盛んである。一方、市の南部では高齢化が進んでいる。武庫川女子大学(瀬口和義学長、文学部、教育学部、健康・スポーツ科学部、生活環境学部、音楽学部、薬学部、看護学部)の母体となる武庫川学院は、2019年創設80周年を迎えた。この間、地域に寄り添い様々な取り組みを行ってきた。大坪明教育研究社会連携推進室長・特任教授、中村薫社会連携推進課長に聞いた。

○多様な学部からのアプローチ

 1949年の開学以来、各教員が独自に地域で活動し、中でも1973年に始まった一般市民向けのオープンカレッジは、文化・芸術・外国語などを始め、多くの講座を提供してきている。
 組織的な方針を転換したのは2009年。学院創設70周年における将来ビジョンの一つとして、「地域に根ざし、地域に貢献できる大学」を掲げた。これを全学的に浸透させる組織として、2014年、総務部に社会連携推進課が新設され、2016年に教学局に教育研究社会連携推進室として新たにスタートした。
 推進室は、外部との窓口機能、各教員の地域活動のとりまとめ等を行っている。各教員に呼び掛けたところ、実に100件近い地域活動事例が集まり、これをウェブサイトに公開した。「シラバスには『地域との連携』の項目があり、各教員の連携活動を把握できます」と中村課長は述べる。
 この大学の地域連携の特徴は、多様な学部構成という強みを活かして、一つの地域に様々なアプローチをかけているということである。
 まず、地域の社会福祉機関や医療機関・企業と連携して、高齢者の栄養や食生活の改善と生きがいの高揚を支援する地域予防医療体制の構築を模索していることが挙げられる。栄養科学研究所を拠点として、生活環境学部食物栄養学科や健康・スポーツ科学部、文学部心理・社会福祉学科、音楽学部がそれぞれの得意分野で参画。昨今は神戸大学大学院保健学研究科とも連携し、協働して認知症予防の活動にまで拡大している。

 ○団地での取り組み

 具体的には、UR都市再生機構との連携である。生活環境学部生活環境学科が建て替え直前の住棟を借用し、近隣他大学にも声をかけて、学生たちがDIYで住戸を改修する実験を実施した。地元の浜甲子園団地の住民と学生が交流していく中で、2008年、団地・大学交流施設「まちかど浜甲」を開設。主に高齢者の交流を促進するため、映画会、ものづくり教室等を実施するとともに、薬学部による健康相談、健康・スポーツ科学部による転倒防止体操と、大学の総力を上げて住民を支援している。
 特筆すべきは、音楽学部の歌声ボランティア「浜甲カンタービレ」である。当初は学生が住民に歌を披露していたが、住民の合唱団が発足するまでに成長した。
 UR武庫川団地でも同様の活動を望む要請があり、今度は生活環境学部情報メディア学科のゼミが、図書を持ち寄れる交流施設を開設して、住民ボランティアが管理することになった(その後、施設は返還を求められ、現在活動は中断している)。また、文学部英語文化学科のボランティア活動「ふでばこ」が、外国にルーツを持つ児童に対する学習指導を行う活動の拠点を、2019年からこの団地に移した。
 「団地再生プロジェクト」は口コミで広がり、兵庫県住宅供給公社の芦屋浜高層住宅団地では、生活環境学科が団地再生デザインを、教育学部が本の読み聞かせ活動を実施している。
 2016年には、一連の取り組みを全学的に総括し、「団地活動と連動した教育改革」と位置づけ、法人が活動資金を拠出することとなった。「団地活動の依頼に対しては、推進室が適切な学科・ゼミに呼び掛けて、複数の小さな関わりを作っていき、それを束ねて一つの大きなプロジェクトとしてコーディネートします」と大坪室長は解説する。団地の高齢化は、都市部での課題である。ここに切り込み、各学部がそれぞれできることを考えることで、高齢者を中心とした住民が生きがいを持ち、生活の質を向上させていく。他の自治体などへのアンケート結果からも、団地活動への関心が高く、幅広く高齢者のQOL向上が求められていることがうかがい知れる。
 しかし、と大坪教授。「活動を続けるうちに、受ける側が『活動があって当たり前』という状況にもなってしまいます。それは主体性を阻害するもので、支援と自立のさじ加減が難しいのですが、本学の大学生らしくソフトに支援する方策を模索しつつ共生活動を広げていきます」。

 〇「武庫女スマイルフェス」

 地元企業との連携では、とりわけ大学沿線の阪神電気鉄道株式会社と活動を行う。教育学部は、保護者が乳幼児を連れて沿線に出かけるのに便利なガイドブック「mama's smile」「kid's smile」を発行した。また、生活環境学部建築学科は、地元・鳴尾駅の駅舎設計を行った。「本学部は、一級建築士事務所を設立しており、設計から実務まで一貫して指導できる体制になっています」。鳴尾駅の高架下には、2019年10月「武庫女ステーションキャンパス」を開設し、市民向け公開講座やカフェ、市民も使えるスポーツスタジオを設置する。ちなみに鳴尾は、古くから松の景勝地として知られ、謡曲『高砂』に「遠く鳴尾の沖過ぎて」と謳われた一本松に由来する。
 阪神電鉄や地元ケーブルテレビ「ベイコム」との産学連携として、情報メディア学科の丸山ゼミは、本学が立地する地元・甲子園の歴史を掘り起こした「ジモレキ」のテレビ番組および小冊子を作成した。
 情報メディア学科では、淡路島産希少種「鳴門オレンジ」の販路拡大のため、生産地を学生自らが取材し チラシやビデオを制作し、西宮市の地元業者らと協力しながら、「鳴門オレンジドレッシング」や「ポン酢」などのコラボ商品を阪急百貨店での「47都道府県ふるさと味自慢」(2015年)に出品した。商品は、以来市民に人気だ。
 大丸梅田店と生活環境学部食物栄養学科は、学生が弁当やスイーツを考案し、販売。この活動は毎年行われている。
 近隣の大型ショッピングセンター「ららぽーと甲子園」では、今年初めて2月中旬の2日間、施設の全ての共有スペースを使って、9つのゼミや部活などが活動やプレゼンテーションを行う「武庫女スマイルフェス」を実施した。学生約160人が参加し、学生が企画やデザインに携わった商品も販売され、メディアでも取り上げられた。先述の合唱団もここで練習成果を発表した。「施設の運営会社である三井不動産株式会社は日頃から本学や地元との関わりが深く、積極的に支援してくれています。同社も集客効果があったと認識しており、次年度以降も継続してもらえる予定です」と大坪室長は胸を張る。更に、この取り組み自体が大型施設における集客の研究対象になっている。文学部日本語日本文学科は、西宮市と阪神間を舞台とした文学作品を現代風に翻案して街なかで撮影するという映像コンテンツ制作を行っている。「ららぽーと甲子園」をロケ地として利用し、当施設内で上映会を予定している。看護学部は、月に一度、「まちの保健室」を開き、教員がこの施設を訪れる市民の健康相談に応じている。また、ひょうご理系女子未来塾は、「夏休みの応援企画 わくわく自由研究2019」を開催し、学生たちが地域の子どもたち向けに自由研究の手伝いコーナーを設ける。
 施設側としては、これらは集客が狙えるコンテンツであり、大学としては日常の成果を社会に向けて発表、あるいは実践の場であり、学生はより真剣になる。こうした連携は双方にとってwin-winである。
 地域活動を行うにあたり学生たちは当然、様々な世代の地域の人たちと接する機会を持つ。その中でコミュニケーション力や臨機応変に対応する力といった人間力が向上する。指導教員は、世代間交流の経験を積んだ学生の『人』としての成長を目の当たりにする。

 〇自治体との連携

 西宮市との信頼関係も強い。市の産業文化局産業部には「大学連携課」が置かれている。地域社会のニーズを聴く会議では、同連携課長が「西宮市は大学のまち、今後、市民にとって大学がもっと身近なものに感じられるようにしていきたい」との想いを語る。出席の自治体・企業関係者は大学との連携に期待を膨らませ、更に多くの活動を望んでいる。
 また市は、地元の中小企業の競争力強化を目的として、2016年から市内中小企業と大学が連携する取り組み「産学官連携による西宮ブランド産品創造事業」を行っている。
 この実績としては、カツウラ化粧品と若者向け基礎化粧品セットの開発、サザエ食品との低糖質あんこを用いた和菓子の開発、大関酒造との血糖値の上昇を抑える甘酒開発など、健康・美容に関わる女性らしいものが目立つ。また、地元の酒造会社・日本盛とのコラボで日本酒の効用に関するフォーラムを開催したり、同社のレストランの庭を本学建築学科の学生が光で演出する活動などを行っている。
 市内の2つの小学校とは、昭和の初めにかけて栽培された「鳴尾いちご」を教材化して、地区の子どもたちの環境学習材料としている。更に地域の洋菓子店と連携して鳴尾いちごを使用したスイーツの開発にも取り組んでいる。
 地方の自治体との連携も盛んだ。丹波市は同学院創設者・公江喜市郎氏の出身地で、2017年に包括連携協定を結んだ。児童の体力不足を解決するため、校歌に振りをつけた「校歌ダンス」の実施・指導や、食生活の改善を行っている。同地域では、学校の統廃合によるスクールバス利用で、子どもたちの体力が落ちていることが問題になっていた。そこで小学校でのダンス必修化を背景に生まれたのが、校歌ダンスだった。今後、校歌ダンス大会などの開催で広がることを希望しているという。
 小豆島の土庄町とは、2017年に包括連携協定を結んだ。ここでは、生活環境学科のゼミが、高齢化と人口減に対処するため、「移住」の現状把握と促進に向けた調査の委託を受け、活動を行っている。「この調査から、移住者の転出抑制のためには、移住促進策と定住支援策の両輪がバランス良く提供されることが重要であることがわかりました」と大坪室長は説明する。

 〇創立100周年に向けて

 このように、規模の大きさ、多様な学部構成を生かした取り組みについて、連携室は推進室レター「りえぞん」(年2回発行)に報告、毎回30程度の地域連携・産学連携のプロジェクト経過が紹介される。
 一方、外部から連携室への依頼が年々増加し、連携の「順番待ち」をお願いすることも多々ある。「授業コマ数も多いので、学生が地域に出ていくのが難しい事情もあります。今後の構想としては、講義ビデオをインターネットで配信、授業はそれで出席にするシステムにして、現地での活動時間が増やせればと思います。教員の学外での長期調査にも有効で、このシステムは教員や学生の学外活動を増やすにあたっては必須です」と大坪室長は展望する。
 武庫川学院は、創立80周年を契機に、その先の100周年を見据えて、武庫川女子大学をさらに飛躍させるプロジェクト(MUKOJO ACTION 2019―2039)に取り組んでいる。大坪室長は、これからの地域連携活動は新しいステージに移行すると述べる。「鳴尾地区の課題を出し合い共有して、解決策を住民の皆さんとともに考え、大学はそれを支援していきます。また、これを教育として各学部学科が参画する『フィールドスタディー型地域協働プログラム』と位置づけたいと考えています」。2020年に設置する経営学部でもすでにインターンシップ、サービスラーニング、フィールドワークの実施などを組み込み、社会貢献を学生の育成に結びつけることが予定されている。
 キャンパスガイド2020で、大河原量理事長・学院長が「女性の社会での活躍が、社会を望ましい形に変える力になる」と述べるように、武庫川女子大学の学生たちが地域で活躍することで、地域社会が望ましい方向に少しずつ変化しており、地域社会からの期待もさらに高まっていると言えるのではないだろうか。